第511話一番やり易い

 バタン。


 扉が閉まった廊下は、明かりをとる窓こそあるものの、月明かりが差し込む場所は以外は、ほぼ何も見えない暗闇。


 居るな。


 見た目こそ普段となんら変わりはないが、確実にこちらを狙う者が居る。

 事実を確認し廊下を眺め、ヤルドーザは口の端を上げながら嗤う。


 そんな廊下をヤルドーザは警戒して一歩踏み出す───否、その足取りに警戒の色は全くない。


 襲撃者が同じドラゴンなら気配を隠す事などしない。


 気配を隠し隙を窺う。


 その行為自体が、襲撃者をハクアだとヤルドーザに確信させているのだ。


 そして相手が同じドラゴンではないのなら、ヤルドーザが警戒をしなければいけない理由は何も無い。


 ガキンッ!


「───ッ!?」


 それを証明するかのように、硬質な金属同士がぶつかる音が廊下に響く。

 そして同時にその音源となった、無防備な首を狙ったナイフを振るった襲撃者の息を呑む気配を感じ取る。


「フン!」


 無造作に振るわれる腕。

 しかしそれはほぼ全ての生物にとって致死になりうる凶悪な一撃だ。


 襲撃者はなんとか首を捻りその一撃をギリギリ避けるが、振るわれた腕の風圧で紙切れのように吹き飛ばされる。


 しかし襲撃者も不意の一撃で吹き飛ばされたにも拘わらず、空中で体勢を整えるとクルリと回り猫のように危なげなく着地した。


「ほう……」


 それを見たヤルドーザは思わず声が漏れた。


 明らかに体勢を崩した状態から、見事に着地した襲撃者を見てその力量を察したのもある。だがそれ以上に距離が出来、月明かりに照らされた襲撃者を見てというのが大きい。


 月明かりに照らされ光る濡れ羽色の黒髪。闇夜に紛れる黒い衣装。そしてそれに反するように顔全体を覆っていたであろう、左の目元が割れた白い仮面が際立つ。


 一瞬、特徴的な白の髪ではない事を確認したヤルドーザは、ハクアではない事に驚いたが、割れた仮面から自分を射抜くように見詰める殺気の籠った瞳で、それがハクアである事を改めて認識する。


 恐らく髪が黒いのは自分が襲撃者である事を隠す為だろうとアタリをつける。


 そこまで考えて尚、ヤルドーザは愚かだと断ずる。


 そもそも誰かに見られる事を心配しているがそんな必要は何処にもない。


 何故ならこの状況は想定の範囲内。ドアを閉めた瞬間にこの場は全て結界で覆い、ハクアを逃がすつもりは初めから毛頭ない。

 そして何よりもヤルドーザがハクアを愚かだと断じたのは、ハクアが手に持つ武器だ。


 ハクアが手に持つ武器は威力よりも隠密性を第一に考えたナイフ。仮にもドラゴンを狩る得物としては力不足にも程がある。

 それすら分からずに、ドラゴンの中で一番の防御力を誇る地竜を相手取ろうなど、正しく愚の骨頂。

 ましてや今ハクアが相対しているのは、ムニに次ぐ龍王候補のヤルドーザだ。


 その堅牢さはドラゴンの里の中でも最強に近い。


 そんなヤルドーザに致命傷を与えられる者は、龍王達を除けば数える程しかいないだろう。ハクア程度の相手がマトモな武器すら用意していないのならば、先程のようになるのは火を見るより明らかだ。


 これこそが人とドラゴンの力の差。

 そしてこれこそが、ハクアの襲撃を知りながらヤルドーザが無防備に歩いた理由だ。


 同じドラゴンでも傷を負わせることが出来ない相手に、マトモな武器を持たないハクア。

 結果ハクアは、ヤルドーザに決定打を与える方法も持たずに挑んだ事になる。


 それすらわからず、未だに戦意を保っているハクアを下に見るのは当然の事だった。


 しかしハクアはそれでも諦めない。


 ナイフを構えると闇夜に紛れ、ヤルドーザの隙を窺いながら何度も斬撃を浴びせる。

 しかしそのことごとくを防御体勢すら取らずにヤルドーザは受ける。


 だが、ハクアの攻撃はヤルドーザの体に当たる度に、硬質な金属同士がぶつかるような音を響かせるのみで、一向にマトモなダメージを一度も与えられない。


「チッ!」


 ハクアが舌打ちをするとこれまで以上に深く踏み込み、全力の一撃を放つ。


 しかし───


 バリンッ!


 その結果はナイフが自壊する結果として現れた。

 そしてその代償も大きい。


「グッハッ!?」


 大きく踏み込み全力の一撃を放った代償に、ハクアは回避をする余裕さえなく、ヤルドーザの一撃を腹に受ける。


 吹き飛ばされながらなんとか無様に転がるのを避けたハクアだが、片膝をつき仮面の下から血を流しながらも、その目に増悪を映してヤルドーザを睨み付ける。


 だが、その姿を見てヤルドーザにゾクリと言い知れぬ快感が走る。


 ああ、良い。


 ハクアの未だ消えぬ闘志と増悪にヤルドーザが悦びを覚える。


 この顔が見たかった。


 簡単に折れる奴などつまらない。


 犯し。


 屈服させ。


 蹂躙する。


 そうする為にはこうやって歯向かう奴が良い。


 その消えぬ闘志がいつまで持つか。それを楽しみながらドラゴンの狩りが始まる。


「スケイルショット」


 突き出した片腕から鱗が弾丸のように飛び出しハクアを襲う。


 最強の防御力を誇る地竜の鱗を使った飛び道具。


 それをなんとか躱すハクアだが、その動きにいつものような精細さはない。

 先程の一撃がハクアの一番の武器である機動力を封じているのだ。


「くっ!?」


 直撃こそ避けるものの、無数の傷を作りながらなんとか逃げ回るハクア。

 視線をキョロキョロと動かし逃げ場を探すが、建物全体を覆う結界がハクアを逃がさない。


 そうして逃げ回る内にハクアは遂に追い詰められ、咄嗟に近くにあった扉へ、体当たりするように逃げ込む。


「ここは……」


「ここがお前の終着点だ」


 ハクアが逃げ込んだ先は何もない大広間のような場所だった。


 そこには本当に家具の一つもなく、月明かりを取る天窓が一つ有るのみの部屋。ただしその部屋は体育館程も大きく、壁には無数の傷があった。


「お前は気が付いていなかったようだが、お前がここに逃げ込んだんじゃない。俺がここにお前を誘導したんだ」


「はっ、なんの為にだよ」


 仮面を脱ぎ捨て、いつの間にか白い髪に戻ったハクアが問う。


 わざわざ言わなくてもわかっているのだろう。


 逃げ回る最中にちぎれ飛んだ片腕を押さえ、壁にもたれ掛かり、僅かに震える声からそれが強がりからでた言葉だと知り、ヤルドーザは嗤う。


 哀れな獲物が死を予感した姿。


 その姿に暗い喜びが胸中を満たしていく。


「なんの為? 決まっているだろう。ここなら本気でやれるからだ」


 ヤルドーザがそう宣言すると同時に変化が始まる。


 空気がビリビリと震えだし、ヤルドーザの身体が次第に膨れ上がり、ドラゴンのそれへと変化していく。


 それを見たハクアは驚きと共に死を悟ったのか、顔を俯かせ体を震わせている。


 そうだ。恐怖しろ。叫べ。殺さないでくれと懇願しろ。


 見せ付けるように、恐怖心を煽るようにその姿を変えていくヤルドーザ。


 しかし、そこでヤルドーザは気が付いた。


 それはずっと恐怖に震えていると思ったハクアが、いつの間にかこちらを見て嗤っているのだ。


 気でも触れたか?


 それがヤルドーザが抱いた感想だ。


 しかしその意味を次の瞬間理解した。


「グッ、ガッ!? な、なんだ!?」


 ドラゴンへと完全に変化すると同時に、ヤルドーザの足元に幾つもの魔法陣が重なり照らしだし、ドラゴンへと変化した体を地面へと縫い付ける。


「あっは……あははははははははっ! ああ、本当にお前のような中途半端に賢い馬鹿が一番やり易いよ」


「なん……だと? お前、何をした!」


「ああ、答えてやる義理はないんだが優しい私は教えてやるよ。それはただの封印術式だよ」


「ふざけるな! あんな古臭い封印術式、とっくに対抗術式が出来上がってる! それを俺が解けない訳がない!」


「確かにな。ただこれは私のオリジナルだ。元の術式に私の毒と呪いを織り交ぜ、条件付けする事でお前クラス程度なら捕えられるようにしたな」


「ふざけるな! そんな事が───」


「出来る訳が無い? それはお前の常識の範囲だろ? そもそもこの状況自体最初から最後までお前の自由は何もないんだよ」


「何を……言って」


「ああ、だからちゃんと教えてやるよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 お読みいただきありがとうございました。




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