第20話、それは換金機能で。

「水の刃百連発!」


 最早それは水の刃等と呼べる代物ではなかった。濁流である。無数のガラスを含んだ鉄砲水が上流から一気に押し寄せてくるかのようだ。回避する事は不可能に近い。


「クソッタレがッ!」


 慌てて近くにあったテーブルを倒しバリケードを作る。ダイヤモンド状態の魔法『永遠愛結晶エターナルダイヤモンド』の効果で木製だったはずのテーブルは極彩色を放つ金剛石と化していた。


 ──キンッカキンキンッガッガガッキガッ。


 押し寄せる青白い刃は、ダイヤモンドと化したテーブルに当たる度に激しい音を放ち削り続ける。その波は終焉を見せず、鳴り止むことはない。もし少しでも顔を出せば首が落とされるだろう。それ程に鋭利で素早い刃がこちらへと飛び続けているのだ。


「ほらほらダーリン、そろそろテーブル壊れちゃうよ? あはは♡」


 糞、このサイコパスめ。だがどうやってこの状況を回避したらいいのか全く分からない。せめてトランスさえ出来れば話は変わったかもしれないが……。その為には現金が必要となる。口座には今金がない。一応端末に着いている換金機能を使えば現金や装飾品を金に変換し口座に振り込むことが出来るが……。


「いや待て、あるじゃないか。今俺の目の前に……巨大なダイヤモンドがッ!」


 これは賭けになるだろう。このダイヤモンドを代償に変態トランスをするという事は、バリケードが消えてから変態トランスを終えるまでに若干のラグが生まれるという事だ。その間に何発水の刃を受けてしまうだろうか。多少のかすり傷や切り傷で済む問題ではない。

 しかし、それ以上にやらねばならない。俺はそう確信していた。何もせずにこのままテーブルが破壊され、バラバラにされるくらいなら……皮を切らせて骨を断つ。やってやる。


「頼むぞッ」


 ポケットから携帯端末を取り出し、ヒーローアプリを起動する。その中のスキャナー項目を選択しダイヤモンドへと向けた。どういう原理なのか全く分からないが、この端末はカメラに読み込んだ俺の所有物を現金換算しオリオンの力と交換してくれるらしい。

 今から少し前に、見ず知らずの女性から授かった物だが、ついに使う時が来たようだ。以前使った時と同じなら、端末に付属しているカメラで換金したいものをフォーカスし、換金ボタンをタップする。それだけでいい。それだけで俺の所有物はどこかへ消え、代わりに現金が口座に振り込まれる。


「口座に金が入れば……トランス出来るんだよッ! 来い! 変換!」




 …………時間が猛烈に長く過ぎ去ったように感じた。実際のところ、タップしてから五秒も経過していないだろう。しかし、何分も待たされたような気分だった。

 未だに水の刃は射出され続けており、またテーブルは変わらずそこにある。俺の前で横になり、バリケードとしての役目を果たしている。


「な、何故だ……何故換金できないんだ!」


 納得が出来なかった。なにせ、以前はちゃんと効果を発揮し現金を得ることが出来たのだから。それなのに何故。

 慌てて端末を操作し、はてなマークの書かれた『ヒント』を開いた。他のアプリケーションと同様に、困った時に読むべき項目というのも用意されている。なんとも丁寧なアプリだ。


 『故障かなと思ったら』の項目を見つけたのでそこをタップすると、いくつかのタブが出てきた。上から『カメラが起動しない』だとか『口座から金が落ちない』だとか『口座に金が振り込まれているのにトランスできない』だとかあるが、どれも違う。慌てて操作しているうちに、テーブルの角が突如砕けて吹き飛んだ。どうやらタイムリミットの方も迫ってきているらしい。

 どこにある、頼む、故障なら故障で策を練らなきゃならないし、もし俺がやり方を間違えてるなら早く正攻法を知りい。このテーブルを現金にし、早く変態トランスしたい。と、思えば思うほど嫌な汗が溢れ、画面に付着し操作が難しくなる。


「クソッタレがッ! 頼む、頼むよ。金が必要なんだ、今すぐにッ!」


 見つけた。『スキャンしても現金にならない場合』の項目だ。慌ててそのタブを開き文字列に目を通す。


「ダーリン、そろそろ壊れちゃうよ? トッテオキ……見せてくれないの?♡」


「うるせぇ、今すぐ見せてやるから黙ってろ!」


「もー、いじわる♡」


 なになに、『スキャンしても現金にならない場合、端末を再起動してください』だと?くっそ、時間かかるやつじゃねぇか。急いで再起動だ。と、俺は震える手で電源ボタンを長押しし再起動を指示する。再起動が完了するまで数分、さすがにテーブルはもたないだろう。なにか時間を稼がなくては。もしくは他のバリケードを……そうだ、椅子が周りに散らばっている。どれもダイヤモンド化しているのでバリケードには最適だ。


「ダーリン、そんなに隠れてないで出ておいでよ」


「お前がその技辞めないせいだろうがこの野郎!」


「えー、言い方酷いよォ」


 なんでそんな涙声なんだよ、泣きたいのはこっちだよ。畜生がッ!

 何とか椅子を三脚ほど集め、テーブルの裏に並べてバリケードを厚くする。これでまだ暫くは時間が稼げるだろう。頼む、早く再起動してくれ……。


 ──ガコッ。


「あーあ、アタシのテーブル割れちゃったじゃない」


「お前が壊したんだろッ!」


 粉々に砕けると思っていたが、どうやら縦に真っ直ぐ切れ目を入れるように撃ち込んでいたらしく、綺麗な真っ二つに成り果ててその場に留まった。バリケードに隙間こそ生まれたがテーブルの大部分はまだバリケードとして機能してくれそうだ。

 そうこうしている間に、やっと端末が起動した。苛立ちを抑えながら必死にアプリケーションを起動すべく画面を連続でタップしカメラを起動、ダイヤモンドのテーブル右半分を読み込ませた。


「今度こそ頼むぞ……ッ!」


 しかし、やはり現金に変わりはしなかった。なんでだよ。ちゃんと再起動したじゃないかと、慌ててヘルプを開いて項目を確認する。


『スキャンしても現金にならない場合は再度スキャンし直してください』


 もうやったよ!


『スキャンしても現金にならない場合はカメラを近づけてください』


 その通りに撮影し直した。ダメじゃねぇか!


『スキャンしても現金にならない場合は掛け声として「はいチーズ」を行ってみてください』


「はいチーズ!」


「えっ、何ダーリン?」


「お前じゃねぇよ!」


 ってかまたダメじゃねぇか!!!!

 クソッタレがッ、なんでこんな肝心な時に使えないんだよ……なになに? 『スキャンしても現金にならない場合はそれがあなたの所有物であるか確認してください』だと?


 …………は?


 俺は慌てて利用規約を開いた。第43項、カメラスキャン及び現金換算機能について、本アプリケーションを利用した窃盗及び盗難を行えないように、本アプリケーションにはスキャン対象物が利用者本人の物でない場合セーフティーロックがかかるようになっております。正しい手順で入手した物品以外は現金換算出来ない場合がございます、ご了承ください。……だと?


「……………………」


「ダーリン? どうして出てこないの? ほらほら、椅子まで壊れちゃうよ?」


「…………えや」


「ほえ?」


「先に言えやァァァァァッ!」


「ええっ!?!?」


 ダメだ腹が立つ。結局俺の持ち物じゃないからここにある宝石どれも俺のトランスに活用出来ないって事じゃないか。豚に真珠猫に小判と言うがまさしくその通りだ。使えねぇ宝なんてどんなにあっても意味がねぇ! クソッタレがッ、目の前に高価な物が落ちているのにそれを使ってトランスは出来ないという事か。


「ガトーショコラァァァッ! 絶対ぜってえぇ許さん!!!」


「えっ、な、何で怒ってるのダーリン?」


「うるせぇ! ぶっ殺ッ……ゴボゴボボボガバッ!」


 溺れた。

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