第594話 前夜祭-6!
チャランタンやペラジーの耳にも、領主達の言葉が耳に入る。
殆どが、ダウザーやフリーゼを敵に回したくないし、グランド通信社との関係が壊れる事を嫌っていた。
「皆様!」
マリーが叫ぶ。
「弊社としましては、グランド通信社様とヴィクトリック商会様の争いは本望では御座いません。争う事により領主様は勿論、領民の方々達への影響が大きいからです。必死で毎日生活している方々が、笑顔で幸せに暮らせることが弊社の信条です」
マリーの言葉に皆が聞き入る。
「弊社としましては、ペラジー様が弊社へ謝罪頂ければ、これ以上の事は望みません」
マリーはペラジーの謝罪で、今回の事は何も無かった事にすると言う。
この言葉に領主達からは絶賛の声があがる。
当然、謝罪を要求されたペラジーに皆の注目が集まる。
「……御社を侮辱した事、誠に申し訳御座いませんでした」
謝罪の言葉を言うと頭を下げた。
体が震えているのは、怒りを我慢しているのだろう。
マリーは「はい」と、一言だけ発する。
「御社の問題ですが当然、副代表の処分は考えておられるんでしょうね」
ヘレフォードはチャランタンに尋ねる。
「それは……」
即答出来ないという事は、処分する気が無いという事だと誰もが分かった。
ヘレフォードの質問の意図は、商社として厳正に処分が出来るかを判断するつもりだったのだろう。
「マリー様。あちらでタクト様が御待ちです。御一緒に」
ヘレフォードはチャランタンから、それ以上の言葉を聞くことなくマリーとアンガスを連れて俺の所に戻って来た。
「流石だな」
「まぁ、私も大人げなかったわ。でも、四葉商会を馬鹿にされた事だけは、どうしても我慢出来なかったの」
「それでいい。ありがとうな」
「別にタクトの為じゃないから。それにタクトでも同じ状況なら、絶対に同じ事をするという自信もあったわ」
「その通りだ。仲間を馬鹿にされたんだからな」
俺とマリーは笑う。
「ヴィクトリック商会は終わりですな」
ヘレフォードが嬉しそうに呟く。
これだけの事をしでかして、副代表に何のお咎めも無ければ、一気に信用は落ちる。
副代表に中途半端な処分を出しても同じ事だ。
なにより商人達は、こういった情報が耳に入るのが早い。
商社と言っても全員が社員では無い。
下請けになる商人が何人も居て、商品を商社に売る事で生計を立てている。
生産者から直接買う者も居るが、この世界の多くは商社から商品を購入している。
つまり、ヴィクトリック商会に物を売る商人が居なくなれば、必然的にヴィクトリック商会は商売として成り立たなくなる。
「まぁ、ヴィクトリック商会が傾くのも時間の問題だったでしょうがね」
「どういう事だ?」
アンガスが言うには、何人かの商人がヴィクトリック商会からグランド通信社に鞍替えをしたそうだ。
その理由が、ヴィクトリック商会の買値だった。
食料や物品等を調達して来た商人の足元を見て、相場よりも安い値段で売っていた。
しかも、店への売値は高く設定していたそうだ。
この方針は副代表であるペラジーが決定した事だと、買い取り社員が言っていた。
「物を売って頂く商人達も規模は違えど、我々と同じなのです。お互い納得出来ないまま商売を続けても、良い事等ありません」
「成程ね」
俺は今回の事は、グランド通信社でも起きる事だと聞いていて思った。
娘婿のオージーにも実力は無いが、副社長の地位にいる。
オージーは勘違いするような人物では無いが、権力を間違った方向に使うとペラジーのようになる。
「タクト様は、オージーの事を考えておられですか?」
俺の考えていた事が分かっていたかのように、ヘレフォードが話し掛けてきた。
「そうだな。もし、オージーがペラジーのような事をしたら、グランド通信社はどうするのかと思ってな」
「解雇です」
へレフォードは即答だった。
「上に立つ者には、それなりの責任が伴います。部下の失敗は上司が助ける事は可能ですが、上司の失敗を部下に押し付ける事は出来ませんから……」
「オージーには上に立つ責任と言うか、覚悟が足りないと?」
「そうでしょうな。オージーは良く言えば、優し過ぎます。悪く言えば臆病者ですから」
「後継者問題は解決していないんだな」
「えぇ、あれからもアンガスを口説いてはいるんですが」
「何度も申しておりますがヘレフォード様が引退された時が、私の引退です。この考えは変わりません」
アンガスの意思は固い。
「エイジンも四葉商会に行ってしまったし、困ったものです」
笑ってはいるが、ヘレフォードにとっては深刻な問題な事は分かっていた。
自分の判断で、従業員や協力してくれている商人達を路頭に迷わせる事になる。
「他に優秀な人材は居ないのか?」
「それがなかなか社内には……」
名前こそ通信社だが、実際は幾つもの事業展開をしている。
社員も多いので、代表の器になりそうな者は居そうなのだが……。
俺としてもグランド通信社の代表が変わって、今迄の信頼関係が崩れるような事態は避けたいと思っているので、他人事では無かった。
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