第57話、それは大切な話で。


「大丈夫ダーリン? ごめんね、怖かったね。でも、エッチなダーリンが悪いんだよ!」


「いや、パンツ見せてきたお前が悪くね……?」


「悪くないです! あと、昨日アタシから盗んだパンツ返して」


 どうやら覚えていたらしい。俺は制服のポケットから黒の使用済みパンツを取り出すと、そのまま投げ捨てた。


「グハァ!」


 と同時に、突風が吹き荒れ地面に叩き落とされる。なんて乱暴なやつなんだ。


「ダーリンの変態! 馬鹿間抜けドスケベ!」


 酷い言われようだ。だがパンツ盗んだのは事実、何も言い返せない。悔しい。


「もう良いだろ、そろそろ何が目的なのか話せよ……」


「いいけど……ダーリン地べたで寝るのやめてよね。制服汚れちゃってるよ?」


「てめぇのせいだろがい!」


 勢いよく立ち上がると同時に、背後から声が聞こえた。


「ママ! 変な人いる!」

「しっ、見ちゃダメよ。さ、学校行きましょ! 今日は入学式でしょ!」

「ママ、あの人白髪まみれのおじいさんだよー! 制服着てる! 変なのー」


 なんで今日に限って結界を貼ってないんだよ。遅刻寸前なのは理解できるけど、結界くらい貼ってくれ。恥ずかしいわ。


「その方がダーリン安心するかなって」


 心の声聞こえてるのかよ、怖っ。


「怖くないよォ!」


 なぜだかガトーショコラが精神的ダメージを受けた。


「んで、そろそろ話せよ。話したい事が二つあるんだろ?」


 シャツとズボンの埃を払い、時計を確認しながら訊ねると、彼女は真面目な表情になって頷いた。


「うん、とても大事な話。先ずはアタシについて話すね」


 ガトーショコラについて? 確かに知りたいことは沢山あった。佐藤亜月の別人格以外の情報が無さすぎるからだ。佐藤亜月を守っているなんて言っていたが、何から守っているのか。トランス能力をどこで手に入れたのか。トランス代償はなんだったのか。何故俺を殺そうとしたのか。何故殺さず生かしてくれたのか。知りたいことは、多すぎる。


「うんうん、出来るだけダーリンの疑問に答えるようにするね」


 心の声を聞くな、キモイ。


「酷いっ!」


「うるせぇ! 近所迷惑だろがい!」


「ダーリンの方がうるさいもん!」


 …………。


「んで、お前についてってなんだ?」


「うん、亜月ちゃんのプライバシーにも関わる事だから、あまり深くは話せないんだけどね」


「プライバシー?」


「うん、女の子は秘密と蜂蜜で出来てるのよ」


「なら男は知りたがりの熊だな」


 ニヤリと笑ってみせたら、彼女は少し嬉しそうに笑った。


「クマさんにはちょっとだけ教えてあげるの。アタシはヒーローから亜月ちゃんを守っている。そしてダーリンもヒーローだった。だから殺そうとしたの」


 ヒーローが狙うとしたら、それは佐藤亜月ではなくガトーショコラの方だろう。つまり身を守ろうとした……という解釈で間違いは無いはずだ。この世界に怪人フラワーを呼び出し、混沌を引き起こした張本人。それがヒーローから狙われるのを恐れ、偶然現れたこの俺、ヒーローの鬼龍院刹那を殺そうとした。筋は通っている。


「つまりお前が死にたくなかっただけだろ」


「まぁ、そうなんだけどね。でも前も話したように、アタシは亜月ちゃんの別人格なの。だから使っている体は一緒。つまりね……」


 次の言葉は安易に予想ができる。


「アタシが死ねば、亜月ちゃんも死ぬの。だから亜月ちゃんを守らなきゃならなかった。ヒーロー協会に目をつけられたら終わりだから」


 つまり、俺を殺そうとしたのは自己防衛に加えて佐藤亜月さんを守る目的もあったと。さらに俺が周囲にガトーショコラについて公言すれば、佐藤亜月は日常生活がまともに送れなくなる。


「なら、どうして殺さなかった」


「……それは、ちょっと言い難いんだけどね」


 俺は頭を捻る。何をそんなにモジモジしているんだ。何故そんなに顔を真っ赤にして……いや、まさか、そんなはずは……。


「二つ目の話になるんだけど……気づいちゃったんだ」


 気づいたとは、何の事だ? まさか、まさかまさかでそうなのか?


「好きな人がこの世から消えたら、すっごく嫌だって思わない?」


 まさかまさかでその話だった。俺は鈍感系主人公ではない。結構恋愛には敏感だ。リア充死ねを合言葉に、常に恋人が出来る妄想をしてきた。しかし、しかししかししかし。まさか俺の敵にしてラスボスが愛の告白だなんて。そんなことがあるだなんて。


「アタシと付き合ってください!」


 ガトーショコラは顔を真っ赤にして頭を下げた。なるほど、俺を殺さなかった理由も納得出来る。納得できるが了承はできない!


「好きな人が他にいるので、ごめんなさい!」


 ガトーショコラ、悪いが俺は佐藤亜月一筋で行くつもりだ。お前はあくまで邪魔者。倒すべき存在。ここは思い切って振らせてもらう!


「……そ、そうですよね。ご、ごめんなさい。松本さん……。手なんか握ったら、迷惑ですよね」


 か細い声が聞こえ、恐る恐る顔を上げる。そこには、スラリと伸びた白髪はくはつを指で弄りながら、透き通った黒い瞳を泳がせる佐藤亜月の姿があった。


「……え?」


 いつからだ、いつから人格が入れ替わったんだ。


 思わず声を失った俺に、彼女はぎこちない笑みを浮かべた。


「あ、いつの間にか、高校に着きましたね……」

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