第17話 社畜の系譜
「ほら、ちんたらしてるんじゃないよ! そっちは梱包できたのかい?」
「今やってます!」
「遅い! 全然遅い! もうそっちはいいから仕分けの方を手伝いな!」
「はいっ! すみません!」
アリの巣生活二日目。俺は宅配業者の仕分け並みに働かされていた。クロアリのコロニーは大規模な工場であり、出荷所でもあるのだ。
くそっ、なんで俺が! と思いつつも働き者のアリたちの集団圧力には抗しきれず、現在の状況となっている。
「ほら、そいつは割れ物だ! 割ったらタダじゃ置かないからね!」
くぅぅっと思いながら作業を続けていると木箱の角に足をぶつけた。
「あ痛い!」
「あとあと! 痛がるのは後にしな!」
さっきから俺を奴隷かなにかのようにこき使っているのはこのコロニーの女王、シルフ。カルロスの娘だ。シルフはイザベラと同じく、お尻にでっかいアリの腹をつけたまま、ああだこうだと俺に指図する。その間、自分も作業をしているのだから大したものだ。我儘に振る舞う? そんな事は不可能であった。
違う、違うんだ、これじゃないんだ! 俺が予想していたのは俺の遺伝子を求めてシナを作る女王アリ。やれやれ、仕方ないなあとその肩を抱き寄せる俺。そして我儘に「葡萄酒をくれたまえ」とか言っちゃったりして。
……そんな風に思っていたのだが、コロニーに到着して挨拶を済ませると、いきなり作業現場に放り込まれた。逆らおうにも相手は俺の何十倍も力に優れたインセクト。逃げ出そうにもここは地下のダンジョンだ。俺に出来たことは、はい、と頷く事と、言われた通りに手を動かす事だけ。
女王シルフ曰く、怠け者の遺伝子に興味はない。そう言う事らしい。その夜は世話役のメルフィの尻尾から思う存分蜜を吸ってやった。
カンカンカンとどこからか鐘を叩く音がする。ようやく昼飯だ。
「どうだい? 労働のあとの飯ってのは最高だろ?」
「あはは、そうですね」
確かに飯はうまかった。くそっ、カルロスの奴、俺を強制収容所に押し込みやがって!
「しかし、トゥルーブラッドってのは力がないねえ。お父様もはじめは貧弱でどうしようもなかったけど、機械の体になってからはよく働いたさ。あんたも機械の体にしてみちゃどうだい?」
「そのですね、部品的なものをカルロスがぜーんぶ使っちゃったんで」
「あら、そうかい。けどそんな軟弱じゃいい女の心は掴めないよ? あたしみたいなね」
「ははっ、かもしれないですね。その、無理してまでとは」
「お母様! ゼフィロスさんはスズメバチの反対を押し切ってまでこちらに来ていただいたのですよ? そんな言い方」
「メルフィ、だったらあたしたちの暮らしを知ってもらうべきだろう? お客さんのまんまじゃ何にも解りっこないさ。そしてお互いを知らなきゃ何をしようがうまくなんか行きっこない。
いいかい、ゼフィロス。あたしたちの最大の価値観は勤労だ。働いてその分豊かな暮らしをする。どんなにうまいもんだってただ食ってちゃ味なんか半分も判らないんだ。こうして、しっかり働いて、腹を減らせば何倍もうまく感じる。そうだろう?」
「ですよねー」
「もう、お母様? 無理をさせて体を壊したらどうするのです!」
「男ってのはこんくらいじゃ壊れないようにできてんだよ。うちのボンクラどもにだってできるんだ。トゥルーブラッドならできて当然。さ、昼からの仕事があるよ。さっさと食っちまいな!」
昼からは朝の内に梱包した荷物を大きなアリの背に乗せていく。トラックへの荷積み、そう考えれば判り易いかも。俺のいた時代ではこういうのは機械の仕事、もしくはアンドロイドがやっていた。だが愚痴る間もなくつぎつぎと荷を乗せて行かねばならない。
「そこにあんのは後から赤アリが取りに来る分、そっちは行商に出す分だ。まちがえるんじゃないよ?」
「はいっ!」
女王シルフにマンツーマンで張り付かれた俺は、只々労働に勤しむほかなかった。失敗すれば鉄拳が降ってくるのだから。
「ほらっ! それはこっち! 何回同じこと言わせんのさ! 使えないねえ!」
「すみませぇぇん!」
すぱこーんと叩かれながらやり直す。そんな事を続けているうちに再び鐘がなった。ようやく休憩だ。午後の作業場はトラック代わりの大きなアリたちがいっぱいいる地上に近い所。なので外に出て葉巻が吸える。アリのコロニーの中も当然禁煙。なかなかに厳しいのだ。
「よぉ、あんたも大変だな。慣れねえ仕事で腰痛めんなよ?」
ふぅぅっと紫煙を吐き出すと俺と同じくらいの体格のアリの男が声をかけてきた。
「ははっ、大変ですね、ここも」
「まあな。俺たち男は女たちみたいに力があるわけじゃねえからな。だから細かい作業や、素材の餞別なんかをやってんだ。あんたみたいに女たちとおんなじ現場に立たされちゃ、体が持たねえからな」
「マジっすか! なんで俺は!」
「おやっさん、いや議長閣下はなんでもできたって話だ。だから同じトゥルーブラッドのあんたもって事じゃねえか?」
白髪赤目のアリの男はやっぱりイケメン。葉巻をもみ消す姿すら様になる。なんというか、働く男、そう言う美しさがあった。
そうこうするうちに鐘が鳴り、再び作業が開始された。きつい、つらい、だがその中に、
「さて、あんたはここで上がりだ。風呂に入ってゆっくりしてな。今夜はごちそうだよ?」
「え、いいんですか?」
「ああ、あんたを働かせるのが目的じゃないからね。あくまであたしたちの事を知ってもらう為さ。それにあのわからずやのイザベルにタダ働きさせられた、なんて言われちゃかなわないからね。ちゃんと見合ったごちそうを出してやるよ。メルフィ、ゼフィロスを風呂に。今ならまだ空いてるだろ? いろいろ見られちゃまずいもんもついてるからね、男には」
「はは、それじゃ、失礼して」
ちなみにこのコロニーの住人は女王シルフをはじめ、すべて白髪赤目。そして眼鏡っ娘に眼鏡男子だ。それはともかく昨日は労働の疲れもあって風呂にも入らず、飯も食わず、メルフィの蜜だけ飲んで寝てしまった。流石に重労働二日目ともなれば汗も臭う。俺は唯一我儘を言えるメルフィをせかして風呂に連れて行ってもらった。
風呂場は地表に作られた建物の中にあった。アリのコロニーは基本的に地下に作られたダンジョン風。岩肌がむき出しのままなのだ。同じ地下にあっても木造の蜂のコロニーとはそこが違う。その代わり調度類や日用品は金属製の凝ったものだった。その地表にある大きな風呂で頭を洗っていると、体にタオルをまいたメルフィが恥ずかしそうに入ってくる。
「えっ、ここ、男風呂じゃないの?」
「私たちはみんなここのお風呂ですよ? もっともお母様とその夫たちは別のお風呂を使いますし、子供たちも別ですが」
「つまり、女王の夫でもなく、子供でもない男は俺だけ、そう言う事?」
「そうですね。ですからこうして一緒に入るのも自然の事。さ、背中を流して差し上げます」
「あ、うん」
リラックスするはずの風呂は別の緊張をもたらした。メルフィは俺の髪を流すと手拭いで体を洗ってくれる。石鹸やシャンプーももちろん完備。その広い風呂で二人きり。違う所も緊張、いや怒張した。それを見たメルフィはヴァレリア達よりは性知識があるのか真っ赤になって顔を背けた。
まずいまずい、よく考えろ、俺。このままもしもメルフィとあんなことやこんなことをしてしまって、クロアリの婿。そんな事になれば働きづめのハードな生涯だ。だめだだめだ! カルロスのように選択肢がなければそれもやむなしだろうが、俺にははちみつのように甘いヴァレリア達との生活があるのだ! クロアリとの交配、それが俺の定めであるにしても婿ではなく、嫁としてもらわなければ。社畜に改造されるのは望むところではないのだ。
とはいえポインと背中に当たる感触はそんなのどうでもいいじゃない。と俺の心に訴えかける。いかんいかん。こういう時は素数を数えなければ。そもそもメルフィはプロテクトが甘いのか色気があるのだ。無理やり蜜をすったりした時の反応もMっぽくてなかなかいい。
いやいやそう言う
時に自分の髪を引っ張りながら己の欲望との戦いに勝利した俺は、照れながらほほ笑むメルフィと一緒に風呂から上がり、バックパックに入れてあった服に着替えた。
外に出てふうっと葉巻に火をつけながらここでの生活も明日まで。などと考える。正直ここの生活も悪くはない。労働はきついけど、充実感はあるし。去ると思えば少し寂しくも感じた。
「どうされたのですか、そのようなお顔で」
「いや、メルフィの蜜を吸えるのも明日までか、と思うとね」
「……もう、意地悪なことばっかり言って」
真っ赤になってメルフィは頬を膨らませた。
その夜は女王シルフも出席する宴席となった。碌に挨拶もなく、カンパーイの後はみんな好き勝手に飲み食いする。
「そうそう、女王様」
「ん? なんだい」
「実はですね、俺の目覚めたシェルターから二本の剣を拾ってきちゃって。今の技術じゃ作れないものらしいんですよ」
「へえ、それで?」
「スズメバチ側の言うにはですね、それを二本とも独占したら良くないから一つはクロアリにって」
「へえ、あのわからずやどもにしちゃ
さりげなくディスられた女王の夫たちはヘラヘラっと笑うだけで気にもしていない。うーむ、社畜とはこう言う物か。
「で、これがその一本です。インプリンティング不要なので誰でも使えますよ」
そう言ってその剣を渡すと、女王はそれを抜き、こねくり回すように見て、鞘に戻した。
「ま、便利なものは多いほうが良いね。ありがたく頂戴しておくよ。んじゃ今度はあたしたちの方さ。もらいっぱなしってのは良くないからね。メルフィ」
「はい」
「あんたはうちの代表としてこの人に仕えな」
「お母様? それは」
「クロアリの代表としてこの人の側に居るんだ。わからずやのスズメバチもそれなら許してくれるだろうしね」
「その、どういう意味ですか? お母様」
「友好の証。そう言う事さ。妻にしてもらえるかどうかはあんた次第ってね」
「もう! お母様!」
「ついでにこの剣はあんたが持っときな。冬になればまたあのいけ好かないエルフどもが仕掛けてくる。狙われるのはお父様かその人さ。ゼフィロス、イザベラの奴に伝えておくれよ。あたしたちは、あんたを通じて協力するって。あんたがメルフィを娶ってくれるならスズメバチとも一族同然なんだけどねぇ」
「お母様! もう、ゼフィロスだって急にそんな事言われても困りますって!」
「はいはい。ま、考えておいておくれ」
「ははっ、わかりました。うちの女王にはそう伝えときます」
「うちの女王、ねえ。ま、あたしもいつかそう呼んでもらえると嬉しいねえ。メルフィ?」
「もう、もう、知りません!」
「あはは、メルフィ? 女は度胸さ。じっと待ってたって何にもならないよ。こう、もっと積極的にいかなきゃねえ」
「……はい」
真っ赤になって俯いたメルフィはそうしながらも遠慮がちに隣に座る俺の手を握った。シルフ女王はニヤッと笑い、眼鏡のふちを持ちあげた。
その日は存分に飲んで、食って騒いで過ごした。クロアリ族が交易で稼ぐのはお金じゃなくてこうした産物。蜂族のつくる蜂蜜酒も葡萄酒もビールもあれば果実酒もある。
そして食べ物も狼族の飼う羊から取れたと言うチーズなどの乳製品も、ライオンたちが狩った肉で作ったというソーセージやハムなどの加工肉も山ほどある。羊も肉もおそらくは俺の知っているものとは違うのだろうがそれを気にしたら負けだ。
ふらふらになるまで酔っぱらった俺はメルフィに連れられて部屋に戻った。酒でのどが渇いた俺はメルフィをベットに押し倒し、うつ伏せにして、バシバシと尻を叩きながらその尻尾から蜜を飲む。
「ほら、もっと出せよ」
「嫌ぁぁぁ、もっと、優しくしてぇぇ」
「はやくぅ」
「あっ、らめ、そんなにしたらだめなんだからぁ!」
らめぇ、らめぇ、と声を上げ、びくびくと体を震わせる。念のために確認しておこう。これは水分補給である。いいね?
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