第159話私もここに同席してもよろしいですか?
「クソっ! あの小娘め! いつもいつも私の事をバカにしおって!」
刻炎のジャックから割り当てられた陣幕の中、アリスベルギルド所属の取り纏め役ゲイル=スラストは、先程のやり取りを思い出し荒れていた。
ゲイル達は拐われたギルド長達の後を追い、人類の敵である魔族に協力する逆徒を追撃し行軍していた……が、斥候役をかって出たハクアが帰って来た事で、小休止を入れ情報を聞き整理する事になった。
しかし、結果はゲイルが望む様な情報は無く散々な物で、追撃している筈のフープの軍は見付からず、その上ハクア達の疲れを癒す為に更に時間を伸ばし休息する事になった。
「だと言うのにあの小娘。悪びれもせず」
そう、ハクアは何の情報も得られなかったと言うのに、ゲイルの事を何時もの様に小バカにし邪険に扱った。ゲイルにはそれが何よりも許せなかったのだ。
「クソっ!」
再び悪態をつくと外からまたボソボソと声が聞こえて来る。恐らくはまた誰かが、優秀な自分を妬み文句を言っているのだろう──ゲイルはそう思いこの行軍中あの様な声を無視し続けていた。いや、行軍中だけでは無く、それは何時もの事だった。
優秀で他者より秀でた才覚と知性、品性を持つ自分が他者に虐げられるのはしょうの無い事──ゲイルは何時もそう思い、ギルド内でもそう行動していた。
そもそもゲイルは取り纏め役という役職にも納得がいっていなかった。
何故なら優秀な人間である自分の上に、愚劣な人間が居る。それだけでも我慢がならないのに、そんな人間に命令され、更には何も出来ず使われる事でしか役に立たない使えない部下まで押し付けられ、そいつらは自分の意見を聞こうともしない始末。そんな奴等にも辟易していたのだ。
だが、そんな中でゲイルは光を見た。
最初は気に入らない小娘だった。
人に媚びるしか才能の無さそうなそんな娘。
だがそれは間違いだった。
彼女は自身の境遇に嘆かず、努力を重ね様々な人間に認められていった。そして何より彼女は私の言う事を素直に聞いて理解してくれた──だからゲイルは彼女。ルーリンの事を好きになり自分が彼女を救おうと思った。
しかしそれは一人の悪魔により崩れる事になる。
初めから気に入らなかった。
だが、一度きりだと思っていたその出会いが、それだけに留まらず悪魔は遂にアリスベルまでやって来て、ルーリンまで自分から奪い去って行った。
そして十商コルクルを追い落とし、徐々にアリスベルでの発言力を高めていった悪魔の事を、ゲイルは何度も使えない無能の上司であるギルド長ローレスに何度も何度も進言したが聞き入れられる事は無かった。
そして遂にはあのフープの姫までがあの悪魔を頼ってやって来た。
「クソっ! 何故だ? 何故あんな奴ばかりが認められる! 私の方が優秀なのに! いや、愚物ばかりだからしょうがないんだ──そう、あの時、彼女もそう言っていたでは無いか」
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この作戦が始まる前、ゲイルは一人酒場で酒を煽っていた。それは周りの人間だけで無く、フープの姫までがハクアの事を認め始めた事によるやけ酒だった。
「クソっ! クソっ! 何故、何故私の言葉を誰も彼も信じないのだ! クソっ!」
ダンッ! と酒の入った瓶を机に叩き付け、何度目になるか分からない悪態を突きながら更に酒を煽っていくゲイル。周りの者はゲイルの事を知っている為、近付くこともなかった──普段なら。
しかし、この日だけはいつもと違ったのだ。
「すみません。私もここに同席してもよろしいですか?」
「何だ貴様は! 席なら他にも在るだろう!」
ゲイルは自分に話し掛けて来た女の方を見る事すらなくそう怒鳴り付ける。しかし、女はそれでもなおゲイルに食い下がってきた。
「良いでは無いですか。私も一人で飲むには少し寂しくて、誰かとお話をしたかったんですよ。それに、そんなお酒の飲み方をしている方を方っておくなんて、私には出来そうもありませんから。一人で吐き出す位なら、同席させて頂くんですもの私にお聞かせ下さいませんか?」
「誰が見ず知らずのあい……て……に……」
「どうか致しましたか?」
ゲイルが驚くのは無理も無い事だった。そこに居たのは瑠璃とは違う色香を持った美女と言うべき、水色の髪をした女性だったからだ。
周りを見ると誰も彼もが彼女に見蕩れ手を止めて眺めている。ゲイルはその彼女に向けられる好奇の視線と、自分へと向けられるあからさまな嫉妬と妬みの入り交じった視線に優越感を感じながら、そうとは気取られぬよう上擦りそうな声を必死に抑えながら返事を返す。
「ふっ、ふん、仕方がない。どうしても、と、言うなら同席を赦してやる」
「ありがとうございます。では、失礼します」
そう言って彼女はゲイルの向かいに座り、酒を注ぎ始める──。
そこからは酒が進み、彼女と共に飲みながら様々な事を話した。
「まあ、ではその方はゲイル様の事をそんな風に?」
「ああそうだ、何時も何時もバカにして! 遂には彼女までおかしくされてしまった! クソっ!」
「……そうですか。でも、そんな人間は往々にして天罰が下るもの、あの十商コルクルがそうであった様に……ね? それにゲイル様の様な優秀な方なら、その今度あるという作戦できっと才覚を現しますわ」
「本当にそう思うかね?」
「ええ、勿論です。この短い時間でもゲイル様の非凡さ、博学さ、そして何よりも気高さが伝わりました。今度の作戦はとても危険なものなのでしょう? そんな時、暗闇に指す光の様に皆を助け導く事が出来るのは、きっとゲイル様の様な方だと私は思います」
「しかし、今度の作戦ではあの無能のギルド長が指揮を──」
「いえ、戦場では何が起こるか分からないと聞きおよびます。誰もが考え付かない様な事が起こった時、聡明なゲイル様なら何とか出来ますわ。きっといざ指揮をなされば、勇猛果敢に相手を追い詰め勝利を納めるのでしょうね」
「いや、その時は状況なども考えねば──」
そう言って饒舌にゲイルの活躍する様を幻視しながら話す彼女に忠言しようとするが。
「それに同じ女として言わせて頂けば、ゲイル様の様に普段は知的な方がいざという時は勇猛果敢に向かって行く様は、とても素敵なのでしょうね? それこそ……んな女でも惚れ直して仕舞うような」
「そ、それは本当か?」
「ええ、私はそう思いますわ。ゲイル様の様な素敵な方が男らしい一面を見せれば誰でも惚れて仕舞いますよ。勿論私も例外ではありませんわ」
そう言って女は、ゲイルに垂れ掛かってくる。
「……そ、そうか」
その褒め言葉に気を良くしたゲイルが彼女に手を回そうとした時。
「お嬢様、そろそろお時間です」
不意に現れた男に驚き手を退けてしまう。
「もうっ! 折角良い雰囲気でしたのに!」
「申し訳ありません。ですが──」
「はぁ、わかりましたわ。すみませんゲイル様、本来ならもっとお話しを致したかったのですが」
「い、いや、気にしないでくれ。そ、そうだ、済まないがまだ貴女の名前を聞いていなかった。最後に教えて貰えるか?」
ゲイルがそう言うと彼女は今までに見せなかった蠱惑的な笑みを浮かべ、唇に人差し指を当てるとまるでイタズラっ子の様な顔をして。
「それは次の機会に致しましょう。もしまた会えたらそれは運命かも知れませんし……ね?」
そして、彼女は去っていった。
ゲイルは酒に酔って見た幻かとも思ったが、体に残る彼女の香りや体温が彼女の存在を本物だと告げていた。
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「そうだ、ギルド長が拐われた時には驚いたが、ここまでは何もかも上手くいっている。ルーリンさんのお陰で私の人生に光が射し、彼女のお陰で私は今、全てを手に入れようとしているんだ!」
ゲイルは一人そう呟きながら幸福に浸っていた。自分が知らず知らずの内に、無自覚の共犯者になっているとも知らずに。
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