第584話お前達の勝ちだ
「だりゃ!」
「フッ!」
自分達を取り囲んでいた赤い異形を全て倒したハクアとミコトは、荒い息を吐きながらアジ・ダハーカを睨み付ける。
ハクアはこの僅かな攻防の時間でコンボを達成し、三十分の強化を得た。しかしこの強化時間は
龍人鬼の状態のハクアは倶利伽羅天童同様、未だそのエネルギー効率はすこぶる悪い。
最大時間は三十分だが、多く見積ってもその半分持てば良い方だとハクアは考えていた。
それ故にアジ・ダハーカを相手にハクアに残された時間は十五分、その時間内にこの勝負を決めなければならないのだ。
「ミコト」
「何?」
「これ、
「えっ? うん」
月の雫が入った瓶を受け取ったミコトは、ハクアに促されるまま素直に月の雫を使い体力を回復させ、ハクアも同じように月の雫を使い体力を回復する。
「準備は終わったか?」
ニヤリと笑ったアジ・ダハーカが、二人の回復を待って声を掛ける。
「ああ、最後までタップリ楽しませてやるよ」
「クッ、ハハハハハハハハハハッ! いいぞ! 実にいい! さあ来い! その命を燃やし尽くしてみろ!」
最初に動いたのはハクアだ。
今までと違い正面から真っ直ぐ突っ込み、黒紅阿修羅を先行させる。
「ハッ!」
襲い掛かる三对六腕の腕を薙ぎ払うアジ・ダハーカの視界の隅から、無数の腕を隠れ蓑に鬼と龍が迫る。
「「ガァ!」」
空中を自由自在に動き回る腕と連携しながら襲い掛かる二匹の猛獣。
見事だ。
時に攻撃、時に防御、時に乗り物、時に足場、時に囮となり鬼と龍をサポートする六腕を自在操り、アジ・ダハーカに隙を作り出そうとするハクア。そしてそれに見事に呼応するミコト。
一切打ち合わせのない即興の動きは、ここに至って更に洗練されその連携が緻密になっていく。
特にハクアは一度でも攻撃を喰らえば再起不能になるプレッシャーの中、六腕を自由自在に操り多岐に渡る役割りをこなしている。
三つの頭と精神を持つアジ・ダハーカだからこそ、この高速域の戦いでそれを平然と行うハクアの異常さを感じ取っていた。
こいつ……まさか……。
先程から感じる違和感。
それはハクアの元から異常な精度の読みが、ここに来て更にその精度を上げてきている。そしてそれは何処か既視感を感じるもの。
そう───それは自分達、正確に言えばファストの権能に近い、行動全てを見透かされるような感覚。
そしてハクアはそれを見透かしたように笑みを浮かべた。
それを見たアジ・ダハーカは悟る。
ハクアはファストの権能を体感し、観察する事でその一端を掴んだのだと。ファスト程のものではないがそれでも、元より異常な読みの精度を更に引き上げる何かを。
ゾクリと背筋が冷えるような感覚。
それはアジ・ダハーカが今まで体験した事のない未知の感覚だった。
しかし、それすらもアジ・ダハーカは愉しむ事にした。
ここまで戦いで高揚させ、自分に未知を突き付ける鬼と龍の二人に敬意を払う、アジ・ダハーカなりの最大の賛辞。
「
一瞬の隙を突いたミコトが、光の粒子を散らしながら懐に飛び込み強烈な乱打を浴びせる。
そしてハクアも又、その隙を逃すほど甘くはない。
「エレメントブロウ!」
六腕それぞれが火、水、土、風、光、闇の六属性を纏いアジ・ダハーカに襲い掛かる。
「しゃらくせぇ!」
しかしアジ・ダハーカも死角から襲い掛かる六腕を叩き伏せ、ミコトをも吹き飛ばす。
しかしそこにハクアは居ない。
何処に?
ミコトを視界に捉えながらハクアの姿を探す。
するとパンッという小気味いい音が響いた。
それは柏手。邪龍が知る由もない鬼の連ねる舞の初動。
金剛、修羅、羅刹、鬼哭と連ね舞う【鬼神楽・舞】
より洗練された舞は僅か三秒という短さで全てを舞いきる。
瞬間、増大した力の奔流にアジ・ダハーカは本能的に防御体勢を取ろうとする。
だが───
「
一瞬で赤黒い雷光を纏ったハクアが、アジ・ダハーカの防御に滑り込み懐に潜り込むと同時。
「
鬼海を纏った拳がアジ・ダハーカの胸に吸い込まれるように突き刺さり、赤黒い雷光が体を貫く。
放つ次の舞は
龍人鬼に変身した事で一部変化した舞の一つ。強大になった龍の力がハクアの両拳から放たれる。
一つ舞う毎にハクアの体をも傷付けながら威力を増す舞が、アジ・ダハーカの体に叩き込まれ続ける。
「
「グアアァァ!」
アジ・ダハーカの体内で蓄積した鬼と龍の力が、ハクアの一撃と共に刃となり体を内側から切り刻む。
だが───
「ようやく捕まえたぜ」
「なっ!?」
その全てに耐え切ったアジ・ダハーカが、ハクアの腕を掴むと同時に小枝のように折り、ハクアを捕まえたまま強烈な一撃をハクアの腹部へ叩き込んだ。
「がっ!?」
ギリギリ【結界】で防いだものの、それも虚しく数秒とて耐え切れず【結界】は破壊され、吹き飛ばされたハクアはピクリとも動かない。
「こっのぉ!」
ハクアに駆け寄るような無様はしない。
一瞥さえもくれぬままアジ・ダハーカに立ち向かうミコトも、既に満身創痍の状態でフォトンベールの出力を限界以上に引き出し、一人アジ・ダハーカを相手取る。
ミコトが一人で戦えているのは、ハクアの攻撃でアジ・ダハーカの体の修復が追い付いていないのが大きい。
しかしそれでも、ハクアの居ない状態でこの怪物を一人で相手にするのは厳しい。
「終わりだ!」
「あぐっ!?」
徐々に追い込まれたミコトの見せた隙。
そこに叩き込まれたハクアへの攻撃以上のダメージに、吹き飛ばされたミコトも遂に立ち上がる事さえ出来ない。
これで終わった。
そのはずだ。
しかし何かがおかしい。
瞬間、ゾクリと悪寒に襲われそこで気が付いた、居るべき人間が一人消えている事に。
「ガァ!」
魔力を纏わせた一撃で空間を薙ぎ払う。
するとさっきまでの景色が陽炎のように揺らぎ、その中から淡い純白の輝きを放つ長く艶やかな髪を地面に垂れる程伸ばし、紅と黒を基調とした
その足元には、先程最後だと言っていた月の雫を入れていた瓶が転がっている。
これが真の狙い。
「しゃらくせぇ!」
ハクアの放つ力の波動、その高まりにそう判断したアジ・ダハーカが吼える。
そして───
「
「ガアアアアァア!」
ハクアの声とアジ・ダハーカの咆哮が重なり、互いのブレスが光の奔流となってぶつかり合う。
「くっ、ああああああ!」
アジ・ダハーカの三つの口から放たれるブレスがハクアを押し込んで行く。
「
溜まった力を一気に解放したハクアの攻撃が、アジ・ダハーカのブレスを徐々に飲み込んでいく。
「グッオオオオ!」
「行っけええぇぇええ!!」
ハクアの咆哮と共にアジ・ダハーカのブレスを完全に飲み込み、本人も光の奔流に飲み込まれた。
だが───
「温いな天魔」
「ッ!?」
有り得るはずのない声がハクアの正面、すぐ近くから放たれ、光の奔流の中を突っ切ったアジ・ダハーカがハクアの首を掴み上げた。
「あっがっ……」
「なかなかの攻撃だったが、まだ足らなかったな」
プスプスと音を立てながら身体中から煙を上げる。
どこからどう見ても満身創痍と言える姿は、自己修復能力が追い付かないほどに追い詰められている。
だがそうだとしても今立っている者が勝者。
全ての力を使い果たしたのか、抵抗する事もなくハクアは動かない。
だがその目は死んでいない。
「……ああ、読んでるぜ」
その一言に反応したハクアが腕を掴み攻撃するが、その前にアジ・ダハーカは素早くハクアを投げ捨て後ろを振り返る。
そこには……ハクアと同じように月の雫で回復したミコトが、アジ・ダハーカとの距離を詰め走っていた。
バレた。
そう思ったが、ミコトはそれでも走り続ける。
その両手にはハクアの力である鬼海が宿る。
特殊な効果のある力だが、扱う者のステータスが高ければより効果が現れるのは当然だ。
そして今この瞬間、ボロボロになったアジ・ダハーカ相手なら止めを刺すことが出来る唯一無二の好機。
だがそれも、アジ・ダハーカにバレなければの話しだ。
ミコトが到達するまでほんの二秒程の僅かな時間、しかしそれだけあれば体勢を整える事は容易な時間。
どうにもならないどうしようもない程の時間なのだ。
───しかしアジ・ダハーカはここで一つの失敗をした。
そう、アジ・ダハーカは
ミコトに対処する為に不確定要素であるハクアを排除するのは確かに正しい。
だが、そうするのならばハクアに確実に止めを刺すべきだった。
鬼が嗤う。
この瞬間、全てが叶った事を。
それはハクア以外誰も知らない。
この戦いを見守る女神や龍王達、敵であるアジ・ダハーカ、そして味方であるミコトでさえも知らない。
龍人鬼となったハクアには鬼海の能力に一つの効果が付与される。
それは龍としてのハクアの力。
チャージ───つまりは蓄積だ。
全員が鬼海を使い攻撃していたハクアの【破壊】【脆弱】【貫通】がアジ・ダハーカに効いていないと思っていた。
もしくは効いたとしてもすぐに回復されていると、だが真実は違う。
ハクアはこの瞬間、ただ数秒を得る為にその力をずっと蓄積していたのだ。
そして今ハクアはその力を解放した。
「ブレイク」
「グッガァア!?」
解放された力が一気に押し寄せアジ・ダハーカの身体がヒビ割れる。
こんなものは数秒しか効果はないだろうが、その数秒がハクアの狙いだ。
アジ・ダハーカも正しくそれは理解しているが、同時にまだ対処は可能な範囲だと自分の中の勘が囁いていた。
同時にそれがハクアの仕業だとわかったアジ・ダハーカの頭の一つがその姿を探し、目が合った。
ハクアも気が付いたのだろう。
その唇を更に歪ませて言葉を囁く。
「暴食の
瞬間、アジ・ダハーカの四肢に痛みが走る。
四肢にはいつの間にか黒く禍々しい顎が現れ噛み砕いている。
こんなものは平時なら傷も付かない攻撃だ。しかし今のこの状況下では動きを奪うには十分過ぎる効果がある。
そしてこれはもう致命的だ。
アジ・ダハーカの頭の中にあるのは素直な賞賛。
自分をここまで追い詰め、そして今まさに打ち倒そうとしている鬼と龍への紛うことなき賞賛だ。
「ああ……お前達の勝ちだ」
「ハァァァァ!!
ミコトの拳から放たれた真紅の龍の一撃はアジ・ダハーカを貫き、上下に分断した。
「はぁ、はぁ、はぁ、やったぁぁ……。ハクア大丈夫!?」
「……大丈夫そうに見えますの?」
「えっと……ごめん。見えない」
「正解……はぁ、やってらんねぇわ」
「あはは、ごめんね。でも、アジ・ダハーカも倒したしこれで終わりだよね?」
「そうじゃなきゃ困───!? 羅刹風」
「……えっ!?」
一瞬、何が起こったのか分からずに惚けるミコト。
しかしハクアが自分に向かって風魔法を使い吹き飛ばしたのだと悟った時には遅かった。
遠ざかることで見えた。
倒したはずのアジ・ダハーカの体から煙が吹き出し、その中から何かが立ち上がる姿。
手を伸ばす。
やめて───
届かないと、無理だと知りながら懸命に。
駄目───
それでもその手が届く事は決してない。
嫌だ───
嫌だ!
ハクアと目が合い、唇が呟いた。
───ごめん。
その瞬間、ハクアの胸を貫いた一撃が心臓を握り潰した。
「ハクアーーー! いやぁああーーーー!!!」
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