第535話倶利伽羅天童
「嘘っ! まだ動くの!?」
「くっ、こうなればトコトンまでやってやる!」
ボロボロの身体で未だ動こうとするマナビーストを前に、気迫を奮い立たせ立ち上がろうとする面々。
その中にはハクア達の戦いを見ていた、怪我で動けなかった者達も含まれている。
「グッ、クオオオオオォォン!」
「う……あっ……」
しかしボロボロの身体で立ち上がったマナビーストは、十全であった先程までの戦いの時よりも、ボロボロなその身体で今までよりも更に力強く覇気を放つ。
その様は正に手負いの獣そのもの。それがドラゴンですら不要な戦いは避ける力の持ち主なのだから手に負えない。
それはとてもではないが、死にかけのものが放つ覇気ではなく、今まで死力を尽くして戦っていたアトゥイ達ですら気圧されるほど。
だがそれでもここに居るのは若いとはいえ強者たるドラゴン達、あと数度……あと少し攻撃を避ければ良いだけだと自らに言い聞かせ、気圧され感じた事のない恐怖で震える身体を、無理矢理奮い立たせ立ち上がろうとする。
「待て……」
「あるじ?」
立ち上がり戦おうとする全員の耳に、ハクアの静かな声が響く。
全員がボロボロの身体に覇気を漲らせ立ち上がる姿に目を奪われる中、ハクアだけは一人違うものを見ていた。
それはマナビーストの眼。
今までの意志のない眼ではない。ハクアはその中に今までに感じなかった知性と意志を感じ取ったのだ。
瞬間、ハクアとマナビーストの視線が交錯する。
そうか……そうだよな……。
視線が交錯しその場でただ一人、ハクアだけがマナビーストの想いを理解する。
だから───
「くっ、おおおおぉぉ!」
「ハクア! 無茶をするな!」
それはアトゥイからすれば信じられない光景。
ここまでの戦いに、アイトゥムから受けた傷は未だ深く、更には限界以上のマナを取り込み、マナビーストに無理矢理送り続けた影響で、身体は見た目以上にボロボロ。
体力、精神、なによりも身体は気合いでどうにかなる程度の状態ではない。
ハクアと同じようにマナを送り込んでいたアトゥイも、身体の痛みと無理をしたつけで身体が言う事をきかない。
自分以上の傷を負っているはずのハクア。
ステータスは言うに及ばず、種族としても肉体の強度は段違いだ。だからこそハクアの立ち上がるその光景は、アトゥイからすれば奇跡を目にしているようなものだった。
それなのにハクアは立ち上がる。
荒い息を吐きながら、目の前の敵に視線を向け続ける。
「はぁ、はぁ……悪い。待たせた」
「もうやめろハクア。マナビーストの相手をする必要はない! あと少し……あと少し攻撃を避けるだけで奴は倒れる」
アトゥイの言葉は正しい。
いくらマナビーストの覇気が強かろうが、事実その身体は既に限界を迎えている。アトゥイの言う通り、あと数度……いや、一度攻撃を避ければ次の攻撃を行う力はないだろう。
ハクアとてそれは理解している。
だが、それでもハクアは下がらない。
「違うよ。確かにアトゥイの言う通り、あとは攻撃を避ければ私達の勝ちだ。だけど、なんの因果か私達は……私は偉大な王に歯向かった簒奪者なんだ。だからこそ私はあの王の矜恃を受け止める義務があるんだよ」
くだらない感傷だ。
黙っていても手に入る勝利、それを棒に振りわざわざ敵に付き合って命を賭けるなど愚の骨頂。
しかしここにそれを止める者は居ない。
止めるれる訳がない。
相手の誇りの為に自らの命を賭けるなどという馬鹿げた行為だとしても、その崇高な意志を……行いを誰が止められるのか。
アトゥイは……いや、ここに居る
ハクアの背中を見る者達、そしてこの戦いを見守っていた者達は自らを恥じる。
そのいつか憧れた龍族そのものを体現する背中、それを当然のように行う行為、ハクアという人間に。
強さだけではない。
自身の誇り、相手の誇りを賭けて戦う、その気高い後ろ姿に真の龍族の姿を全員が見たのだ。
───何が気高い龍族か。
───何が龍の血を引いていないだ。
そんな些細な事に拘りハクアを認めていなかった。そんな自分達を恥じたのだ。
それは本人は知らず、ハクアがこの里の者に龍族の一員として受け入れられた瞬間だった。
ハクアの言葉を受けたマナビーストは目を見開いた後、何処か楽しげな空気を醸し出し、直後に重圧すら感じる圧力を放つ。
そして今にも砕けそうな四肢を大地に突き刺し、唯一傷一つない双角を突き出し、双角の間に身体の養分を吸い上るように力を集中する。
アトゥイ達ですら息を忘れる程の重圧の中、その重圧を一身に受けるハクアは嗤う。
偉大な王に挑んだ簒奪者として全てを出し尽くす。
「ガアァァア!!」
重圧の中、それを跳ね除けるようにハクアが吼える。
自身の全てを曝け出すように、全ての力を命の一滴まで絞り出すように。
ハクアを中心とした嵐が吹き溢れ、紅い雷鳴が鳴り響く。
「あるじ……綺麗……」
嵐と雷鳴が収まるとそこには一人の鬼姫。
長く艶やかだった髪は地面に垂れる程伸び、淡い純白の輝きを放っている。平安時代の正装である、平安装束のひとつ紅と黒を基調とした
全身から放たれる気配は龍族である、アトゥイ達ですらその神秘的な雰囲気に息を飲むほどだ。
「モード……
静かな、それでいて凛とした鈴の音のような声で謳い上げる。
倶利伽羅天童は龍の里での修行で、竜と鬼の力の使い方を学んだハクアが会得した、竜と鬼の力を全て攻撃だけに費やした一つの到達点。
「……これが今の私がだせる全力。龍よあれ」
ハクアが歌うように言葉を口にし片手を上げる。
するとハクアの背後からその声に従うように、漆黒の身体に鬼のような白い角、紅玉の瞳の東洋龍が現れる。
「……あれは、
「アレがか!?」
「初めて見た……」
「私も見たのは初めてだが……恐らく」
心龍召喚。
龍族の秘技の一つ。
特徴は自身の内にある龍の力を解放し、体外で力に龍の形を与え行使する。
しかし実際、アトゥイ達が初めて見たと言う通り、この技を使う者も実際に見た事がある者も少ない。
その理由の一つが、習得難易度の高さに対して行使する意味が薄いからだ。
最大の特徴である体外での力の行使は、龍の力を完全に扱い操作しなけれわねばならない、それには莫大な集中力と繊細なコントロール、力の消耗が必要不可欠となる。
だがそれは難易度が高い割りに、行使出来る力は人化を解いて元の姿に戻れば容易に出来る事と変わらない。
また人化状態であったとしても、そこまでのコントロールが出来るなら、近い力は十分に人化状態でも出せるのだ。
では何故そんな技が生まれたかと言えば理由は二つ、人化状態ではブレス攻撃の威力は著しく減少する。そのため、生み出した龍にブレスを撃たせればその問題がクリア出来る。
そして心龍はそのまま操り物理攻撃も出来る事から、力の消費こそ激しいが、自分の身を危機に晒さず攻撃する危険回避としての役割もある。
だが前述の通り、そんな面倒な事をするなら多少ダメージを受けた所で人化を解き、本来の姿で戦った方が遥かにマシ。そんな考えからいつしか使われない技術となった。
だが力を体外で行使するこの技術は、自身の力を扱えても、その力に身体が耐え切れないハクアとはすこぶる相性が良い。ある意味ハクアがこの技を覚えたのは必然とも言えた。
鬼の姫により召喚された東洋龍とマナビーストが向かい合い、決着の時は刻一刻と迫っていた。
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