第26話、それはハナニラの花言葉で。
「……ごめんねダーリン、ごめんね亜月ちゃん。アタシにはこれしか出来ないの……」
ガトーショコラは、心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいだという表情でハナニラの花弁をそっと撫でた。その儚げで美しい姿に、心のどこかで嫌悪し、また別の場所では惚れている。俺の中を満たすこの複雑怪奇な感情の渦もきっと、ガトーショコラの空間魔法によるものなのだろう。
「お前が……お前がこの街に
新たに生まれたばかりの憎しみの感情は、まだ空間魔法の効果を受けてはいないらしい。殺意が心の器に満たされていくのを感じた。
「やはり、お前は俺の敵だッ!」
「……そうかもしれないわね、ダーリン。でも大丈夫よ。アタシが召喚したこの子が、ダーリンの事を殺してあげるから」
ガトーショコラの傍に跪くハナニラと名乗った
「わたくしの願いは、寂しさからの脱却にございます。寂しい気持ちを……を…………を、を、をををををを」
突如、ハナニラが悶え苦し見始めた。ガトーショコラに触れたまま、全身をくねらせている。吊り上げられたうなぎが、必死に抵抗しているかのような。そんな姿をしばらく見せつけられた。
「わたくしはハナニラ。寂しさを広める者にございまする」
その言葉には相変わらず悲愴感が漂っている。だが、それ以上になにか、決意めいたものを感じた。
「ハナニラ、命じるわ。貴女の花言葉を全うしなさい」
「……かしこまりまする」
ハナニラはゆっくりと立ち上がると、手を広げた。そこには小さな六芒星が握られている。それは瞬く間に回転を始め、草刈機に似た嫌な音をたて始めた。
「スプリングスターフラワー……わたくしの技にございまする。触れた者は二つに裂け、夜の星となるのでございまする」
ハナニラは寂しそうに、回転する六芒星を俺へと向けた。これで真っ二つにするつもりらしい。
「ねぇダーリン、最後にもう一度言って欲しいの。アタシの事、愛してるって」
「…………」
「お願いダーリンッ!」
何故だか分からないが、ガトーショコラの瞳からは涙が溢れていた。何故そんなに悲しそうな表情を浮かべるのか、俺には分からない。だが、その表情に嘘偽りは見えなかった。しかし……。
「ごめんな、ガトーショコラ」
「……へ?」
「お陰で頭が冴えたわ」
先程まで俺を殺したくて必死だったはずの彼女は、何を今更か。顔面を鼻水と涙でぐしょぐしょにしたまま俺を見つめていた。だが、どんな顔で見つめられても無駄だ。空間魔法の特性は既に掴んだ。俺の中には未だにガトーショコラを思う気持ちが溢れ出てくる。好きでたまらない。しかし、それと同時に今沸き立つ怒りや憎しみといった感情は、俺に真実を教えてくれた。
「俺は、佐藤亜月が好きだ。何故かは分からない。けど、初めて会った瞬間から好きだと思えた。この気持ちは絶対だ。そして今、少しずつだが佐藤亜月を憎むようになってきている。きっとお前の空間魔法は『強い感情を真逆にする魔法』なんだろう? 好きという気持ちは嫌い。怒りという感情は愛おしさに。そんな風に他人の心を弄ぶお前を……ッ。好きには……なれない」
もう俺の中に迷いは無い。散々困惑し、散々恥ずかしいところを見せてしまったが、もう迷わない。俺は俺の中の正義を貫く。貧乏になってまで自分の正義を貫き通した父親のように、俺は俺の信じる正義を貫く。
「ガトーショコラ、よく聞け。俺は金のためにヒーローをやっている。だがな、それは俺にとって『金なんてどうでもいいモノ』だからさ。金を使えば誰かを助けることが出来る。そのために金を稼ぐ。分かるか? 助けられた人が払った金が、今度は別の誰かを助けるんだ。金ってのは人を助けるためにある。だから俺は金を稼ぐ。他人の感謝が、また別の他人を助けるためにだ」
「ダーリン……?」
「俺は、佐藤亜月が好きだ。佐藤亜月をお前から取り戻すために俺は戦う。これが答えだッ!」
俺はそう口にすると、ポケットから携帯端末を取り出した。
「俺の最後の変態、見せてやる!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます