第214話平凡
「あぁ、やっぱり綺麗だな……」
男は霞掛かる思考の中、また何時もの様に考えていた。それはここ最近ふとした拍子に考える事だ。何が悪かったのか、何処で間違えたのか男は考える。
そして思考は何時もの通りある一点に辿り着く。そうあの自分達がこんな世界に連れて来られてしまった、あの理不尽の始まりの日に……。
平凡。
自分を一言で現せと言われたらまずそんな言葉が思い浮かぶ。
ごくごく普通の家庭で、たまに親に多少の反抗をしつつも仲良く過ごし、運動も勉強もそこそこ、友人も多くなく少なくもない。
特質すべき所も思い付かず、日々何か面白い事が起きないか等と考えたり、人気の女の子に密かに片想いするそんな何処にでもいる人間、それが|児島 信也(こじまのぶや)だった。
そんな彼が人とは違う所があるとすればたった一つ。それは中学、高校と合わせて五年連続でクラス委員長をやっている事だ。
とは言えそれは責任感や使命感と言った物ではなく、人が良く、事なかれ主義の生き方をしてきた彼は、人の頼みを断る事が苦手でやるからにはキチンとやる為だった。
最初こそイタズラの延長で推薦され、そのまま立候補者が出なかった為に断り切れず委員長になってしまったが、今では委員長ならアイツで良いんじゃね? と、なし崩し的にそんな感じになってしまった。
頼みを断る事が苦手な彼は、言い換えれば言われた事をしっかりこなすそんな人間だった。教師に言われた仕事をこなし、摩擦を嫌う事から当たりも良く、それが上手く回ったのだ。
ただそれが委員長として優秀な人間と言うイメージになってしまったのは誤算だった。そこから先は更に酷かった。
去年委員長として優秀だった。そう思いこんだ周りは今年も推薦と言う形で、面倒な仕事を押し付けて来た。しかもそれが二年も続けば更に次、その次もとなり気が付けば五年連続で委員長などやっていた。
アニメの様な話だが自分が通うこの聖嶺高校は、複数の小、中、高、大学が一箇所の場所に集まり一つの都市の様になっている、通称学園島の内の一つだった。
島と言っても本当に島の訳では無く、学校を含む周辺のエリアが基本的に、学生と関係者以外が立ち入り禁止になっているのだ。更にそのエリアの近くも学生向けの店になっている為、関係ない人間は余り近付かない事からそう呼ばれていた。
信也は余り知らなかったが、大学等では独自の研究等も盛んに行っていて、関係者以外が立ち入ると罰せられる箇所もあり、更には学園島の性質上学生がほとんどだった事から、学園島には大量のソーシャルカメラが常に設置されているので、面倒を避けたい人間は近付かないのだった。
そんな訳で一貫校と言う訳でも無いが、高校になっても顔ぶれは余り変わらない。それが五年連続で委員長と言う事態に一役買っていたのだ。
そんな面倒な仕事を押し付けられる委員長という役職だったが、それでも中三の時から信也に取ってはただ一つ普通では無いことになった。
それは……。
「何だ。また、委員長の仕事を押し付けられたのか? お前も物好きだな、嫌なら断れば良いだろう? まあ、生徒会長をやっている私が言う事では無いか」
そう、それは自分の片想いの相手、安形 澪との会話だった。
この学校には三人の有名人が居た。一人は男子から絶大な人気を誇る彼方 瑠璃。もう一人がその美貌と儚げな印象から話し掛ける事すら躊躇われる士道 白亜。そして最後の一人が女子からの人気が高い安形 澪だった。
この世界に来るまで信也は何故か彼方 瑠璃の事は思い出せなかったが、この三人は本当に人気があった。
白亜に比べれば澪は生徒会長と言う事もあり比較的話しやすいが、それでも信也に取っては、話し掛けるのに多大な勇気を振り絞る必要がある相手だった。そしてそれは片想いの相手と言う事も一役買っていたのだろう。
そんな信也とこの三人は実は中学から高二まで同じクラスだった。中学三年の委員長が決まるまでは信也も、絶大な人気を誇る片想いの相手が自分の事を知っているとは思ってもみなかった。
だが、三年目の委員長が決まった時に一言「三年連続で委員長とはなかなか優秀だな児島」と、話し掛けて貰った。
ただそれだけだ。
ただそれだけが何も無い自分の一番になった。そしてそれを切っ掛けに澪とは時々話をする仲になったのだ。
それからは持ち前のリーダーシップで中学でも生徒会長をこなしていた澪に、クラス委員長として頼られたり、色々な業務で相談したりする事が出来た。
高校二年。連続で五年委員長が決まった時も話し掛けて貰った。信也とってこの片想いは成就する物では無いとわかっていた。
だからこそ来年も同じクラスになり、また委員長を押し付けられ、澪と会話する切っ掛けになればいい。それだけが望みだった。
だが、それはかなわなかった。士道 白亜が交通事故に遭いそれから澪は学校に来なくなった。
そして、一週間が過ぎた頃あれが起こった。
放課後、ただ世間話をするだけの関係性の自分が、ようやく勇気を振り絞り一週間悩み抜いて澪の見舞いに行く決心をしたのに、教師に雑用を押し付けてられた時いきなりそれは起こった。
自分の足元に突然光る文字が円上に浮かび上がり、視界を光が満たし、気が付いた時には見知らぬ所に居た。
そしてこれが児島 信也にとって理不尽の始まりのだった。
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