第368話 言えない事情!

「それ、どういう事よ!」


 シキブは、イリアが受付長を辞めると聞いて、驚くどころか激怒している。

 隣にいるムラサキが、落ち着くように言っている。


「言葉の通りです。私が冒険者ギルドに居てはギルマスいえ、シキブが成長しない事に気が付きました」

「確かに、イリアには色々と迷惑はかけたと思うけど……」

「特に、最近の態度は酷いです。全くやる気がないでしょう!」

「いや、そういう訳では無いけど……」


 シキブを良く見ると顔色が悪い。イリアに辞められるのがショックなのか?

 それとも、体調でも悪いのか?

 イリアに、サボっているや怠けている等と言われる度に、目線を落として自分の御腹を見ている。

 ……もしかして。


「イリア、ちょっと待て!」

「何ですか、タクトさんもシキブの味方ですか?」

「違う。俺に少しだけ喋らせてくれ!」


 怒り気味で興奮しているイリアは俺にも攻撃的だったが、一旦話を止めさせて俺の話を聞くように言う。


「シキブ。お前、子供が出来たのか?」


 俺の言葉に、イリアは勿論だがムラサキもシキブの方を見る。


「……多分」


 恥ずかしそうに、御腹を擦りながら小さな声で答える。


「本当か、シキブ!」


 ムラサキが大声で叫ぶ。まだ、ムラサキにも話をしていなかったようだ。


「最近、仕事に集中出来なかったのは、それが理由なのか?」


 シキブは小さく頷く。

 最近、体調が悪い日が続き、気持ち悪さもあり仕事に集中出来ないでいた。

 よくよく考えてみると、毎月必ずあるものが無い事に気が付く。

 まだ、妊娠したか分からない状態なので、言い出せないでいたそうだ。

 時期を見て、確認をするつもりでいたらしい。


 シキブの言葉に、イリアが絶句している。

 理由が分かり、そのような状態のシキブを責め立てた事を悔いているかのようだった。

 そんなイリアいや、俺達がこの場に居ないかのようにムラサキはシキブに向かって、「楽な体勢になれ」や「男か女か」等、シキブの体調を心配したり質問をしていた。


「何故、タクトさんはシキブが妊娠していると分かったのですか?」


 イリアの質問に対して先程、俺が気付いた内容を伝えた。


「そうですか。本当であれば、シキブのいちばん近くに居た女性の私が気付かないといけない立場でしたのに……」

「俺だって、もしかしたらと思って聞いただけだ。そんなに落ち込むな」


 落ち込むイリアを励ます。

 横ではユキノが「妊娠まで分かるなんて!」と目を輝かせていた。


「ムラサキ、うるさいぞ!」


 あれこれとシキブに絡んでいるムラサキを注意する。


「いや、だってだな」


 完全に混乱している。


「とりあえず、座って落ち着け!」


 ムラサキを無理矢理に座らせる。

 イリアは、シキブに謝罪をする。

 しかしシキブも、自分にも悪い所があったと反省をしていた。

 その間もムラサキは落ち着きが無い。


「シキブは、冒険者を引退するのか?」

「そうね。出産や子供の世話で、それどころでは無くなると思うわ」

「ギルマスは、ムラサキと言う事か?」

「当然そうなるわね。タクト、貴方サブマスやる気は無い?」

「全く無い。トグルにでもやらせれば、いいだろう」


 これ以上、面倒な事は御免だ。


「偶然とはいえ、イリアはシキブの引退まで一緒出来て良かったな」


 シキブとイリアはお互い顔を見て、恥ずかしそうにしている。


「引継ぎも含めて、色々と大変だな」

「そうね。まぁ、ムラサキと結婚してから引退の事は考えていたから、突然でもないわ」

「まぁ、元気な子を産めよ」

「勿論よ!」


 イリアはシキブに鑑定士を呼んで、妊娠が本当かを確認した方が良いと助言する。

 この世界では、妊娠を疑うと鑑定士に鑑定して貰うのが通例らしい。


「俺が見てやろうか?」

「そういえば、タクトは……」


 そう言うと、俺のステータスを秘密にする約束を思い出したのか口篭る。


「気にしなくていいぞ。ユキノは勿論だが、イリアも信用しているからな」

「そう、じゃあ御願していい」

「分かった」


 シキブを【神眼】で鑑定すると、妊娠している事が分かった。

 ついでに【全知全能】で予定日を聞くと答えてくれた。

 俺はシキブに向かって妊娠はしている事と、出産予定日を教える。


「……どうして、出産の予定日まで分かるの?」

「俺の能力だ。あくまでも予定日だから、これからの過ごし方で予定日は前後するから、参考だと思っていてくれ」


 ムラサキは、俺から聞いた出産予定日を机の上にあった書類らしき紙にメモしていた。

 当然、イリアから叱られていた。


「男か女かは、分からないのか?」


 ムラサキが質問をするが、


「生まれてきてからの、楽しみにしましょう」


 シキブがムラサキの質問に対して、答えを聞かない喜びを伝える。

 目の前のふたりを見ていて、本当に親になれるのかと心配になるが、こういう経験を経て誰もが徐々に親へとなっていくのだろう。

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