第459話諦めの境地である
一休み終えた私は大した休憩も取れず、続けざまに鬼と竜の二つの力の習得に入る事になった。
「それでは抑えていた力を解放します。準備は良いですか?」
「とりあえずご飯食べる時間を取りたいです」
「それじゃあ解放しちゃうわね」
「お願いだから誰か聞いてくれません!?」
有無を言わさず力の解放に入る二人。実にいい笑顔である。
だが次の瞬間ドクンッと、一際大きく鼓動が跳ねた。
▶個体ハクアの肉体の成長を確認、基準値を超えた為肉体の変異を受諾、適応を開始します。
「あっ……ぐ……」
なん……だこれ……苦しくて、気持ち悪い……。
内臓を、脳を、無理矢理掻き回しシェイクされたような感覚に、立っていられない程の目眩が引き起こされ思わず膝をつく。
自分が無理矢理変えられていく。
そんな違和感と得体の知れない気持ち悪さは吐き気まで引き起こし、目の前はドス黒い赤に変色していく。
痛み……では無い。だが、それに近しい苦しみが私の全身に電撃のように走る。
まるで高熱を出した時のように視界の中の世界が歪み、全身が溶けていくようなおぞましい感覚に気が狂いそうだ。
だが、死んでしまいそうだと思う程苦しく、気が狂いそうだと思う程おぞましい感覚が私を襲っていても、不思議と死の危険は感じない。
それどころか、これから私は新しく生まれ変わる。そんな確信を確かに感じていた。
そう思う間にも私という
身体中が溶け始め、脂肪が、筋肉が、内臓が、脳が、骨が、血管が、神経が次々と溶けては混ざりあっていく。
まるで古いものを新しく作り直すかのように──。
蛹というものはその姿こそ形を保っているが、中身はドロドロのスープだと読んだ事がある。
確か、幼虫は成虫となる基盤を持った状態で生まれ、基盤となる細胞、成虫基盤と呼ばれる体の様々な部位で発達していくものがあるらしい。
そして幼虫は蛹の中身になると、体から酵素を出して細胞組織を溶かす。
その状態がドロドロのスープ。つまり蛹の中身の液状になる。
だが、そんな状態でも細胞原基や一部の筋肉などは溶けずに残るという。
多分、今私がこうやってものを考える事が出来るのもそれに近しい状態なのだろう。
溶けた幼虫の細胞は良質なタンパク源で、成虫基盤の分裂を促し、羽や目、脚といった器官を作る手助けをするのだとか。
それを踏まえれば、なるほど進化とはそれに近しい現象が起こるとしてもおかしくない。
進化の度合いが低い時に繭状になるのも、蛹の殻に当たる部分がまだ弱い為の補強のようなものかもしれない。
だが、いくらそれを頭で理解してもこの状態は辛い。
今もまだ私の中身がグチュグチュと混ざりあう感覚が蠢き、どうしようもない不安感と恐怖、気持ちの悪さが果てしなく続く。
それは自己というものがあるからこその忌避感か、急速な変化に心がついていかないだけなのか。
兎にも角にも自らが変質していくその過程は、容赦なく私の精神をガリガリと削ってすり減らしていく。
今まで私の進化は眠っている間に起こっていると思っていたが、この状況になって初めて眠っている時に進化するのではなく、進化する為に寝るのだと悟る。
恐らくこれは精神が耐えられない。
人やエルフ、エレオノのような半吸血鬼のような、その系譜の進化、変化ならばここまででは無いのだろう。
しかしモンスターのように姿形、果ては種族まで大きく変化するとなるとやはり違うのだろう。
これなら、さっきまでの身体が中から裂けていく痛みの方が百倍マシだ……。
朦朧とする意識の中、そんな事を考えながらいつ終わるとも知れない地獄のような時間を待つ。
体感は恐ろしく長い。
だが頭ではわかっている。これは恐らく一時間にも満たない時間しか掛からない。
何故それがわかるのかは分からないが、なんとなくそれを理解していた。
そして……それから数秒か、数分か、数十分か、不意に静寂が訪れた。
おぞましく蠢く感覚が消え去り、音も消え去る。
──そしてそれは始まった。
まるでそれが中心である事が正しいように、魂が震える感覚と共に心臓が再生され、絡み付くように神経と血管が出来上がる。
それを支え守るように硬い骨が形作られ、内臓が次々に組み込まれ、硬いタイヤのゴムのように強靭な筋肉と脂肪が骨を覆う。
そして最後に、皮膚の下を無数の虫が這い回る感覚が全身を覆い、古い皮膚を養分に新しい皮膚が出来上がった。
「はぁはぁはぁ……」
一気に来た感覚に目眩がする程の衝撃を受け息が乱れる。
▶個体ハクアの変異が完了しました。それに伴い新たなスキルを習得しました……。
変異が完了した事でお決まりの文言が再生される。──が、今の私にそれに耳を傾ける余裕は無い。
変異によるショックで余裕が無いとかそんな程度の事ではない。それは今のこの状況、そして目の前にいる方が原因だ。
「おめでとうハクアちゃん。さあ、続けて行きましょうか?」
「待って、色々待って」
「うふふ駄目よ」
ちくしょう。変異が終わると同時にこんな状況になるなんて……。
変異が終わり脳内再生アナウンスが流れると同時に動いたテアとソウ。そして私は変異のショックで動けない内に二人に捕らえられた。
ええ、両脇から腕を掴んで持ち上げられて、黒い服の人に抱えられる宇宙人のような扱いですよ!
そして何より問題なのが……。
「あ、あのおばあちゃん? なんかすっごく凶悪そうなものがバチバチ鳴ってるんだけど……」
「気を付けてねハクちゃん。触るともっとバチバチするから」
ええ、そうでしょうね!?
私の目の前に凄く良い笑顔で立っているおばあちゃんは、片手のひらを上に上げその手の上に、何やら赤黒いバチバチと音を鳴らすエネルギーボールを出現させている。
もう一度言おうとても良い笑顔だ。
「これからハクアちゃんのドラゴンコアを目覚めさせます。でもね、それには一つ問題があるのよ」
あるのよ……。そう言いながらおばあちゃんはこちらをチラチラと見ている。
合いの手は入れたくない。
しかし合いの手を入れなければ死期が早まる気がして心が折れた。
「何が問題なんでしょうか」
諦めの境地である。
(テアさん。顔、顔、普段表情出さないのにハクちゃん怯えて、諦めきった顔見て、そんなゾクゾクした表情するのは流石にどうかと思いますよ)
(おっと、すみません。つい顔に出てしまいました。……貴女も同じような表情してるのを直した方が良いですよ……)
(おっと)
小声でのやり取りだが、人の頭の上越しでやっていれば筒抜けである。ド畜生共め……。
「それはね。普通に目覚めさせるだけでは時間が掛かり過ぎるのよ」
「はあ……」
「そこでハクアちゃんの為におばあちゃんがとっておきの方法を用意したの」
聞きたくないから耳を塞ぎたいけど、ドS二人のせいでそれも出来ない。悲しい。
「下位のドラゴンコアは上位個体の力で無理矢理活性化させる事が出来るのよ」
その言葉に目の前の状況。この二つが揃えば自ずと答えは導かれる。
「つまり、おばあちゃんのコレをハクアちゃんに撃ち込めば、そのショックでハクアちゃんのドラゴンコアが活性化する…………はずなのよ」
ちっちゃい声で言っても聞こえました。そして横の二人、顔が嬉しそうだな。なんだそのゾクゾクした顔は……。
「と、言う訳で頑張ってねハクアちゃん。死なないでね?」
「ギャース!!」
まさかのノータイムの攻撃に吹き飛びながら、やっぱり良い笑顔で笑うおばあちゃんと、ゾクゾクした顔で私の事を見る二人。
そして、事態を呑み込めず立ち尽くし、吹き飛ぶ私にようやく再起動して、驚きながら駆け寄るユエの姿に、やっぱり今回の癒しはユエだけだな。と、思いながら意識を手放した。
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