好きと言われた日
法夫
好きと言われた日 (1/3)
今は午前三時三十二分。
横にある机の上に座る電子時計をぼっと見つめている私に、そんな情報が意識に流れ込んでくる。
今日はどう眠ろうとも眠れないんだ。体をベッドに預けても、頭ガ冴えててどうしようもない。ベッドの上に海星の姿勢をとった私は、暗い部屋で一人考え事をしていた。
正確には記憶を振り向いていた。
そう、頭でいろんな
明日は晴れるといいな。でも、雨もきらいじゃないかも。
そんな中で、ふいに天気のことを暢気に考えてしまった。無理に答えを引き出す何時間も続けたからか、頭が休めたくて勝手に切り替えたのかな。これも、それも、全部――
彼が、
*******
ちょうど日が完全に落ちて、美しい三日月が清澄な夜空にはっきり見えるようになった頃。忙しい成田空港は相変わらずつかつかと歩いてる人で溢れている。その足音や人の話し声、スーツケースの輪の回る音や荷物が金属面の秤に落とされる音がごちゃごちゃに混ぜってて、うるさく響いている。そんな中、私は教えられたエアラインのチェックイン・カウンターを探していた。
しばし歩いていたら、合ってる看板を見つけた。そこで、
「や、
爽やかな声で私に挨拶をしてきた男の子は、幼馴染みの
「アホ毛、ついてるよ」
しょうもない彼のボサッとした髪を私がポンポンと頭を撫で下ろしてみるが、やっぱり水がないと効果が薄いか、手を上げてもアホ毛はそのまま元気に立っている――反抗的にとも言える。
「そりゃどうも」
と、頭を少し下げていた元ちゃんが再び頭を上げてニコリした。
「全然直ってないから後で水でしてな」
と、成果に不満で推薦するが
「別にいいさ。拙者の長所と言えば、間違ってもこの見て呉れでござらんからのぅ」
「まだそんなことを言うの?別に悪くないわ、元ちゃんの顔。普通だよ。」
高校二年生の時クラスの女子たちがイケメン・ランキングをして、十点満点で自分が平均五点だと評価されたと知って以来、元ちゃんはそれを言い訳にして自分の前からのだらしなさを正当化した。
「そうだね、五点といえばど真ん中の普通だもんね」
と、彼がくすっと笑うが、私は心の中、あれ以来、元ちゃんが自分の見てくれにコンプレックスを抱くようになってないかを心配してきた。
「そういえば聞かなかったね。あの時,凛ちゃんは僕に何点を上げたのかい?」
「私は参加してなかったわ」
「本当かい?」
と元ちゃんがわざとらしく私に怪しげな表情を見せるが。
「本当よ」
と、事実を言った。ルックス・ランキングだのは人を傷つけるだけだ。あの時の私にはもうそれをよく知っていた。だから参加しなかった。
「小母さんと小父さんは?」
と、切り替える私に、
「まだ駐車中。僕は先に列に入れって」
「なるほど」
と、会話が一段落をつく。容姿が話題になったからか、今一度今日の元ちゃんの姿を見直す。
お顔の特徴は大きめなお凸。鼻筋はすっとしたいい線を引いて、柔らかくて優しい両目にはふんだんな眉毛がある。口は小さいほうで、その上に髭が生えかけている。短くしている髪は厚いほうで頬髯まで伸びる。アホ毛地雷も残念にあっちこっち立ってるが。お耳はまるで犬みたいに頭から割と離れてて、可愛い。
身長は日本人にしてはかなり高いほうで、百八十六もある。すらりとした長い手足を覆うのは羊毛の茶色な長袖シャツに赤黒いジーンズ。お手々は大きくて、綺麗で長い指はピアニストに思わしいもの――ピアニストじゃないけど。足先には何年をも履き続けてきた白に碧い縞の運動靴が見える。摩滅がひどいな、おい。まぁ、要するにいつものようにだらしないけど、不思議にそんなに悪くない感じ。
「……」
私の視線が気になったのか、元ちゃんは珍しく恥ずかしそうに斜め下に顔を伏せ、片手で顔を隠す。そんな彼の仕草を見て、
「ごめん、じっと見てて」
「いや、別に」
元ちゃんが顔を逸したままはにかむようにそう言った。
「……点、付けて上げようか?」
躊躇いがちだったが、元ちゃんの自信を少しでも持ち上げようと、聞くことにした。元ちゃんがそれを聞いて、
「へ?」
目をぱちぱちさせる元ちゃん。
「今?」
コクリと頷くと、元ちゃんが慌てかけて、
「じゃあ、トイレに髪を直してくっから、その後で」
と、トイレに駆け出そうとする元ちゃんだが、私が手を掴んで引き止める。
「必要ない、今のままでいい」
「……よくない」
と、小さいお口をおぼこくきゅっと結んで、そっぽを向いて抗議する元ちゃん。その子犬みたいな瞳で精一杯不満を露にする。なんって言うか、可愛い反応だけどむかつく。
「なによ、さっき『別にいいさ』といったのは誰だ」
「じゃあ、『あとで直せ』と言ったのは一体誰なんだよ」
「初めて会う人ならともかく、私に今更元ちゃんがアホ毛を直したところで評価が変わるもんか」
そう正論を吐いた私に、元ちゃんはいじいじしながらも一応納得してくれたようだ。トイレに行くのをやめた彼の手を離して、そして、ちょっとだけ頭の中でまとめてから、発表する。
「七点」
斜め下に伏せた顔を恐る恐る上げた元ちゃんは、
「本当?お世辞の分とか入ってない?」
「本―当」
言葉を引きずって強調することで、誠実さを請合う。それを聞いて明るく笑ってくる元ちゃんは
「じゃあ、凛たんの優しさを削って、六点だね」
「だから、お世辞の分なんて入ってないと言ってる……」
でもまぁ、六と七の間を切り上げたかもしれない。いくら客観的で実直に評価しようとも、長年見てきた幼馴染みの顔にはちょっと偏ってしまうものかも。たん付けはとりあえずスルーして、
「そもそも、あのアンケートは元ちゃんが最頻値じゃ六点だったんだよ。クラスの女子の一人や二人がやけに低い点を上げたから平均値が下がっただけ。だから元ちゃんは少なくとも平均以上のお顔をしているのっ」
念を押すため語尾を強調する。
「へぇ、そうなんだ。知らなかった」
と、元ちゃんが面白深そうに小さい口を開けて感嘆する。
「それと、よくそんな詳細を覚えているね。参加もしなかったのに」
感心したかあきれたかの良く分からない表情をしている元ちゃん。言われて見れば確かに、私の記憶力ってばすごいね。
「ていうか、元ちゃん、卒業前に誰かに告られてない?無名アンケートだったけど、一人だけは異常に九点をも付けてあげたんだぞ」
前からちょ~っとだけ気になっていたことを私は元ちゃんに聞くと
「ないよ」
と、あっさり答える彼。
「でも、今年のバレンタインに、学校の机の中に綺麗に飾ったチョコが置いてあった。差出人は名前を残してくれなかったけど、人生最初の本命チョコと思われるのを見つけて、ときめいていた」
実を言えば、私はその差出人が誰なんだか、心当たりはある。だから告られてないかのを聞いた。今年、同じクラスの前原加奈子さんは時々私に元ちゃんのことを聞いてたりしたんだ。でも、どうやら彼女は結局告白しないことにしたみたい。それを尊重して、ここで元ちゃんに差出と思われる人彼女のことを言い出さなかった。それより、
「なにそれ、聞いてないけど」
顔をすこししかめて文句を言う。まさか元ちゃんが私に隠し事をしていただなんて。
「アハハ、いやぁ、あれはちょっと恥ずかしくて……」
と、ぎこち悪く目を逸らして、人差し指で顔を掻く元ちゃん。いつも思ったことをそのまま口にするあの元ちゃんが、何かが恥ずかしくて言えなかっただなんて、初めて聞いたような気がする。そして、思わずある疑問を口にする、
「私のチョコにはときめかないの?」
私だって、今年どころか小学校から毎年元ちゃんにチョコをあげてるのに。
「もちろん、毎年ありがたく受け取ってるけど……
と愚痴る彼に私はすねて、
「ひどいっ。この薄情者めっ。アメリカに行ってすぐ彼女を出来て、私のことを押しのけて、長年の付き合いを火に捨てて燃やすのね」
と、勝手に彼の口に言葉を挟んだ私だが、別に本気で言っているわけじゃない。それでも彼に否定してもらいたくて、腕を組んで両目を閉じて、そっぽを向いて鼻をフンと鳴らしてみせる。
「まさか」
呆れた口調で苦笑してくる。片目だけ少し開けて彼の表情を捉えると、その子犬みたいな柔らかい両目で、心外だといわんばかりな顔をする元ちゃん。そして、すごく恥ずかしいことをちょっぴりでも恥ずかしがらずに、
「凛ちゃんとは一生仲良くしたい」
その言葉の音節が一つ一つ耳に入ると、心のどこかが弾んだような気がする。
「そ?ま、今更お前を返品して違う人を幼馴染みをにできないしな。仕方なく付いてあげるさ」
と、ツンツンして、小悪魔っぽく笑ってみせる。列はどんどん進んでいて、それに合わせて私も付いていくけど、元ちゃんはなぜか突っ立ったまま元の場所に残っている。
「何してんの?ほら、列が進んでるよ~」
と、私に促されてやっと我に返ったか、元ちゃんは振り向いて慌ててどたばたと追いかけてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます