第434話これも人徳のなせる技である

 全く、昨日は大変だったなぁ。


 イラつく程の青い空を見上げながら、ふと昨日の事を思い出した私。


 昨日はせっかく捕まえた襲撃者は役に立たず、貴族を追及する程の情報は、やはりと言うべきか得られなかった。

 その代わりと言ってはなんだが、賞金首としてはなかなかの値段が付いていた。


 正直こんなに弱いのに何故こんな高いのだろう? そう思ったが、エグゼリア曰く獣人達に施していた術式の珍しさ、そして多数の人間が所持していた魔道具が厄介だったらしい。


 術式は通常見付けるのがとても困難で、発動する前の状態で見付けられる人間が少ないのだとか。


 そして魔道具。


 襲撃者達が所持していた魔道具は、攻撃性能がとても高い物から、効果が厄介な呪系を多数所持していた。


 今回はたまたま相手が馬鹿だったおかげで苦労しなかったが、まともにやり合っていたら私も苦戦したかもしれない。

 まあ、まともになんてやってないから知らんけど。


 そしてその魔道具、なんと襲撃者は涙ながらに跪き、どうぞ受け取って下さいと懇願してきた為に全て私の物となった。


 物理的にも体感的にもとても熱い交渉だったが、泣きながらお願いしますと言われれば私としても貰うしかないと言うものだ。

 これも人徳のなせる技である。


 まあ、私が皆にそう言った後にヘルさんがその状況を事細かに伝えたら、何故か皆して強盗を見るような目で見られたけど。解せぬ。


 熱く燃えるような気迫で……というか、物理的に燃えながらどうぞ受け取って下さいと言われたから貰ってあげただけなのに。


 そんなこんなで魔道具を数点手に入れ、襲撃者をお小遣いに換金した私なのだが、そのお小遣いも例によって例の如く没収されてしまった。無念なり。

 しかしなんとか魔道具だけは死守出来たから良しとしておこう。


 この魔道具は私の研究材料としてバラしたり、強化したり、効果を変えたりと色々と試す予定なのだ。


 魔道具高いから玩具にしたいとか言えなかったんだよね。

 いや、おもちゃとか比喩表現であって、後でちゃんと役に立つ予定なんだよ? でも予定だから本当にそうなるとは限らないからやっぱり言えなかったんだよね!


 と、誰にする訳でもない言い訳を自分の中でしながら、魔道具について思いを巡らせる。


「うぅぅ……」


「よっ、そろそろ動けるか?」


 楽しい楽しい魔道具活用法に思いを巡らせる私の足元から聞こえる呻き声に目を向け、よろよろと動き始めるアベルに声をかけると、なんとか……。と息切れさせながらも返事が返ってくる。


 そんな姿に苦笑しながら、仰向けに転がるアベルに手を貸して起こし上げる。


 さて、何故アベルがこんな事になっているかといえば、今日は記念すべきアベル君の卒業試験だったからである。

 そして今回の試験内容、それは……。


「私とのタイマンだよ」


「いや、それは今までもやって──」


「今回はスキル、魔法無しで、素の身体能力のみの戦闘だよ」


「それになんの意味があるんだ?」


「んー? まっ、やればわかるよ」


 戦いの舞台はテアの張ったフィールドの中。

 かつて心との戦闘で閉じ込められたあの忌まわしきフィールドだ。

 それを今回はアベルとの戦闘で使う事となった。


 戦いはといえば終始互角の試合運びとなった。

 それもそのはず、私はスキル、魔法に加えて水転流の技も封印していたからだ。

 更にいえばチートを授けられ、努力までしたアベルのステータスは既に私を凌駕している。

 前に話した、私をあっという間に追い越すという話は、既に現実のものとなっているのだ。


 経験値up系のスキルはやっぱり強いよね。


 そんな訳でレベルも上がり、スキルも成長して、様々な戦闘経験を積んだアベルを相手にそこまで枷を付けた私が圧倒出来る訳がない。


 そして試合は最後に私の武器をアベルが弾き飛ばして終了。

 試合には勝ったアベルだが、その瞬間に仰向けに倒れずっと呼吸を整えていたのだ。


「……ふぅ、なぁ? 手加減とかしたのか?」


「失礼な。枷は付けたが手加減はしてないよ。あれが出来る範囲での全力だ」


「……そうか」


「確かに、お前は最初無駄な自信とプライドの塊で調子に乗ってたから、徹底的にそれはぶち壊した。でも……お前はそこから変わった。努力をして実力をちゃんと付けた。なら、そろそろそれに見合った自信を持っても良いんだよ」


 そう。一度徹底的に自信をぶち壊したのは良いが、それからのアベルは今度は謙虚になりすぎた。

 無駄なプライドを持てとは言わないが、自分の実力を見誤り、低く考えすぎるのも困るのだ。

 だからこそ今回アベルには、素の身体能力でなら私と同じだという事を理解させる為に、こんな事をしたのだ。


 まあ、負ける予定は無かったんだけど……。

 それにしても全く、極端に振り切れおってからに中間が欲しいんだよ。中間が。


 そうやって話していると、アベルが起き上がったのを見たダリア達が、休憩がてら私達の元へとやって来た。

 そこにはダリア達を鍛える手伝いに来ていた澪と瑠璃、アリシアも一緒だ。


 さて、それじゃあ前準備も終わったしそろそろ卒業試験といきますかね。


「アベル」


 近寄って来たダリア達と、試合について話しているアベルに声をかける掛ける。

 そしてで近付いて来たアベルの手に持った剣を掴むと、私はその切っ先を自分の胸、心臓の位置に当てた。


「なっ! 何してんだよ!」


「ご主人様!?」


「はいはい。皆慌てないで動かないでね?」


 その行動に当事者のアベル、そしていち早くそれに反応したアリシアを制す。澪と瑠璃以外の他の面々も息を飲んで何事かと見守っている。

 澪達は動揺はしていないが何時でも動く準備はしているようだ。


 そんな姿を視界に映しながら、目の前で動揺しまくっているアベルに視線を合わせる。


「さあ、最後の試験だアベル」


「最後の……試験?」


「そうだ。私は言ったよな? お前らを英雄に祭り上げる。その位置までお前らを持っていくと」


「あ、ああ」


「今、お前は条件付きとはいえ私に勝つ程に成長し、ステータスは既に私を超えている」


 更にいえば、ダリアにも索敵や冒険に必要な知識は教え、戦闘面でも十分お前の邪魔にならない程度まで押し上げた。

 エイラ、ヒストリアも無詠唱を会得して、通常の枠内よりも魔法に長けている。

 そうアベルのパーティーを評価する。


「ここまで来たら後は私がいちいち教える程でもない。自分で考え、経験し、模索していくだけだ。もちろんここでもう終わりだからどっか行けとは言わないけどな」


 訓練を一緒にしたり、魔法について話したり、今までのように一方的に教えるだけの関係ではなくなる。そう言葉をつづける。


「だからこそお前に……お前らに最後の試験だ。お前らにも話したが私は元人間で今はモンスターだ。だけど私は人間の味方という訳ではない」


「そ……れは」


「気に入らなければ敵対するし、大切だと思えば魔族側にも味方する。それはともすれば人間からすれば絶対的な悪とも取れる行為だ」


 短い間ではあるが私の行動、考えを近くで見てきたアベル達はそれに頷く。


 アベル達は全員が人間だ。


 人間側からすれば私の行動など悪と断罪出来るもの。そもそも人同士でも争う人間は、魔族でなくても他種族にも厳しい。

 他種族に味方する。それだけで立場が悪くなる事もあるほどなのだ。


「人の味方ではない。人の敵でもない。でも……私は人に敵対するモンスターになる可能性がある。さあアベル。お前はそんな私をどうする? 殺すか生かすか今ここで答えを聞かせろよ」


「わ、訳わからない。なんでそんな話になるんだよ」


「理由は今言ったばかりだぞ」


「そういう事を言ってんじゃない! なんで俺がお前を──」


「何甘えた事言ってんだ? 言ったろ英雄にするからだよ。何も選ばず何も考えずそんなものになれるわけが無いだろ? 英雄、勇者そう呼べば聞こえは良いが、その本質は他人の為に自分の血を流す奴のことを言うんだよ」


 他人の為に命を投げ出し、他人を救う為に血を流す。賞賛も罵倒も全て受けるそれが勇者や英雄と呼ばれる者達なのだ。その道は他人の流すはずだった血を、自分の血であがなうもの。


 だからこそ私は──。


「さあ、お前は……お前らはどんな選択をするんだ?」


「……わからない。いきなりそんな事を言われても」


「生きるのは選択をする事だ。人は常に選択を迫られる。自分の人生を左右するようなものだって迫られるのは突然だ」


「お……れは」


 既に私の言う言葉は無い。

 ダリア達もアベルの言葉をじっと待っている。


「殺したく……ない」


「何故?」


「殺せる訳無いだろ! 救ってくれて、育ててくれて、それなのに急に! それにお前がモンスターかどうかなんて関係ない! 俺はお前に認められたいと思ってて、仲間だとも思ってる。だからお前がモンスターだとしても殺したくない」


「それがお前の選択か? 人に仇なすかもしれない存在を見逃すのがお前の思い描く英雄か?」


「最初は違ったよ。主人公に憧れて、モンスターなんて俺がお前を全部倒してやるって思ってた。けど」


 現実は違った。


 女神からチートを授かってもゴブリンに負ける事だってあった。悪い事だと思っていた事が経済の一環になっているとも知った。

 勧善懲悪の物語は現実にはそう多くないと知った。


「色んな事を知ったよ。色んな事を知らなかったって思い知ったよ。だから! だからこそ俺は……俺もお前みたいに自分が信じるものを救いたい。それが今のこの世界で生きるアベルとしての答えだ!」


 真っ直ぐと私と目を合わせながらそう言い切る。


「その道はお前が思ってる程楽じゃないぞ?」


「わかってる」


「恨まれる事もあるぞ?」


「わかってる」


「人を敵に回す事も、殺す事だってあるかもしれないぞ?」


「それでも、俺はもう後悔したくない」


「お前らもそうか?」


 私の問い掛けにダリア達も確りと頷く。


「そっか。それじゃあ頑張れ」


 私はアベルの剣から手を離し軽くそう言う。

 そんな私のあまりにも軽い答え方に全員が面食らった顔をしている。


「そ、それだけ!?」


「そうだよ。お前が何を選ぼうとそれを否定する権利は私には無いからな。でも、言った通りそれは平坦な道じゃない。だからこそ迷った時は今の自分の言葉を思い出せば良いよ」


 ゲームならば、あるいは創作の中ならば正しい道はある。だが、人が生きる人生と呼ばれる道に、正解のルートなんてものは存在しない。

 だからこそ人は自分が選んだ道をいつか振り返る時に、正解だったと言えるようにその道を正しい物にしていかなければいけないのだ。


「お前らなら出来るよ。だから後悔しないように頑張れ」


「「「はい!」」」


 その心地いい返事に自然と口元が緩む私だった。

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