bake 第7話
12月25日を過ぎると流石に、この小さな街もそわそわ感が出てくる。
いつもより買い物に出て来る人も多いし、家の周りを綺麗に掃除したり。
最後の一週間は、落ち着きがまるで無い様子。こんな小さな街でも。
色んな事があった一年。楽しい事も苦しい事も。新たな職場で多くを経験し、沢山勉強させてもらった。
どちらかというと、楽しい事が多かった一年だったが……
最後の最後、クリスマスイブの夜は……
嫌な思いでは無い。悲しい訳でも無い。
ただ…… 少し微妙な、気持ち。
やっぱり自分は、カオリさんが好きなんだと実感させられた気がした。
クリスマスも皆んなで会う事が出来ず、このまま年を終える寂しさも重なり。
30日から実家に帰省するので、年越しも皆んなに会う事も無いし。せめて今年最後くらいは、皆んなに会いたかった。
そんな時、珍しくアキさんからメール。
(マコちゃん帰省するんでしょ、正月。じゃあ、帰る前に皆んなで会わない? )
皆んな⁈
カオリさんもかな? と、言うことは……
ん? もしかしてアキさんと上手くいったのかな?とりあえず返信する。
(皆んなって、皆んなですかね? 勿論、自分は大丈夫ですけど)
(皆んな。ちょっと面倒なお嬢様が、いるけど俺が何とか引っ張ってくるから)
面倒…… また微妙な言い回しを。
でもアキさんとカオリさんは、何とか上手くいきそうって事ですかね。
29日、昨日で今年の仕事も終わり今日は朝から部屋の片づけ。実家にお土産も買い帰省の準備を終わらす。
よし! 今日は、思いっきり飲んで久々に四人で楽しむぞ!
夜、ユウさんの店[ピッグペン]へ。
[本日、貸切!]
入り口のドアに紙が貼られていた。
ユウさん頑張ったなぁ〜〜。まだ今日ぐらいは稼ぎ時だろうに。
店に入る。誰も居ない。
奥からユウさんの声が。
「ご馳走作ってるから、ちょい待っててね。アキたちもそろそろ来ると思うし」
既にテーブルには、料理があるのに。気合い入ってるなユウさんも。
ユウさんも席に着き、少し話ながらアキさんたちを待つ。
カオリさん来るのかな? と思ってたら
ユウさんが、
「ん〜〜 遅いな。カオリ渋ってるのかな? 」
「どうなんすかね? あの二人」
特にその言葉に、何かを言う訳ではなく首を少し傾げるだけのユウさんだった。
カラ〜ン と音がしてアキさんが入ってきた。アキさんだけ? と思ったらその後からカオリさんも入って来た。恥ずかしそうというか照れくさそうという表情をしながら。
店の真ん中に置いたテーブルに、四人が席に着いた。
久しぶりだ。ただ素直に嬉しかった。
ユウさんが、冷蔵庫からシャンパンを出してきて音を出しながら栓を開けた。
「クリスマス過ぎたけど、折角だからさっ! 」と言いながらシャンパンを注ぐ。
シャンパングラスでも無くワイングラスでも無く、ロックグラスに。
「シャンパングラス無いの? せめてワイングラス出してよ〜〜。気分出ない」
カオリさんの初めての声が、グラスに対する愚痴。
「クリスマス終わったんだから気分なんて関係ないだろ。ワイングラスは洗うの面倒だから。飲めればいいんだよ! 」
ユウさん…… 飲み屋のマスターが言うことでは無いと思いますが……
いつ以来だろう、四人での乾杯。
自分の今年の色んな思い出には、必ず四人での乾杯があった。またこうやって乾杯出来るなんて。
「今年、一年お疲れ様でした。マコちゃん! この街に来てくれて俺達に付き合ってくれてありがとう。カオリちゃんも、まっ、色々あったけど仲良くしてくれてありがとっ! ユウちゃんも、ん〜ん〜まぁいいや。ありがと。じゃ乾杯! 」
珍しくアキさんが乾杯の音頭を。
「かんぱ〜い! 」皆んなの声が店内に響いた。
アキさんが、改めて『ありがとう』なんて言ったので、自分も思わず、
「こちらこそありがとうございました。
こんな、よそ者の自分を温かく相手して貰って。おかげで楽しい一年でした。来年も宜しくお願います」
「なんか、キモっ! マコが真面目に話すとキモいんですけど〜〜! 」
久しぶりにカオリさんのキツいツッコミを食らったが、ちょっと嬉しかった。
ユウさんの美味しい料理を食べ、四人で飲む楽しいお酒を飲み最高だった。
アキさんが持ってきた物を出す。
パン。アキさんのパン。
少し捻れた形のパンだった。
「なんか綺麗な形。花っぽい。何て言うパンなの? 」
カオリさんが訊いた。
「クノーテンと言うパン。バターと砂糖が少し多い甘めのパン」
「何か、意味あるんすか? このパンには」意味の無い物を作らないアキさんなので訊いてみた。
「クノーテンの意味が『結ぶ』。だから生地を結んで作るパン、それだけ」
アキさんが答えてる最中に自分とカオリさんは、既にパンにかぶりついていた。
「うまっ! 少し甘くて、んっ細かいアーモンドみたいなのが入ってます? 」
「うん。シナモンとか入れるのもあるんだけど、今回のはアーモンドパウダーと細かくしたアーモンドをアクセントにして入れてみた」
「美味しいっす」
「マコさ〜〜、今年一年アキさんのパン、食べて来たのにさ〜〜。美味しいに決まってるでしょ! 当たり前の事、言わないでよ! 」
その通りです。アキさんのパンを食べる度に感動した一年でもあった。
楽しい時間は、あっという間。名残惜しさしか無かった。
アキさんが、
「マコちゃんさーー、カオリちゃん送ってくれる? 」
へっ? 自分が…… ですかね。
「アキさんが、送って〜〜 」カオリさん。
「ごめん、ちょっとユウちゃんに用事あるから」
「え〜〜、じゃ〜〜 用事済む迄待ってる」
「ごめんねーー。大事な用事なんで。そういう事なんで、マコちゃん頼むよーー 」
そう言われたら…… カオリさんも渋々帰る事に。
帰り際、アキさんが自分に、
「気をつけてね。カオリちゃんの事、頼むよ! 」と、肩をポンと叩かれた。
帰り道
「何か、今日のアキさんいつもと違ったような…… 何かありました? カオリさん」
「あった! ……って言いたいけど。ない。久しぶりに皆んなで会ったからアキさんも嬉しかったんじゃ? 」
「アキさんとは…… 少し距離、縮まりました? 」
「わからない。でも信じるしかないかな?上手くいくって」
「頑張って下さい、カオリさんらしく」
「何? マコは、もう私の事 諦めたの? ん〜〜 それはそれで何か悔しい」
「悔しいって。じゃもう少し粘りますかね」
「ストーカーだ! 助けてください〜〜 」
結局、からかわれるのがオチなんですよね。
「明日帰るの? 気をつけてね。……ありがとねっ、今年一年。良いお年を」
らしくない言葉を残し、カオリさんは家に帰った。
翌日。
来年も宜しくと、この小さな街に言い残し自分もこの街を出た。
平穏に実家でお正月を過ごし、また今年もお世話になるこの小さな街に戻って来た……
雪が…… ぼたぼたと降り、やがて雪が雨に変わった。冬なのに…… 雨って。
自分にとって…… 雨は……
何日か前まで居た所なのに…… 何故か初めて来た街の様に、なにかが…… 変わった様な……
第7章 終
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