第609話どんとこい
「お……姉ぇ……ちゃん」
「そうだよー。お姉ちゃんだよ」
笑う顔が、暖かい空気が、私を見詰める優しい目が……その全てが胸をキュッと締め上げる。
ベッドから飛び降り、もつれそうになる身体を必死に動かしながらお姉ちゃんに駆け寄る。
なんでこの体はもっと速く動いてくれないんだろう?
なんで私の足はこんなに遅いんだろう?
なんで私は……わたしはなんにも出来ないんだろう?
もどかしさを抱えながら必死に身体を動かし、ようやく辿り着く大好きなお姉ちゃん。
「お姉ちゃん。お姉ちゃん。うっ、ぐず……」
「あらら、怖い夢でも見たの? 大丈夫。お姉ちゃんはここに居るよ」
ああ、やっと会えた。
やっと見つけた。
溢れ出る思いを止めるすべも分からず泣きつづける私を、お姉ちゃんが優しく頭を撫でて慰めてくれる。
優しい手のひらが頭を撫でる度に悲しみや恐怖が溶けていく。
「はう。頭をグリグリとお腹に……何この可愛い生き物……」
「黒ちゃ? ひとつ聞いてもい?」
「はい!? なんでしょう!? じゃなくて、どうかしたの白ちゃん? お姉ちゃんが答えられる事ならなんでも聞いて」
「ん。何故わたしは朝からこんなにギャン泣きしてるのです?」
「それは流石にお姉ちゃんの方が聞きたいかな?」
「黒ちゃんでもわからない!?」
「うん。凄く驚いてる事に驚きだよ。怖い夢でも見たんじゃない?」
もっと大切な事だった気もしなくもない。うーん。なんだろ?
「えーと、ほらほら泣きやも? 朝ごはんも冷めちゃうよ」
その言葉を聞いた瞬間、わたしのギモンは頭からスポンと飛んでった。
「ん。はやく食べ行こ」
「うん。自分で言っといてなんだけど、それでスパッと離れられるとお姉ちゃん、朝ごはんに負けた気がしてなんとも言えない気分」
「んにゅ?」
「可愛い! なんでもないからすぐ行こうっか」
黒ちゃんがなんか落ち込んだ気がして訳が分からず首を傾げたら、なぜかすごーく元気になった。
たまに黒ちゃんが元気になる理由がわからないけどしかたない。黒ちゃんはときどきすっごくフシギさんなのだ。
「今日のあさごはんはなんです?」
「今日は白ちゃんの大好きなカツカレーだよ」
「あさから!?」
「あれ? ダメだった?」
「ううん。どんとこい」
「可愛いうえに男前とか私の妹は完璧過ぎる」
なんかまた黒ちゃんがおかしくなってるけどいつも通りだから問題ない。
おいしいカツカレーを二杯おかわりしてあさごはんを食べ終わったわたしは、お約束していたのでみおとるりと遊ぶため公園に行く。
「みお、るりー」
「おっ白、来たかってなんだ小姑も一緒か」
「ふふっ、誰が小姑かしら小娘」
「ははっ、暑くてボケたか? 体調不良なら帰ってもいいぞ。お大事に」
「本当に面白い冗談言うわね。この小娘は」
「もー、みーちゃん。お義姉さんに失礼ですよ」
「誰が誰の義姉ですって? 家の籍に入れる気なんてないわよ」
「大丈夫です。みーちゃん含めて私が貰います!」
「勝手に入れられた!? 私はこんなんいらんぞ」
「……この小娘共」
うむ。今日も今日とてよく分からない話で盛り上がってる。皆本当に仲が良いなぁ。
「ふざけんな!」
おむねの辺りが少しホッコリしながら見ていると、公園に似合わない怒った声が聞こえた。
そっちを見るとちょうど黒ちゃんと同じ位の年のお姉さんが、まるで龍が登るかのような見事なアッパーカットを、お兄さんに向けて繰り出していた。
そしてそのまま、宙に浮かんだ死に体の状態に打ち込まれる連打、そして最後は背中からぶつかる体当たり、
カッコよく立ち去って行く背中にK・Oの文字が浮かんで見えるのは、きっと気のせいじゃないはず。
あのお姉さん……出来る……。
と、ちょっとわかった風なことを思いながら、吹き飛ばされ夏の終わりのセミのように落ちてるお兄さんへと近寄る。
「く、くそう。俺の何が駄目なんだ」
「ぜんぶじゃない?」
「そういう身も蓋もないこと言うのやめてくれる!? ってなんだちみっ子か」
「ん。ちみっ子です。今日も元気に飛ばされてたねショウ」
「好きで飛ばされてねぇよ!?」
吹き飛ばさたお兄さん────
「まったく。あー、俺の彼女になってくれる子はどこにいんだよ」
「そんなにほしいの?」
「いやまー、そりゃほしいだろ?」
「ふーん。じゃあわたしがおっきくなってまだコイビトさんいなかったら、わたしがもらってあげる。お姉ちゃんみたいに美人さんでもおむねもあるかわかんないけどそれはガマンしてね?」
黒ちゃんのような美人さんなんてこの世にいないのだからそこはあきらめてほしい。
「ちみっ子……お前……」
「へぇ……随分と愉快な話をしているじゃない。翔」
「おい。そこのロリコン男、ちょっと個人的な聴取するから裏まで来い」
「ほら、こうなった!? 自分の発言には気を付け────ってどこいった!?」
「てふてふだぁ〜」
「俺への興味、虫以下!?」
「お義姉さん。みーちゃん。向こうにムーく────じゃなくて、おっきい物を埋めるのに丁度良さげな場所ありましたよ」
「今俺を埋めるって言わなかった!? 助────ぎゃーーー」
むむ、捕まえたけど光の加減でキレイな色に見えてただけだったみたい。むねんー。
黒ちゃん達は四人で遊んでいる。
皆やっぱり仲良しである。
そのあとは帰ってきた四人とかくれんぼをして遊んで、黒ちゃんの作ったサンドイッチも食べてとても幸せいっぱいだった。
「ふふっ、白ちゃん嬉しそうだね」
帰り道、わたしの顔を見た黒ちゃんが嬉しそうに言う。
「うん。今日も楽しかった」
しいていえば、わたしが走れないから鬼ごっことかが出来ないのが申しわけない。
「でも、黒ちゃんも嬉しそう」
「そうね。あの小娘共は気に食わないけど、白ちゃんが幸せなら許容範囲だし、なにのり白ちゃんが嬉しいと私も幸せだからね」
「ほわー。ならわたしも黒ちゃんが嬉しいと幸せだから、わたしと黒ちゃんが二人で居ればずっと幸せさんだね」
「うぐ!? うちの妹、天使過ぎる。今日の夕飯はご馳走にしよっか?」
「ごちそう!?」
「そうそう。えーと、唐揚げにハンバーグなんていかがでしょうお嬢様?」
「ほわー。今日はパーリーです?」
「パーリーだよー」
「やっふー!」
「ふふっ、さあ行こ。白ちゃん」
「うん!」
買い物して、二人でお夕飯を作って食べて、お風呂に入る。
とっても幸せで楽しくて、嬉しくて、今日という時間はあっという間に時間が経ってしまう。
「はぁ〜。お風呂でぺっかぺかに洗われたぁ〜」
それはもう隅の隅までぺっかぺか。
「ハァ。今日も至福の時間だった……」
いつも思うけど、なんで黒ちゃんはお風呂に入るととてもツヤツヤなのだろうか? お風呂の効果すごい。
「さて、それじゃあ今日はそろそろ寝ようか白ちゃん」
「んー。もうちょっと黒ちゃんとお話したい」
「天使。じゃなくて私もまだまだ……まだまだまだまだ白ちゃんとお話したいけど我慢しようね。何度も言うけど夜更かしはお肌の大敵。ちっちゃくて可愛いうちでも油断しないようにしないと」
「……そっか」
「うん。じゃあ、そろそろお休みなさいしようね」
「ううん。私も……そろそろ起きるよ」
私がそう言葉を発した瞬間、世界がビキリと音を立てながらヒビ割れた。
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