第855話 理想と現実……!
シキブとムラサキから、準備が終わったと連絡をもらう。
しかし、こちらの都合で少しだけ待ってもらうことになった。
こちらの都合とは、セイランの撮影だ。
幾つもの衣装が着られると、テンションが高いセイランと、冒険者の人気投票で二位になったセイランを同じくテンション高めで撮影するフラン。
最初こそ、誤解はあったが意気投合して声を掛けながらポーズを決めていく。
冒険者ランキングの一位に写真集を出す特典があったが、写真集という存在がよく分からないため、受賞者は男女ともに辞退したそうだ。
それにランクAの冒険者であれば、知らないものに手を出すのに慎重になっていたとしても不思議ではない。
俺も、そこまでの事情は知らなかったので、グランド通信社に申し訳ない気がした。
グランド通信社は、写真集の売り上げを期待していたに違いないだろう。
しかし、セイランの撮影テンションを見る限り、誰かが写真集を出して成功することが分かれば、出そうとする冒険者たちが続くに違いないと、俺は感じていた。
俺は黙って撮影が一段落するのを待つ。
「少し休憩しましょうか?」
フランの声で休憩に入る。
俺はセイランに撮影の感想を聞く。
「思った以上に楽しいわね」
「そうだろう。その相談だが、他の衣装を着たりした写真も撮ってみないか?」
「別にいいけど……どうして?」
俺はセイランに写真集の説明をする。
「えー! それは、ちょっと恥ずかしいな」
人前に自分の写真を出すことに、かなり抵抗あるようだ。
「セイランさん! 是非、やりましょう!」
フランが血走った表情で、セイランに話す。
「誰も出していない写真集を、セイランさんが初めて出すんですよ! 歴史にセイランさんの名が残るんですよ‼」
「私の名前が歴史に……」
「そうです。それに売れれば売れるほど、セイランさんにも報酬が入るんですよ!」
「報酬も! ……どれくらい?」
報酬の話になると、フランには分からないので口を噤んでしまった。
「報酬次第って、ことなのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
セイランは、何か考えているようだった。
俺とセイランは会ってから、それほど時間を長く過ごしている訳では無い。
セイランに対して、守銭奴という印象はない。
俺はセイランが報酬で動く人だとは思っていないからこそ、なにか思うところがあるようだ。
ランクAの冒険者であれば、それなりに稼ぎもあるはずだ。
なにか事情があるのだろうか?
俺は気になりながらも、前世のグラビアを思い出しながら話をする。
なぜなら俺自身、写真集を買ったこともないし、中身を全て見たこともなかったからだ。
こちらの世界では、水着のような軽装備もある。
露出度的には、あまり変わりはないと思う。
この
女性の下着事情は――男の俺は、よく知らない。
世の男性たちは、胸や尻を載せれば、間違いなく売れると俺は思ったが、セイランには話さなかった。
話しの途中に口を放むフラン。
俺以上に、フランの熱意が凄かった。
写真集を出すことに前向きなセイランだったが、どこか浮かない表情だった。
写真集に乗り気なフランを落ち着かせる。
そして、俺たちは用事があるため、写真集の話は一旦、終わることにした。
しかし、情報士になりたいと言っていたフランが、娯楽でもある写真集に、そこまで執着しているのは何故だ?
グランド通信社からの仕事も、継続的にしているはずだし……。
セイランが着替えをしている間に、フランに聞いてみることにした。
少し考えながら、フランは話し始めた。
最初こそ、事件現場での写真を撮ったりして、最近では記事も書かせてもらっていたそうだが、悲惨な事件や、惨たらしい現場を見ていくうちに、自分の心が変わっていく感じがしたそうだ。
夢である情報士になれた! ということだけを心の支えにして仕事をこなしていたそうだが、ブライダル・リーフでのお客の一言で、フランの考えが変わったそうだ。
素晴らしい笑顔を引き出してくれたと、新郎と新婦から感謝をされたそうだ。
それも一度ではなく、何度も――。
同じ写真を撮るのであれば、楽しい記憶が残るような仕事をしたいと思うようになったそうだ。
カメラ越しに見る人たちの人生。
その一瞬を切り取り、喜んでもらう。
そう思うと、フランは気持ちが、とても軽くなる感じになった! と話してくれた。
「それに私、文才がないのよね……」
記事を書くことに疲れているようだった。
「それは……逃げているわけじゃないんだよな?」
俺の言葉にフランは即答できないでいた。
フランも心のどこかで、思っていたことを俺が口にしたのだろう。
「フランの人生だから、俺がどうこう言うつもりはないが、一瞬の気の迷いで今までやってきたことを否定するようなことは後々、後悔しないか?」
なにも話さないフランは、じっと手元のカメラを見ていた。
「悩んでいるということは、そういうことなんだろうな。ゆっくりと結論をだせばいいだけだ。答えが一つとは限らないしな」
「うん、ありがとう」
楽しいだけの仕事など無いと、俺は思っている。
だからといって、辛いことが仕事だとも思っていない。
自分で、落としどころを決めて結局、納得するしかない。
納得出来なければ、別の仕事をすればいいだけだ。
同じ悩みなら、楽しい悩みの方がいいに決まっている――。
セイランの着替えが終わる前に、シキブと連絡を取った。
ブライダル・リーフをいるので、転移扉を使って来て欲しいと伝えると、「すぐに行く」と返事があった。
セイランの着替えが終わって、しばらくするとシキブとムラサキも階段から下りてきた。
この建物にシキブたちがいることを知ったセイランは驚いていたが、詳しい説明はしない。
とりあえず、シロにクロ、ピンクーたちの状況を確認すると、殆ど買い物は終えているようだったので、現地で待ち合わせをすることにした。
ユキノたちと合流する前に、シキブとムラサキを、シキブの故郷へと送り届けるため、皆を集める。
「それで、どうやっていくのかしら?」
セイランのみが俺の【転移】の能力を知らないので、不思議そうな表情で質問をしてきた。
「すぐに分かる」
言葉少な気に話すムラサキ。
シキブの故郷に行くということで、緊張しているのだろう。
そんなムラサキに、シキブはさりげなく手を握ると、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
俺は気付かぬふりをして、「行くぞ」と声を掛ける。
セイランのみ、なにが起きるのか分からないので、周囲を見渡していた。
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