第32話、それはガトーショコラの正体で。

「ダーリン、なんか……色々とごめんね」


 ガトーショコラは、先程から蹲ったまま動こうとしない。俺も、疲れが酷いため体を動かすことは出来そうにない。


「アタシの事……嫌いになっちゃったよね」


 何だか、急に大人しくなったガトーショコラは、俺をじっと見つめる。


「うるせぇ、死ね」


「えっ!? なんか扱い酷くない!? ねぇねぇ! アタシの扱い酷くない?」


「あー、腹減ったなー。今日のご飯何にしようかなー」


「あからさまな無視辞めてくれない!? アタシ傷つくよ!?」


「あっ、この壁の割れ方、うんこみたい!」


「意味わかんないわよ!」


 ガトーショコラは必死にツッコミを入れる。だが無視だ。


「そうだ、明日家に帰ろう」


「引っ越してきたばかりでしょ!?」


「ん? なんだこれ……?」


 すっかり忘れていたが、戦闘中にガトーショコラから奪い取ったパンツがポケットから出てきた。


「おー! 真っ黒セクシー!」


「ちょ! ちょっとやめてよ! やめてダーリンっ!!!」


 ついにガトーショコラは、声を上げて泣き出してしまった。


「うえぇん、もうお嫁に行けないっ! うわあああああああん! ダーリンなんでそんなひどいことするのぉぉぉ!」


 俺は溜息をつきながらパンツをポケットにしまい、痺れる体に鞭を打ってゆっくりと立ち上がった。


「これが普通だ。ガトーショコラ、これが普通なんだよ。俺とお前は殺し合いをしたんだ。今更仲直りなんて出切っこない。俺は心の底からお前が嫌いだ。佐藤亜月の体を使い、そんな無茶をやらかした。わけも分からない俺を殺そうとした。俺に嫌われることを平然とやったんだ。それなのに酷すぎるだ? 甘えんじゃねぇ。ヒーローも怪人も、それぞれ自分の正義を持って戦うんだ。自分の正義をそう簡単に捨ててんじゃねぇ!」


 ガトーショコラは、じっと俺を見つめる。まるで芋虫みたいに、腰だけ突き上げた体制のまま俺をじっと見つめている。


「アタシはアタシの正義……貫いているつもりだよ」


「……どうだかね。そんな事より何やってんだ? 俺を殺すんじゃなかったのかよ」


「……うん、本当はね、ダーリンを殺すつもりだったんだ」


「なんだ、情けでもかけたのか?」


 仮にそうだとしたら、優柔不断すぎる。衝動的に俺を殺そうとし、衝動的に情けをかけたのだとしたら。通り魔じゃないか。助けてもらったなんて思いたくもない。


「ううん。殺したらダメだって気づいちゃったんだ」


「……は?」


 ガトーショコラは泣いていた。訳が分からない。何を泣く必要があるのか。しかしまぁ、よく分からないが俺は死なずに済んだらしい。


「殺したらダメってどういうことだよ」


「……アタシの能力について、話さなきゃいけないんだけど、長くなるよ」


 それは、佐藤亜月に関わる内容だろうか。もしそうならちゃんと聞きたい。しかし、今は……。


「……ガトーショコラ」


「なに?」


「お前の話を聞く前に二つ確認したい」


「……うん」


「佐藤亜月は無事だな?」


「うん」


 嘘ではないらしい。ダイヤモンド状態だからという理由はもちろんだが、それ以上に彼女の表情から本気が見えた。


「アタシが戦う理由は亜月ちゃんを守るためなの。だから、無事じゃなきゃいけない」


「それを聞けて安心した」


「もう一つは?」


「お前は何者なんだ?」


 ガトーショコラは、頬を赤らめて斜めを向いた。それから、薄い唇をゆっくり開く。その仕草に、何故だか俺はドキッとした。どこかで見た気がしたのだ。どこかで、出会ったことのある気がした。


「アタシはね……、アタシは、亜月ちゃんのもう一つの人格。亜月ちゃんを守るために生まれた、そういう人格なの」


 別人格……。小説や漫画で目にしたことはあるが、実際に会うのは初めての事だった。


「亜月に乗り移っているわけでも、佐藤亜月という人物に成り代わっている訳でもないんだな?」


「……うん。アタシは亜月ちゃんを守るために戦ってるの」


 まだ理解できないことは多い。仮にそうだとしたら、何から佐藤亜月を守るというのか。どうして俺を殺そうとしたのか。強引に解釈するのなら、俺が佐藤亜月に対し悪影響を及ぼすから、別人格のガトーショコラが俺を殺そうとした……?

 いやしかし、何故ガトーショコラはトランス能力を持っているのだろうか。どこかと契約でもしない限り、この力は手に入らない。さらにトランス能力の代償も分からない。何故あんなにも無限に近いエネルギーを保持しているのか。そして……なんだろう。この既視感は。


 あぁ、ダメだ。意識が朦朧もうろうとしてきた。早く話を終わらせよう。


「佐藤亜月さんを守るために俺を殺そうとした理由は何だ?」


 それだけが気になる。しかし、彼女は笑って誤魔化した。


「……アハハ♡ ダーリン、二つって言ったでしょ」


 ガトーショコラも疲れが来たのだろう、髪の色がだんだん薄くなっていく。俺は、これ以上彼女と話す事を諦めた。


「……なぁ、ガトーショコラ。佐藤さんを返してくれないか? お前の話は、また今度聞くよ」


「え?」


「どうせお前も、今日は疲れたろ。寝ようぜ」


「……わかった、ダーリン。おやすみなさい。また今度、ゆっくり話そうね」


「……あぁ、また今度な」


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