第147話 史上最大の決戦―kiss of war―④

 幼馴染はかく語りき。


 ――あたしがこの戦いに勝ったら、奏太は大海原に漕ぎだすことを誓いなさい。


 正直、戸惑った。

 戸惑い過ぎて対処が遅れた。


 唯花ゆいかは猛然と攻めてきている。

 その手にはぬいぐるみのネコ美さんが握られ、不可避の三連撃が打ち込まれる。


「食らっちゃえ、奏太そうた! これが新たな銀河の幕開けだーっ!」

「この狭い部屋からついに話が銀河レベルに!?」


「そう、これは輝く銀河の息吹――オンリーフラワー・ギャラクティカ・ネコ美さーんッ!」

「マグナムでもファントムでもなく、ネコ美さんなのか!?」


 部屋中に星の輝きが満ち、それが一気に収束して、唯花は流星のような攻撃を放つ。


 一撃目はネコ美さんの頭。

 二撃目はネコ美さんのしっぽ。

 三撃目は唯花自身。


 星のエフェクトはあくまで唯花の脳内の事柄だが、どんなイメージを持っているのか、幼馴染ゆえ俺も感じ取ってしまう。


 今、部屋のなかは壮大な宇宙に変わり、恐竜を絶滅させるような流星がこっちに向かってきていた。


「くそ……っ」


 俺は瞬時に10万光年ほどバックダッシュ。

 しかし唯花はすでに光速を超えている。たったの10万年すら時間稼ぎすることができなかった。


「何かないか、何か……!」


 付近の銀河をサーチし、見つけたのは次元の狭間に封じられた、ビームソード。

 別名『貼る場所がなくて勉強机と壁の間に置いとかれている、丸めたポスター』である。


 俺は必死に手を伸ばして、素早くそれを掴んだ。

 ビームソードでオンリーフラワー・ギャラクティカ・ネコ美さんの流星を撃墜!


「せぇい!」

「にゃに!?」


 ネコ美さんの頭をぺち!


「せぇい!」

「にゃに!?」


 ネコ美さんのしっぽをぺち!


「せ――」

「ご主人様、あたしのこともぶつの?」

「――は!? ぐ、ぐぬぬ。いやそれは……っ」


 ぶりっこポーズでうるるっと見つめられ、ビームソードが光を失った。

 途端、唯花も机の横のポスターを引っこ抜き、


「めーんっ!」

「あいてっ!?」


 ぺちこんっと脳天唐竹割りされた。

 ネコ使いのあざといメイドは「にゃははっ」と超ご機嫌。


 銀河が弾け、周囲が元の部屋に戻り、俺は「おまっ、卑怯だぞ!?」と叫び、唯花は「戦いは常に非情なものなのです!」とノリノリ。


 両者はポスターを握り締め、部屋の中央で互いに斬撃を放った。


 唯花はまたもや脳天を狙った容赦ない一撃。

 俺はあくまで峰打ちをイメージしたツインテール狙いの一撃。


 ぺちこんっ!

 二本のポスターがぶつかり合った。


「ほう、やりおる! なのです!」

「くっ、どうしてこんなことに!? 俺は銀河の平和を守りたいだけなのに……っ」


 丸く白い刃を間に挟み、互いの視線が交差する。

 つば迫り合いの形だ。


「もうやめろ、唯花! 争いからは何も生まれない……っ」

「くっくっくっ、何を言っているのやら。汝も決戦を所望してこの地を訪れたのであろう?」


「そ、それは……っ。だが今となっては戦いどころじゃない。俺はこの件に関して、ちゃんと話し合いがしたいんだ……っ」

「言葉など無意味。我らは所詮、刃を交えることでしか分かり合えぬ定めよ」


 ちくしょう、こいつ、本当にノリノリだ……っ。

 話し合いの余地がない。


 ちなみにさっきまで手に持っていたネコ美さんは、今は唯花のツインテールの間に移動していた。


 話している間にずりずりと額まで下がってきて、だんだん唯花じゃなくてネコ美さんと目が合い始める。


 なんか……ヘタレ顔のぬいぐるみに仰々しい口調で語りかけられているような気分になってきた。


三上みかみ奏太よ、目覚めるのです。すでに新たる銀河の歴史が始まろうとしている。汝は時代に選ばれたのだ」

「いや別に誰も選んでくれなんて言ってないぞ……っ」


「ふっ、選ばれし者は皆そう言う。しかし己が宿命からは逃れられぬ」

「宿命だと? 一体なんの話だ!?」

「知れたことよ」


 ネコ美さんで顔が隠れたまま、厳かに唯花は言う。


「多くの仲間たちがお前のことを待っているはずだ」

「……は? なん、だって……?」


 思わず息をのんだ。

 多くの仲間が俺のことを待ってるだなんて……そんなことを唯花に言われるとは思わなかった。


 だって、淋しがり屋で甘えんぼうなあの唯花だぞ?


 俺は普段、この部屋で生徒会長や番長たちの話をしない。

 出来るだけ自分の交友関係には触れず、学校のことやバイトの先の話題は最小限に留めている。


 今でこそ自然に話題に出る伊織いおりのことでさえ、以前は会話に出す時は細心の注意をしていたほどだ。


 それはひとえに唯花を淋しくさせないため。

 俺が唯花だけを見ていることを空気で伝え、安心させるためだ。


 なのに……唯花の方から俺の交友関係に触れてきた。


 まだ戸惑いを残したまま、クロスしたポスターの向こうを見つめる。


「唯花、お前は……」

「今の我はネコ美ベーダ―。ライトエクスカリバーを持つ、仮面の騎士」


「ネコ美ベーダ―、お前は……」

「うむ」


 つい乗ってしまったが、いやおかしいだろ。

 お前は俺の父親なのか。真面目なテンションにギャグぶっ込んでくるのは勘弁してほしい。


 ……と思ったが、ひょっとしたら別キャラになってるからこそ、唯花はさっきのような発言が出来たのかもしれない。


 だとしたら、俺も多少は言い返せるはずだ。

 今こうして刃を交えている相手は唯花ではなく、ネコ美ベータ―。


 仮面の騎士が相手なら変に遠慮する必要もない。


「ネコ美ベーダ―、お前の言っていることの是非は今は問わない。仲間と広い世界ってやつに出れば……俺もそれはそれで楽しめるような気もする。でもさ、俺の夢っつーか、目標は……」


「なんだ?」

「いや、その……」


 いざ言おうとして、言葉に詰まった。


 きっと唯花はあの日の会話なんて覚えてない。

 俺だけの勝手な目標なのかもしれない。


 だがここまで来て、引くこともできなかった。

 意を決して告げる。


「俺の目標は……」


 あの日の誓いを胸に。


「唯花と、海の見える家に住むことなんだ」



                       次回更新:3/18(水)予定

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