第79話、お弁当箱の中に封筒

 今朝しっかり話せなかった彼女と、まさかこんな所で鉢合わせするだなんて思ってもいなかった。

 思わずその美しい白髪と澄んだ瞳に見とれてしまう。

 そんな俺の高ぶる鼓動を邪魔するように、髭もじゃは声をかけた。


「お、お前ら仲良いのか? あぁ、そういえば同じクラスだったな。まぁいいや佐藤、そこに座ってくれ。先に佐藤の方を終わらせよう」


「あ、はい。えっと、これが地毛証明書です」


 佐藤亜月は、指定された椅子に腰をかけると、自然な動きで茶封筒を取り出して見せた。


「わざわざ書いてもらってすまないな。これも校則だからさ。それで、髪の毛は黒く染めるのか?」


「うーん、どうなんでしょう。私自身髪の毛の色が抜けた時期のことは覚えてなくて……どうしたらいいのか分からないんですよね」


「そうかそうか。でもな、やっぱり派手な髪の毛は目立つだろう。ここはいっそ染めてしまった方が──」


「──それより、どうして松本くんとバーニングさんがここに?」


 佐藤亜月は白髪染めの話をやんわりとかわしながらこちらの話題に切替える。俺はそんな彼女の美声に聞き惚れる。


「ああ、この二人が秘密の交際をしていたらしくてな。どうも子供までいたらしい」


 この先生プライベートって言葉知らなさそうだな。平気で問題を他人にぶちまけるその姿は圧巻だ。


「子供……?」


「そうそう。二人で家に住んでて、女の子も居るって」


「女の子……ですか?」


 キョトンとする佐藤亜月とは相対し、生活指導の為に深々とソファーに腰かけた男は髭を弄りながら頷いた。


「そうらしい。それで、この赤髪の女はわざわざ松本に会うためだけに学校へ来たんだとよ。家に女の子は置き去りなのかねぇ?」


「男よ、うぬは先程から何を訳の分からぬ事をほざいておる。女は既にこの場に居るじゃろて」


「……なんだと!? 学校に子供を連れてきたのか!? そ、それで今はどこにいるんだ!」


「はぁ? うぬの目は節穴か? 先程よりここに居るじゃろ」


 あくびをひとつ、バーニングさんは退屈そうに窓の外を見る。一方何も理解出来ていない教師は、困惑に困惑を重ねてバーニングをジトジト舐めるように見始めた。


「先程から何を見ておるか気持ち悪い男よのぉ。ぶっ殺すぞ」


「い、いや。その、女の子はどこかなと……ってか今めちゃくちゃ口悪かったな君! ダメじゃないかそんな口調では、子供の教育に悪いぞ!」


「あのー、先生?」


 突然憤慨し始めた気分の変わりやすい教師をなだめる佐藤亜月を振り払って、男はバーニングさんにズケズケと近づいた。


「その子は今どこにいるんだ!」


「うーん、先生。多分それ私ですよ?」


「……は?」


 キョトンとした生活指導の先生に、佐藤亜月は可憐な笑顔を向けて優しく丁寧に教えて差しあげた。本当に尊い。仮に俺が権力者だったら、きっと彼女を神に崇め奉り宗教として広めただろう。


「うふふ、ルームシェアですよ。寮の無いこの学校は複数生徒のルームシェアを認めているじゃないですか。バーニングさんは成人しているので、ルームシェアの保護者です。この人、よく冗談で『恋人』宣言しちゃいますけど、騙されちゃダメですよ」


「そ、そうだったのか。そ、それならそうと先に言わないか松本!」


「いや、先生が聞いてくれなかっただけじゃ──」


「──まぁいいや。とりあえず話は分かった。佐藤、書類ありがとな。もうすぐ昼休み終わるからお前らも早く教室もどれ。はい、解散!」


 佐藤さんの簡潔な言葉が効いたのだろう。先生はきまりが悪そうに俺たちを室外へ追い出した。


 何はともあれ、佐藤亜月さん様々だ。


「ところで、保護者とはなんぞえ?」


 唯一バーニングさんだけが、何が起こったのか理解できない様子で首を傾げる。それに対しわざわざ説明するまでもないと思ったのだろう。佐藤亜月は微笑んだまま教室へと消えてしまった。


「あの、佐藤さん……」


 お礼をしようと思ったのだが、その言葉を届ける前に戸が閉められる。ほんの一瞬だけ、佐藤さんがこちらに向かっていたずらっ子っぽい笑みを浮かべたような気がした。


 かわいい。


 なんで俺はこのタイミングでカメラを持っていないんだよ! と地団駄を踏むが、まぁ仕方ない。我慢だ我慢。


 そんなことより。


「バーニングさん、どうして学校に来てるんですか?」


「あぁ、その事だがな。ほれ、これよ」


 彼女は大事な事を思い出したとでも言いたげにどこからともなく風呂敷を取り出した。


「これは……?」


 首を傾げる俺に、彼女は胸を張ってこう答えた。


「うぬの弁当じゃ!」


「……まさかっ!?」


「うぬ、この日の昼食を忘れていったであろう。わざわざ妾が届けてやったのよ。感謝しても構わぬのだぞ」


 空腹であった事実を急に思い出したのだろう。大声で鳴き声をあげる腹の虫。嬉しさのあまり深々と頭を下げ礼をする俺に対し、バーニングさんは嬉しそうに頷いた。


「分かればよろしい。では松本ヒロシ、これからも妾を崇めること心に違うのじゃぞ。さらば!」


 満足したのだろう。バーニングさんは訳の分からないセリフを残して帰っていった。

 いや、そんなことよりも飯だ飯。金が鳴るよりも早く、弁当の中身を食べてしまわなくては。


 そう思い包みを開くと、中には一通の手紙が入っていた。とても丁寧な時で書かれた手紙が。

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