第582話凄い光景だね
「それでどうする?」
今やアジ・ダハーカの眼前を埋め尽くすように生まれた、異形の赤い異形達を前にミコトは視線を外すことなくハクアに聞く。
「まっ、どうするも何もないよね」
それだけ言ったハクアはニヤリと笑い高らかに声を上げる。
「来い! ケルベロス、スコル、ハティ、ブラン、ノクス、ヌル!」
ハクアの呼び掛けに応え使役する召喚獣達が現れる。
ここのところ出番のなかった空天弧のブランも、今ではすっかり成長して立派な戦力になり、直接的な戦闘力は低いものの、サポートとしてならこの局面を任せられる程になっていた。
「ノクス! 暴食の軍勢、影纏い。ヌル! 眷属使役、分裂、眷属強化」
ハクアが亜龍に変化した事で、暴食獣の制御権を完全に獲たノクスは、自分の力を混ぜ込む事で暴食獣をドラゴン化。
暴食の
この暴食の影竜は、ハクアが苦戦した暴食獣の弱点である、圧倒的なステータスの低さを克服している。
ハクアが日々コツコツとMPを注ぎ、溜め込んだ影を存分に使う事で作られ、ノクスの指揮の元完全に独立した個体として動く軍勢だ。
そして一度影竜になった暴食獣は、例え倒されたとしても、前よりも少ないMPで何度でも復活出来る不死身の兵士になった。
更にハクアの強化で獲た影纏いは、暴食獣である影竜に更に影を与える事で、一時的に強化する事が出来るスキルだ。
これによりノクス指揮の元、ハクアは強化されたドラゴンの軍勢を手に入れたと言っても過言ではない。
正直、その辺の都市程度なら楽に制圧出来るレベルだ。
そしてヌル。
ハクア自身の強化により、眷属であるヌルもパワーアップを果たし、元々内包していた様々な種類のスライムが軒並み強化されていた。
更にはハクアの知識欲、研究欲を多いに駆り立てるヌルの性質は、主人であるハクアに様々なモンスター、薬剤などを与えられた結果、内包するスライム種類は歴史上類を見ない程に多岐に渡って増えていた。
こうしてハクアに魔改造のように強化されたヌルは、スライムという種でありながら、人間以上の知恵、エルフ並の魔力、鬼人並の力を備える立派な怪物へと成長を遂げた。
もしもヌルがハクアの制御を離れれば、一つの種が滅ぼされる。そんな未来も有り得たかも知れないほどこのスライムは凶悪なのだ。
「スコル、ハティ! この場の全員に全開でバフ。ブラン! 全員に聖属性の付与」
ハクアの言葉に鳴き声で応えた三匹がそれぞれにバフを発動し、物理、魔力、そして弱点になる属性を付与していく。
「ケルベロス! 冥界の檻」
ケルベロスが吠えると召喚獣達と赤い異形達を囲むように、黒いドームが形成される。
この冥界の檻はケルベロスが選ぶ相手に、攻撃力と防御力の低下を与え、不死なる者を復活不能にする効果がある。
赤い異形が不死なのかどうかは判別出来ないが、デバフだけでもかなりの効果が期待出来るだろう。
そうしてハクアの指示の元、呼び出された召喚獣達は場を覆い尽くすほどその数を増やし、それぞれが種のトップであるノクスとヌルに強化され、更にスコル、ハティ、ブランの強化も加わった。
更にはトドメとばかりにケルベロスのデバフの檻まで加わり、ここに完全な包囲網が完成した。
「量には量でご挨拶だ」
「うわ……」
「なんで味方がちょっと引いてるの?」
「ギャハハハハハ! 最高だぜ天魔の。俺様の能力にそんな対抗策持ってきたのはお前が初めてだ! それで? 竜モドキやスライム程度で、俺様の手下をやれると思ってんのか?」
「ハッ、そっちこそ、私のとっておき共に勝てるつもりか? うち一匹はマジで強くなり過ぎて、周りから止められても強化しまくってんだぞコラ!」
視線の先のヌルの本体は、何故だが急にプルプルと震え、ポヨポヨと跳ねながら愛嬌を振り撒き始めた。
こやつ出来る。
「確かに、そのスライムは中々……いや、おかしいくらいに強くないか? それ、お前より強いだろ?」
「ふっ、そうなんよ。最近真面目にステータスまで抜かれるし、色んな種類のスライム増えて、手数も尋常じゃないわ、数も増えて一体一体強くなってるしなんだよね」
話題のスライム様はそれでも愛嬌を振り撒き、僕悪いスライムじゃないよ。と、そんな雰囲気を与えている。
真面目な話、ヌルは見た目だけなら、子供でも楽に倒せるスライムの色違いなので、相手の力量が分かるある程度力のある者でなければ、実力が一切バレることなく相手を倒せる、正にスライムの皮を被った怪物。
そしてそれほどまでに成長しても育成をやめなかった……いや、やめる気がない馬鹿が一人。
それがハクアなのだ!
そうして生まれた異形を超える、見た目普通なスライムの化け物は今、アジ・ダハーカという怪物をして少し引くくらいに強くなっている。
「ふっ、そんな理由でこっちの戦力も結構あるのだ」
「そのようだな」
「あー、そういえば質問していいか?」
「なんだ?」
お前の質問に答えたんだから、こっちの質問にも答えろと言わんばかりに話すハクア。
そしてセカンドもそれに普通に応じる。
「その赤いのがお前の能力───苦痛の権能って事でいいのか?」
「……ククク。ああ、そうだ。これが俺様の苦痛の権能だ」
「ハクア……それって、人格毎に違う権能があるって事?」
「多分ね。私の勘違いは最初のファストが使っていた権能が、苦悩、苦痛、死それぞれ全てに対応してると思ったこと」
「まあ、それも間違いではないがな」
ハクアの言葉にセカンドがつまらなそうに答える。
「ファストの野郎の可能性の選択は確かに苦悩の権能だ。そしてお前が予想した苦痛と死の能力もそれに由来する」
「……つまり、苦悩の権能に引っ張られて生まれた、副次的な能力って事か?」
「そうだ。苦悩を司ってる影響で、ファストの奴はあれこれ馬鹿みてぇに考え過ぎるきらいがあるからな。それで他の権能の影響も受けてあんな面倒なモノに仕上がった理由だ」
「なるほどね。私が言った事は、当たりでもあるしハズレでもあった。しかも自分がやられるとは思ってなかったから訂正もしなかった。ってところか」
「そうなるな。因みに俺様の権能はこれ一つだ」
その代わり権能の力がこれだけに込められてるがな。そう笑いながらハクア達に殺気を向ける。
「へぇー。じゃあこれが攻略出来ればだいぶ楽になるのかね? アンタは苦悩の権能がないって事だし」
「さあ、それはどうかな?」
二人の間で一気に緊張感が増す。
そして───
「蹂躙しろ」
「邪竜の眷属の食い放題だ。喰い散らせ!」
セカンドとハクアの声が重なり、それぞれの軍勢が一気に動き出す。
それは正にこの世の地獄のような光景。
赤い異形が影の竜を切り裂くと、つぎの瞬間には強大なスライムに押し潰され、スライムの中で泡を立てながら消化されもがき苦しむ。
そしてそんなスライムに爬虫類の異形が無数に集り、少しづつ貪りくらい、それをノクスが腹の口を大きく開け、喰らい返しては次々に影竜を召喚する。
スコル、ハティは縦横無尽に動き回り、異形の赤を爪で切り裂き、噛みちぎり戦場を駆け回る。
しかし赤い異形も、肉片が飛び散る度にその肉片がモゾモゾと動き出し、寄り集まっては赤い異形として再誕する。
だが生まれたばかりのそれらをケルベロスが蹴散らし、上に乗ったブランが浄化して回り、一進一退の攻防が続く。
「凄い光景だね」
「正直、あっちの方が派手で最終決戦っぽい光景だよね」
「ギャハハハハハ! 確かにな。なら、こっちもそろそろ始めるか」
「ああ、そうだね。ここで決着付けてやるよ」
「ハッ、それが出来るかな」
「やるしかないんだから後はやるだけ」
「ククク。そっちの覇龍も腹は決まったようだな」
胸の前で拳を打ち合わせたセカンドが構えを取り、第2ラウンドが始まった。
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