第447話もしもコーヒーが飲めなかったら危ういところであった
ふむ。
抱き合う二人を見ながらアークの事を観察する。
流石に記憶がアーク視点だっただけあり、ドラゴン形態は知っていたが人間形態は全く映っていなかった。
そんなアークの姿は一目で親子とわかる程、正におばあちゃんソックリなものだった。
うーむ。弟は父親似なのかね?
男にしては長めの水色の髪、しかしそれは鬱陶しいと思うものではなくよく似合っている。
切れ長の目の涼し気な目元というのも、昨今の乙女系アニメに出てきそうである。
身長は高く、細身であるが見てわかる程に筋肉は程よく付いている。大多数の女子が好きそうな感じだ。
敢えて欠点を挙げるとしたら、黒い肌が水色の髪の毛に合っていな事くらいだろうか。
しかしそれを欠点と感じさせないくらいのイケ面である。
とはいえ、いつまでも見ていてもなんにも面白いものはなく、すぐに飽きた私は身体をボロボロにしながら壊した黒い壁の破片に興味が移る。
ほとんどは壁を壊すと黒い瘴気のようなものを出しながら消滅したが、いくつかの塊は地面の上に転がっている。
てか、集まってる?
最初こそ気の所為かと思ったが、ジッと観察していたらバレたのならどうでもいい。とでもいうように、今や黒いスライムのようになって普通に移動している。
なんでこの世界のモノは、私にバレると開き直るのだろうか?
そんな黒スライムをツンツンしながら合流を妨害して遊んでいたら、遂に全ての塊が一つになり思わず拍手する。
おー、って!? ぎゃー!?
と、そんな呑気な事をしていたら、塊が津波のように広がって襲い掛かり、私は呆気なく飲み込まれてしまった。
くっ、不覚。てか、溶かされてませんこと!?
ザプンと襲われ、ドプンと飲まれ、ジワジワ溶かされてるとはこれ如何に。
と、そんな事を言っている場合ではないし、何よりも残りカスの黒スライム如きが私を溶かそうとは片腹痛い。
風魔法で充分に酸素を確保した私は思い切り口を開け、今度はそのまま、私を包む黒スライムを思い切り吸い込む。
渦潮のようなものを作りながら、中々の勢いで私の口へと吸い込まれていく黒スライム。
しかしこんな真っ黒なものを飲んだら片腹どころか、ぽんぽん痛いになってしまうかもしれない。
まあ、溶かされてるからどの道どうしようもないが。本当に痛くなったら
アレ? ……おかしい。あらあら、うふふと躱される未来しか見えない。
などと考えている内に、ギュポンと音を残して全ての黒スライムが私の胃に収まった。
過酷な戦いであった。黒い色なだけあってコーヒーのような苦味とコクだった。もしもコーヒーが飲めなかったら危ういところであった。
どうせならコーラ味だったら余裕だったのに。いや、体を包む量の炭酸一気飲みは流石にキツいか?
誰にもツッコまれないのをいい事に、そんな事を考えていたがその時ふとした事に思い至った。
あれ? 壊した壁がアークの心の壁の具現と呪いという事は、もしやあの黒スライムってアークを邪竜に堕とした呪いそのもの?
その考えに行き着いた直後、頭の中に幾つもの呪詛の声が響き、胸中をドス黒い感情が支配する。
壊せ。奪え。犯せ。殺せ。破壊しろ。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い、世界を……殺し尽くせ。
増悪の感情が浮かんでは消えていく。
だが、それも一瞬の事で頭を埋め尽くす声も、ドス黒い感情もすぐさま消え去った。
あれ? ここからこう……なんかあるんじゃないの? これで終わりとか呆気なくない? あの駄竜こんな程度のもんで邪竜になったの?
などと一人あまりにも呆気ない終わりに困惑していると、後ろからきゃっと小さな悲鳴が上がる。
そちらに顔を向ければ、今まで抱き合っていた二人が離れ互いに驚いている。
それもそうだろう。何故ならアークが淡い光を放ち、今まで黒かった肌が色白な肌へと変わっていたのだ。
と、その時
▶呪歌法陣の消化、吸収が完了しました。
呪歌法陣の効果によりスキル【呪歌】を取得しました。
呪歌法陣の効果により配下スライムにカーススライムが発生しました。
【呪歌】
自身、または対象に呪いを施し枷をかける事で、枷に応じた強化、弱体をかける。
ふむ。つまり自分には縛りを付けてその分強化、相手には縛りを付けてある程度の弱体化が出来るのか。おやー? ただでさえ縛り沢山あるのに更に尖った力を手に入れたぞ?
「あっ」
などと脳内アナウンスの内容に思考を割いていると、こちらに振り向いた二人と目が合った。
今まで私の存在をすっかり忘れ自分達の世界に入り込んでいた二人は、私の事を視界に入れるとシュバッとお互いに距離を取り、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
そんな二人に空気の読める子と定評のある私は優しく微笑むと
「二~三時間どっか行ってくるから、イチャつくならその間にヤル事ヤっといてくれ」
「「そんな事しないから!」」
せっかく気を使ったのに盛大に怒鳴られた。解せぬ。
私の事もやっと意識の内に入れてくれた二人は、抱き合う事はないがそれでもピタリと身体を寄せ合っている。
「爆ぜれば良いのに」(仲睦まじそうで何よりですな)
「心の声がダダ漏れよ」
おっと、いかんいかん。逆だった。
「でも、爆ぜればとかまだ使うんだ?」
「ああ、やっぱりお前……レティで良いか? も、転生者だったのか」
「うん。やっぱり気が付いてた?」
「まあね」
魔力量、平民の子供には似つかわしくない知識。アークの記憶を見ただけでもその考えに至るのはそう難しい事ではない。
因みにアークは全く気が付いていなかったのかビックリしている。……駄竜め。
「それにしても……レティがなんでこんな所に」
人の中をこんな所呼ばわりとはなんて奴だ。
「私にも分からない。気が付いた時にはここに居て、さっきまであった黒いドームの中にアークが蹲ってるのだけ見えてたの」
それでレティは目覚めてからずっと、自分の身体が傷付く事も厭わずずっとアークを呼び続けていたらしい。
因みに目覚めたの私がアーク事、腐毒竜を食べた後からなのだとか。それ以前はまるで夢を観ていたかのように、時折ボンヤリと意識が戻る程度だったそうだ。
何故そんな事がわかるかと言うと、なんでもこの空間の空に時折映像が映し出されるのだそうだ。
「あー、多分で良いなら理由わかるぞ?」
「そうなの?」
「うん。まあ、あくまで推測の域を出ないけどな」
恐らくは二人の契約、そして当時の状況とアーク自身の要因が重なった結果だろう。
二人が結んだ契約は竜族であるアークが主導で行ったもの。しかもお互いに対等という事は相互干渉が出来る状態だった。
そんな契約を長年続けた状態であの最後の時、レティはアークを召喚し、全ての魔力を注いで無理矢理命令を実行させた。
それは逆に言えば、強大な力を持つ竜族を強制的に支配出来る程、強力なパスを魔力で繋げ意識を誘導したという事だ。
そしてアークだ。
竜族といえど、その実分類としては人間よりも魔物に近い。進化や成長の仕方と様々にあるがもっとも顕著なのが、魔石を体内に取り込める事だろう。
これはトリスに聞いた事だが、龍へと至る為には様々な強敵を倒した経験、そして大量の魔石を取り込みドラゴンコアを成長させる必要があるのだそうだ。
そして前述の通り、強力なパスが繋がった状態でその相手を体内に取り込だ事で、パスを通じてレティの魂を吸収したのではないだろうか。
その際恐らくだがアークは無意識の内にレティの魂を取り込む事を拒み、結果魂はアークの中で存在し続けたのだろう。
「まあ、だいぶ希望的観測を含めたご都合主義な答えだけどそんな感じだと思うよ」
「確かに、曖昧な部分はあるけどそれなら有り得るかもしれない」
「そうなんだ」
「因みにレティが目覚めたのもアークの意識がはっきりしたのも、私が取り込む事で呪いが弱まったからだろうな」
つまり私は消化と共に浄化もしていたらしい。
まあ、呪われてても美味しく食べて、腹に入ったら病気もほとんどないって事は、それなりにそんな効果があったのだろう。……多分?
「そうか……。ハクア」
「ん?」
「改めてありがとう。僕は罪と後悔を抱えたまま消え去るだけだと思ってた。なのに、こんな奇跡みたいな事が起きた。これは君のお陰だよ。僕を倒してくれたのが君で本当に良かった」
「……アホか。何、自分を食い散らかした相手に礼を言ってんだよ。それに私は私の為にやっただけ、好みじゃないエンディングを無理矢理変えただけなんだ。礼を言われる事はしてないよ」
「うんん。私も……目が覚めてアークを見付けても、触れる事も話す事さえ出来ないのは、あんな事をアークにさせた私自身への罰だと思ってた。でも、貴女がそんな状況を変えてくれた。だからありがとう」
二人揃ってあまりにも真っ直ぐに礼を言うものだから言葉に詰まる。
そんな未だ揃って礼を告げる二人から顔を逸らし、これからの計画について考えをまとめるという逃げに徹していると、不穏な言葉が私の鼓膜を震わせた。
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