第533話このままじゃ負ける

「……つっ、こんな事して───」


「ここでの事は誰も知らない、お前らもどうせあいつに殺される。俺はお前と違って死ぬべき存在じゃないんだ。俺の為に犠牲になれる事を誇りに思うんだ、なっ!」


「クッ、ソが───」


「今だ、やれ!」


 ハクアに笑みを向けたアイトゥムが、そのまま後ろを振り返り叫ぶ。

 すると何もなかった空間から、樹木によって閉ざされた唯一の出口に向かって一筋の光が放たれた。

 その光により隠蔽の効果は消え去り、何もなかった空間からはドラゴン達が現れる。そして放たれた光は一点に集中すると、一人分が通れる穴を樹木にこじ開けた。


 それと同時に隠れていたドラゴン達の中から動き出す三つの影とアイトゥム達。


「逃が、すかよ!」


「じゃあな」


 ハクアがアイトゥムを逃がすまいと手を伸ばそうとするが、アイトゥムは力任せにハクアの体を振り回し、マナビーストに向かって投げ飛ばす。

 直前に漏れ出た殺気のおかげで、致命傷こそ避けられたもののハクアのダメージは看過できる程度ではない。


 クソ、動かねぇ。


 抵抗する力すらないハクアはなすがままにされ宙を舞い、身動きの取れないハクアにマナビーストの顎が迫る。


「ハクア!」


 だが、その顎がハクアを噛み砕こうと閉じる瞬間、ギリギリのタイミングでアトゥイが助け出す。


「ウインドウォール!」


「岩砕撃!」


 それでも尚ハクアに迫ろうとするマナビースト、しかしその行く手をフィードとアウムの二人が阻む。


 そして───


「鬼刃一殺・憑閻魔ひょうえんま


 足を止めたタイミングでユエが飛び込み、熱を持つほど凝縮された、炎のようなオーラを纏う強力な一撃を見舞う。


「あるじはワチが守る」


 ハクアよりもステータスが低いユエだが、貫通のスキルによりダメージはむしろハクアより高い。


 隠蔽の効果が切れた今、守りに戦力を割くよりも攻めに転じた方が結果としてはプラス。

 知ってか知らずかユエの選択は正しい。


 とはいえ、全員でとなれば話は別だ。


 アトゥイに抱えられたまま、チラリと見ればユエと共に救護に当たっていた二人は、今だ怪我人の治療をしつつ警護している。


 その事に安心したハクアは、アトゥイに抱えられたまま怪我の治療をしつつ現状を整理する。


 奴らは防がれた樹木の壁を、一人が出入り出来る程度の大きさに力を集中する事で壊して逃げた。


 しかもご丁寧に穴は再び塞がれている。


 最初から、戦況が怪しくなったら脱出する手筈だったのだろうと予測を立てる。そうでなければあの一言だけで、あそこまで鮮やかな撤退は出来ないだろうと考えたのだ。


「───っ、解」


「……これは」


「あるじ?」


 ある程度まで傷を回復させたハクアは、手印を結ぶと一言唱える。するとその場のハクアを除く全員のステータスが強化された。


「さっき奪った力、お前らに渡す……」


 荒い息を吐きながらそれだけをなんとか口にする。

 危機的状況を脱したとはいえ、まだまだ回復したとは言い難いほど傷は深いのだ。


 そしてハクアが言った奪った力と言うのは先程の、封龍地縛糸で奪ったものだ。

 封龍地縛糸は相手を弱体化させその力を吸収する事で、縫い付ける糸と地面を強化出来る。

 しかしもう一つの使い方として、奪った力で自身の強化、仲間の強化へ力を回す事も出来るのだ。


「馬鹿か! そんな力があるなら───」


「馬鹿は……お前だ。くっ、どうせ私はもうさっきまでと同じようには……動けない。それならお前らに渡す方が生存率は高い」


「それはそうだが」


 それに……このままじゃ負ける───と口にして、ハクアは説明を続ける。


 ハクアが一人で戦っていた時、マナビーストを倒しきれなかった理由は確かに火力不足によるものだ。だが、それと同時にもう一つ最大の理由があった。


 それが再生能力だ。


 防御力がいくら高くとも少なからずダメージは蓄積する。しかし相手の再生能力がダメージ量を上回れば、それは無意味なものと化す。


 ハクア一人では当然その再生能力にダメージが追いつかなかった。

 それをドラゴン六人の火力とハクアのサポートで上回っていたのだが、ハクアは行動不能、ドラゴンが三人に減り、ユエが入ったところで恐らくは再生能力を少し上回る程度。


 それを傷付いた仲間のドラゴンを守り、荷物になるハクアを抱えながらではどう考えても無理だろう。というのがハクアの考えだった。


「だがもう一度隠れて、私がお前を抱えれば」


「無理だ。隠蔽は見つかってからじゃ効果を発揮しないし、この状態になってから、また私が最優先目標になった。そんな私を抱えながらじゃお前が動けないだろ」


 仮にハクアを隠す事に成功したとしても、そうすれば最優先目標を失ったマナビーストは、傷付いドラゴン達を狙う。

 ハクア一人を抱えても戦えないのに、多数の動けない仲間を守りながらなど無謀と言う他ない。


「くっ、ではどうすれば───」


「……方法はある。思いっきり博打だけどな」


「なっ、どんなだ!?」


「マナビーストがマナの暴走で暴れているのなら、その暴走を加速させてやればいい」


 ハクアの作戦はこうだ。


 その方法は至ってシンプル、この空間に漂うマナをかき集め、それをマナビーストに無理矢理送り込むというだけだ。


「無理だ。それではただいたずらにマナビーストを強化するだけだ!」


 ハクアのその作戦に地竜のアルムが異を唱える。


「いや、あいつは力を使えばそれだけ消耗してる。もっと正確に言えば、溢れ出る力に体の方が限界を迎え始めてるんだ」


 アルムの言うとりマナビーストにマナを注入した所で、それは本来であればマナの塊であるマナビーストの力を強化するだけだ。


 しかし、力が暴走している今なら話が違ってくる。


 無尽蔵に溢れ出るマナの力は、マナビーストの最大の武器であると同時に、自らを傷付ける刃にもなる。


「証拠もあるしな」


「「「証拠?」」」


 ハクアの視線を全員が追うと、そこには不自然に枯れた樹皮がある。ほかは瑞々しいが何故かそこだけが水分が抜け、ボロボロに崩れている。


 よくよく観察すればそれは程度の差はあれどマナビーストの体の至る所にある。


 そしてそれはマナを大きく消費する攻撃の度に、その部分の栄養を吸い上げるように放たれ、消費したマナ自体は回復しているが、樹皮は回復していないようだった。


「あれは……」


「マナは使う度に消費してるけどその度に無尽蔵に回復されてるが、同時に力を使う度に体が崩壊に向かってる。その状態で誰かから更にマナを供給させ、マナを暴走させればそれは一気に加速するはずだ」


「だとしてもリスクが高すぎる。もしも失敗すればこの場の全員が死ぬぞ」


「だから?」


「「「……はっ?」」」


「いや、だからどうしたんだよ? このまま戦っても勝ち目はない。唯一目があるとすれば今の策だけ、それなのに失敗した時に全員死ぬ? そんなもんこのまま戦って負けたって変わんねぇよ」


「で、でも、あのマナビーストを強化する事になるんだよ!? それでも───」


「だとしても変わんない。むしろ逃げたあいつらは私らが死んだところで、多少でも削れればいいと思ってるくらいだ。仮に失敗しても強化した敵をあいつらに当てられる、それに外には龍王が全員控えんてんだ、あれを強化した程度なら問題にもならないよ」


 成功のリターンに、失敗した場合のリスクケア、裏切って逃げた相手への制裁。その三つを同時に満たせると言うハクアの思考に戦慄する。


 しかし反対した二人もハクアの言う通り、このまま戦えばその勝敗がどうなるかなど理解していた、そしてハクアが提示した策以外の妙案もなく、結局は黙るしかない。


 それにハクアが提示した策にはもう一つ最大の問題がある。


 それは……マナビーストにマナを送り込む役を誰がやるかだ。


 確かにドラゴンはマナを空気中から取り込むことが出来る。しかしその最大量は個々人により違う。

 それを常に取り込みながら相手に流すとなれば、その体への負担は、想像を絶する程の痛みになる。


「ハハッ! 全く、お前の頭はどうなっているんだか」


「アトゥイ?」


「私はハクアの策に乗る。アイトゥム達に嫌がらせ出来るのも気に入ったしな」


「流石、マナを送る役は私がする皆は───」


「いや、私とお前の二人で……だ。フィード達三人は奴の動きを封じることに専念してくれ」


 ハクアの言葉を遮りアトゥイが指示を出す。


 その横顔を見ながらこりゃ聞かねぇなと息を吐き小さく笑う。


「もう大丈夫なのか?」


「ああ、平気ってよりも、これ以上は時間が足んないかな。あいつを抑える余力がなくなる」


 最低限血が止まる程度まで治療を終えたハクアが離れると、アトゥイが心配そうに問う。

 その言葉に軽口を返しながらハクアは倒すべき敵を見据えた。

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