第76話 ウチの幼馴染はダンベル持てない……とかもう関係なくなってきた件

 さて、突然だが。

 小学生くらいの時って、スカートめくりが流行ったりするだろう?

 あ、断っておくが、もちろん俺は唯花ゆいかのスカートをめくったことなんてないぞ?


 むしろ唯花が幼い伊織いおりに自分のスカートを穿かせて、面白半分にめくろうとしているのを『やめて差し上げなさい……』とたしなめていたくらいだ。


 もちろん正直に言えば、俺だって唯花のスカートをめくりたかった。

 でも子供心にそれはいかんじゃろと理解し、耐え忍んでいたんだ。


 それがどうだろう。

 高校生になってから、まさか俺の方が唯花にめくられることになろうとは。

 いや、めくられたのはスカートじゃなく、ワイシャツの裾なんだけどな。


 現在、唯花は俺のワイシャツの裾をむんずと掴み、歓声を上げている。


「きゃー! 本当に腹筋割れてるっ。すごーい! 奏太ってばたっくましー!」

「くっ、こんなあほみたいな状況なのに、褒められてちょっと嬉しい自分が情けない……っ」

「ねえねえ、触っていい? って聞いても、やだって言うだろうから勝手に触るねっ。はい、奏太、自分でワイシャツ持ってて。あたし、両手で触りたいから!」


 問答無用でワイシャツの裾を握らされ、間髪を容れず、むき出しの腹に唯花の手のひらがぺたりと触れた。


「ぬわ……っ」

「? ちょっとぉ、動かいないでよー?」

「いや、お前、これはさすがにちょっと……っ」


 ワイシャツ越しの時とぜんぜん違う。

 柔らかい手のひらにまさぐられる度、まるで電流が走るみたいに全身がぞわぞわした。


 が、そんな俺の動揺なんてどこ吹く風で、唯花は遠慮なくぺたぺた触ってくる。


「わー、固ーい。ガチガチだー。でも柔らかさもあって不思議な感じ。女の子はこんなふうじゃないもんね」

「……っ」


 セリフが絶妙におかしい!

 腹筋だよな? 腹筋の話をしてるんだよな!?


 唯花は筋肉の付き方を確かめるように、さらにさわさわしてくる。


「すっごくおっきいね。それに立派。触ってると、なんだかドキドキしちゃう」

「……っ」


 絶妙におかしいっていうか、もう根本的におかしい!

 こやつ、わざとやってんじゃなかろうな!?

 いかん、このままだと理性が死ぬ……っ。


 危機感を覚え、俺は唯花の手首をがしっと掴んだ。


「終わりだ! お触りはここまで!」

「えー、なんでー?」

「なんでじゃない。いつまでもこんな羞恥プレイさせられてたまるか」

「羞恥? 奏太、お腹見られたり、触られたりするの、恥ずかしいの?」

「お嬢さん、普通、恥ずかしくないやつがいるかね……?」


 唯花は不思議そうに首を傾げる。


「あたし、相手が奏太だったら別に恥ずかしくないよ?」

「は?」


 唖然とする俺。と、無造作にジャージのジッパーを摘まむ、唯花。

 そのままジーッと下ろすと、ずっと抑えつけられていたFカップが弾けるように解放された。


 いつもならここで俺の視線は釘付けになる。

 だが今日はさらに続きがあった。


 ジャージの下は体育着。唯花はジッパーを下ろし終えると、これまた無造作に――ぺろんっとその裾をたくし上げた。



「ほら、あたしのぽんぽん」



 当たり前みたいに見せつけられ、俺は「――ッ!?」と言葉を失くす。

 まるで冬の朝に積もった新雪のように白い肌。ほっそりとした腰は折れてしまいそうなほど細く、小さなおヘソが可愛らしい。

 

 クラッときた。

 そのまま失神してしまいそうだった。

 以前に唯花の下着姿を見てしまったことはあるが、こんなふうにウェストだけを集中して見たのは初めてだ。


 しかも自分から体育着をたくし上げてくれている。

 非日常的なシチュエーションと魅惑のウェストに心を奪われ、俺の理性さんは怒涛の勢いでライフを削られていく。


 正直に言おう。

 俺はこれまで唯花のFカップにばかり目を奪われていた。


 しかし今この瞬間、新たな扉が開いた気がする。

 ウエスト、いいな……。 


「奏太ー? どったの? 石化の魔眼にやられたみたいに固まっちゃって?」

「……ちょっとタイム。今、未知なる地平へ思いを馳せてるところなんだ」

「はぁ、まあいいけども」


 理性さんは今もライフを削られ中だ。

 俺は平常心を保つため、大きく深呼吸する。

 すると体育着をたくし上げたまま、唯花がとんでもないことをのたまった。


「んで、触んないの?」

「――っ!? は? え、なにを……?」

「だからあたしのお腹。奏太のも触らせてもらったから、これでお相子あいこでしょ?」

「なん、だと……っ」


 当たり前のような顔で、唯花は今もお腹を見せている。

 そこにはいやらしさの雰囲気など微塵もない。


 ――奏太が触られて恥ずかしそうだったから、自分も触らせてお相子にしとこう、とでも言うような邪念ゼロの顔だった。


 たとえるなら子供の頃、『昨日、ドーナッツ半分くれたから、今日はあたしのチョコレート半分あげるね。これでお相子♪』と言っていた時のような顔だ。


 俺は戦慄する。

 ……どうやら唯花のなかでお腹を触り合うことはエロいことではないらしい。

 つまりはこの娘、気づいていない。白くて細いウェストを見て、俺が今めちゃめちゃエロい気持ちになっているとまったく気づいていない!


「ああまったく! なんでウチの幼馴染はこう、変なところで無防備なんだ……っ!?」

「ど、どうしたの!? なんで体を極限までねじりながら苦悶の表情をしているの!?」

「黙らっしゃい! 触っていいなら触るぞ? ほ、本当に触るぞ!?」

「え、あ、うん。だから触っていいってば」


 唯花はひょいとさらに裾をたくし上げる。こっちが触りやすいようにという配慮だ。そんな気遣いがさらに理性さんのライフを奪い、頭のなかで天使と悪魔がバトり始める。


 ……ほ、本当にいいのか!? やっぱりマズいんじゃないのか? いやでも唯花はエロいことだと思ってないし、ちょっと指先でつつくくらいいいんじゃないか? いやいやいや、そういう問題じゃないだろ!? あおいちゃんにお説教されたのを忘れたのか!? ぐっ、それは確かに……! けど、そもそも幼馴染だったらお腹に触るくらい普通な気がしなくもなくないか!? いや、ねえよ! そんなん、もう幼馴染って言わねえから!


 もう天使と悪魔がぐちゃぐちゃで、俺は手をちょっと前に出し、しかしすぐに引っ込め、もう一度前に出し、さらに引っ込めを繰り返す。

 すると、そんなことをしている間に唯花が――気づいた。気づいてしまった。


「奏太ってば、何をそんなに迷ってるの……って、――あ」

「え?」

「……おっぱいチラ見してる時の顔だ」

「――っ!」


 俺は瞬時に手を引っ込めた。

 そのまま華麗にバックステップし、反転。プラス宣言。


「俺は――今から饅頭になる!」

「お饅頭? え、なんで?」

「うおおおおおおおおおーっ!」

「ちょ、奏太!?」


 唯花のポニーテールが烈風で揺れるほどの勢いで跳躍し、俺はベッドの布団へと飛び込んだ。


 ルパンダイブ寸前だったリビドーを布団への突撃に転化したのだ。

 流れるような動きで饅頭を形成し、自らを封印。そしてあらん限りの声で叫ぶ。


「見ていてくれ、伊織! そして葵ちゃん! 俺は耐える! 無防備な幼馴染のド天然な誘惑から耐えきってみせるぞおおおおっ!」

「……えーと、奏太? 奏太さーん?」

「耐えきってみせるぞおおおおおおおっ!」


 布団の外からの呼びかけは全力でスルー。

 饅頭は心の要塞と化し、俺は倫理観の防波堤である伊織が帰宅するまで、延々と籠城をし続けた。


 あとそれから。

 俺がウエストの良さに開眼したことについて、唯花がどこまで把握してしまったかは……正直、怖くて聞けてない。

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