第20話 天敵

 さて、俺たちはうち、オオスズメバチのコロニーに帰る事になった訳だが、その帰り方でひと悶着。空を行くのか地上を行くか。蜂に抱えられるかアリに乗るかでだ。


 結局、ソルジャーやアエラの娘たち、それにジュウちゃんを除いた眷属は先に帰ってもらう事になり、俺はヴァレリアとメルフィとアリの上に三人で乗った。なぜかと言えば死力を尽くした戦いで、二人ともヘロヘロだったから。


 元々二人乗りのところに三人乗るのだ。そりゃあもう、前も後ろもぴっちり。真ん中に乗せられた俺は後ろのヴァレリア、前のメルフィに挟まれる形となる。ヴァレリアは俺を中肢でしっかりと抱え、べったりと体をくっつけて、猫のように頬ずりする。前に座るメルフィも落ちないようにと俺の腕を前に回し、自分の柔らかい所を触らせる。これはこれで悪くはないが俺のコスモゲージがぐんぐん上がるのが問題だ。むくむくと射撃体勢に移行した俺のコスモガンがメルフィの尻を押していく。メルフィは真っ赤になりながらその尻を揺するのだ。


 普通に俺がジュウちゃんに抱えてもらえばいいのだが、それは二人が許さない。ジュウちゃんも二人にするとすぐに殺し合いを始めるから、と言うので、仕方なくこういう状況になっているのだ。ちなみにジュウちゃんは俺の荷物を抱えていた。


 半日ほど進み、ようやく沢のところで休憩する。綺麗な沢の水に口をつけ、ジュウちゃんがとってきてくれた桃をみんなで食べる。メルフィは自分の作りだした剣で、一口サイズに切り、沢で洗った葉っぱの上に並べてくれた。


「それにしてもさ、ヴァレリア」


「ん?」


「ヴァレリアは蜜を出せるの?」


「ああ、私たちにもそう言う器官はついている」


「ほんと?」


「毒も出せれば蜜も出せるぞ?」


「じゃ、じゃあさ、飲んでいい?」


「いま、甘いものを食べたばかりだろうに。仕方のない奴だ」


 ヴァレリアはそう言って立ち上がると俺を押し倒してキスをした。


「ほら、口を開けろ」


 下を絡ませディープキス。これはこれで確かに蜜かもしれないけど、と思った時に、ぴゅっと甘いものが口に飛び込んできた。それも凄くおいしい甘さ。なんというかべたべたしない甘さなのだ。


「ふふ、私たちはこうして口移しで蜜を与える。尻を吸うなどと下品な真似はせぬ」


「下品なのはどちらかかしらね」


 そう言って突っかかるメルフィの尻尾を掴んでそちらも吸った。


「いやぁぁ、乱暴にしないでぇ」


 うむ、メルフィのはスポーツドリンク系。甘さと酸味がちょうどいい。そして今度はヴァレリアを抱き寄せてじゅるじゅると口を吸う。ヴァレリアのは上質な砂糖水。すっきりとした甘さがある。


「ちゅっちゅ、もっとちゅっちゅして」


 なるほど、種族によって蜜の味はこれほどに違う物なのか。と俺は生物学的な興味を充足させて満足する。決していやらしさを求めての事ではないのだ。


 違った意味で二人がヘロヘロになったとこにジュウちゃんが飛んできて、俺の上に被さった。そして舌を伸ばして俺の口に割り込むと、じゅっと蜜を送り込んだ。


『どう? あたしの方がおいしいでしょ? 半分人になったそいつらなんかに負けないんだから』


 確かに。確かにジュウちゃんの蜜は濃くて味もいい。まさにはちみつ。だけど、すっげえのどが渇くの。沢に行って水を飲む。結構な量のはちみつを一度に飲めば誰でもこうなる。


「もう、ジュウちゃんのは甘すぎ」


『それだけ質が良いのよ』


「けどスズメバチって蜜を集めるの?」


『普段は幼虫の出す蜜を食べてるの。どうしてもなければ花の蜜も吸うわよ? あたしたちが幼虫に餌を。その幼虫が出す蜜をあたしたちが。ふふ、面白いでしょ? 』


「へえ、じゃ、今のはその?」


『そうよ。栄養満点なの。あたしたちの巣にくればいくらでも飲ませてあげるわよ』


 うーむ、それは絵面的にどうなのだろう。蜂の幼虫ってうねうねした奴だよね。


「あはは、遠慮しとく」


『もう、ノリが悪いわね』



 ひとしきり休憩して出発する。ヴァレリアもメルフィもすっかり回復したようで、今度はヴァレリアに抱えられて空を飛んだ。


「しかし、アリとは実にのろまな生き物だ。あいつらさえいなければそろそろコロニーに帰りつくころだというのに」


「仕方ないよ。あっちは飛べないんだから。それにメルフィはアリの代表としてうちの女王様とも話をしなきゃいけないんだし」


「わかってはいるが苛立つのだ。私は早く戻ってあの部屋でお前と一緒に横になりたいのに」


「そう言うなって。俺も早く帰りたいのは山々だけど。アリのコロニーは良い所だったけど落ち着かなかったし、って生体反応?」


 ゴーグルが振動して危険を俺に伝えた。額のそれを装着すると3時の方向に生体反応。そちらを見て拡大すると10mクラスの鳥がいた。


「ヴァレリア、3時方向、鳥。こっちに向かってる」


「うむ、そうか。ジュウ、ゼフィロスを」


 ヴァレリアはジュウちゃんに俺を抱えさせて下がらせると、自らは鎧もつけず、その手に槍を生み出した。やや上からまっすぐにヴァレリア目指して降下する鳥、ヴァレリアはその場に漂いながらそれを待った。そして一瞬の交錯! 鳥はカクンと羽ばたきをやめ、そのまま地上に落ちて行った。地上に降りて確認するとその鳥の額には深々とヴァレリアの槍が突き刺さっていた。


『これはハチクマっていう鳥よ。あたしたちの天敵。けど、流石にインセクトには敵わない。いい気味よ』


「ジュウちゃんたちだけだったら敵わないの?」


『そうね、前にクマが出た時もそうだったし、今回も。きっと巣を掘り起こされて餌にされた。あの時はジュリアが、今回はヴァレリアが眷属の長としてこうして守ってくれる。だからあたしたちも尽くすのよ』


「そっか、そうだよね」


『この鳥もあたしたちの幼虫の餌にするわ。仲間を呼ぶから少し待ってて』


 ジュウちゃんは俺を地上におろすと不思議な軌道で飛び始めた。その間にヴァレリアが空から降りてくる。


「けがはないか?」


「あはは、ヴァレリアが一撃で仕留めたのに、怪我なんかするはずもないさ」


「そっか、よかった」


「それにしても凄いな、ヴァレリアは。あんな大きな鳥を一撃だなんて」


「私はソルジャーだからな。鳥などに負けはせぬ」


 しばらくするとジュウちゃんの仲間たちが空を埋め尽くすほどやってきて、その鳥に群がった。


『あたしはみんなと一緒に帰るわね。それじゃ、また』


 ジュウちゃんも鳥の解体作業に加わったので俺たちは先を急ぐことにする。今度はメルフィと陸路だ。ヴァレリアはイライラした顔でその上を飛んでいた。


「しかし、すごいね、アリも蜂も。あんなに大きなものを一撃でなんて」


「野生の生き物に勝てねば生き残れませんからね。私たちは」


「うん。アリの騎士たちもかっこよかった。それにメルフィも。あの鳥を一撃で倒したヴァレリアと互角に戦えるんだから」


「アレは運がよかっただけですよ。最初の一撃、あれがあそこで止まってくれなければわたくしは」


「ねね、メルフィ。あの時なんで腰に吊るした剣を使わなかったの?」


「ゼフィロスから授かったものを使うのはエルフに対してだけ。ヴァレリアに勝つのは私自身の力でなければ。ちなみに、この剣はどういう力を?」


「ああ、それはね、アンドロイド、機甲兵を斬れるんだ」


「機甲兵を? 本当に?」


「うん。メルフィの力と技量なら使いこなせるはず。それだけのものを独占しちゃまずいってのが蜂の男の考えさ」


「そんな貴重なものをわたくしが」


「俺が持っていても役に立たないしね」


「判りました。わたくしがこの剣であなたを終生お守りいたします」


「うんうん、頼むよ。俺すっげ―弱いから」



 コロニーに着いた頃には夜空に星が瞬いていた。


「この時間ではお母様はすでに睦言だ。帰着の挨拶はとりあえず明日だな。そのアリの世話はワーカーに頼むとして、私たちは部屋に」


「そうだね。風呂にも入りたいし」


「風呂か、そうだな」


 意味ありげにヴァレリアは笑うと、俺の手を取り、中を進む。荷物を抱え、俺のもう片方の手を取ったメルフィは不安げにきょろきょろしながらついてくる。すれ違うワーカーやソルジャーたちも物珍し気にメルフィを見ていた。


「お帰り。ゼフィロス。それに姉貴も、メルフィ、久しぶりだな」


 部屋の前で待っていたのはジュリア。数日ぶりに見る彼女の顔に思わず笑みがこぼれてしまう。


「ジュリア、例の物は?」


「ああ、問題ない。アタシはゼフィロスを連れて先に。姉貴はメルフィとあとから来いよ」


「うむ。荷を片付けてから行こう」


「えっ? えっと、わたくしは」


「いいから来い」


「ゼフィロスはこっちだ」


 ジュリアに連れられて下の階層へ。そこには今までなかった建物があった。俺たちの部屋のある木の根元近くに張り出したように作られたそれはお風呂! 全部木製で脱衣所と休憩所までついている。


「うわぁ、すごいね」


「ルカの姉貴に言って、大急ぎで造ってもらったんだ。どうだ? いいだろ」


「うんうん、すごくいいよ」


「んじゃほら、そんなもんは脱いじまいな」


 ジュリアはそう言って俺の服を脱がしていき、自らも裸になった。ばいーんとしたあんなとこやこんなとこが露になったが、それを隠す事もせず、俺の手を引いて湯殿に降りた。


「外に出ると案外汚れるからな」


 そう言って湯船から湯を掬い、俺にかけていく。そして俺の髪を洗い始めた。


「あーぁ、なんかいい。俺、ダメになりそう」


「ははっ、気持ちいいのか?」


 頭どころか体の隅々まできれいに洗ってもらって湯に浸かる。ジュリアにとって、おそらくはヴァレリアもそうだろうが俺の大事なところは腕や足と大差ない物なのだろう。しばらくするとやはり前を隠すことなく堂々とした態度でヴァレリアが入場。その後ろには胸をタオルで隠したメルフィが続く。


 体を洗い終わったジュリアが湯船で後ろから俺を抱き、耳元で囁いた。


「メルフィの奴は胸が小さいからな。ああやって隠さないと恥ずかしいんだ」


 確かに。タオルで隠された胸のシルエットはふくらみがいささか足りていなかった。ヴァレリア>ジュリア≫メルフィ。そのくらいの差がある。


「ところでジュリアはメルフィと顔見知りなの?」


「ああ、以前にセントラル・シティで会ったことがある」


「そうなんだ」


「アタシは母様の護衛もしてたからな。結構外にも顔が効くんだぜ? 姉貴なんかよりはよっぽどね」


 まあ、確かに。ジュリアは口調こそ乱暴だが社交的。ジュウちゃんたちにも好かれている。ヴァレリアは完全にコミュ障だしね。


「ん? 何の話だ? ああ、メルフィの胸の話だろう? 隠すほどの大きさがあるわけでもあるまいに」


「これは淑女のたしなみです! 殿方の前でそんなに堂々と」


 メルフィはメガネを取った半眼の目で石鹸を探しながらそう言った。


「私たちは堂々と見せれるだけの大きさがあるからな」


「姉貴、持たざる者に言ってもわからねえって」


「大きさだけではないのですよ、そうしたたしなみも女には必要。ですよね、ゼフィロス?」


「あ、うん。まあ、そうかな。でもさ、一緒に暮らすんだしそんな隠さなくたって」


「ま、劣るところを隠したい、そう言う気持ちもわかってやらねばな」


「そうそう、さ、ゼフィロス。アタシたちはそろそろ上がろうぜ。長湯は体に良くねえからな」


 ぷうと膨れるメルフィをよそに、ジュリアは俺を湯から上げる。メルフィは長い白髪を高い位置で纏め、ゆっくりと湯に入った。



「姉貴とメルフィはな、昔っから仲が悪いんだ。年も近いし立場も同じファースト。なんだかんだと張り合うんだろうさ」


「向こうでも大喧嘩だったよ。てか普通に殺し合い? ヴァレリアが強いのはもちろんだけど、メルフィも負けてないもんね」


「そうだなぁ。アタシじゃメルフィには勝てない。クロアリのファーストのメルフィ、それにうちの姉貴。多分この二人がここらじゃ一番強いはずだ」


「だろうね。あの上がいるとか聞かされても信じられないもん」


 寝間着に着替え、濡れた髪を拭きながら用意されていた冷たい飲み物を飲んだ。そして葉巻に火をつける。


「アリのコロニーじゃほとんど禁煙だったから、ほんとここは良いね」


「ここはアタシたちだけしか使わないからね。飯の時みたいにいろいろ言われんのもアレだろ?」


「まあね」


 そんな話をしているとあれこれ言い争いながらヴァレリアとメルフィが上がってくる。


「ちょっと聞いてください、ジュリア! ヴァレリアったらひどいんですよ!」


「事実を述べただけだろう? ジュリア、ゼフィロスがメルフィを飼いたいと言うから仕方なくだな。飼うのならば首輪くらいは」


「あー、はいはい、どうでもいいがアタシを巻き込まないでくれるか?」


「だって、だって! もう、ヴァレリアなんかこうしてやる!」


「バカ! それは洒落にならん! あ痛だだだ! 胸をつねるな! 胸を! 自分がないからって!」


「キィィィ! もう絶対許しません!」


「さ、姉貴たちは放っておいて行こうか。飯の支度が出来た頃だ」


「うん、そうだね」


 互いの髪を掴みあう二人を置いて俺たちは部屋に戻った。

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