第58話 ツッコみ不在のとんでもない世界②
前回までのあらすじ!
ウチの
それも自然に、当たり前みたいに……。
で、その言われた少女、
伊織、本当、お前誰に似たんだ……?
かれこれ2人が部屋に入ってから、一時間半が経過していた。
俺と
何かある度、派手にリアクションをしていたせいで、情けないことにすでに虫の息だった。
「そ、
「それで回復するなら俺も買ってきたいところだが……残念ながらここには課金カードが存在しない。その資金は伊織の部屋の新刊漫画に変わったからな……。ほら、その漫画で2人が盛り上がってるぞ。良いことしたなぁ、俺……」
「ふっ、その善行の代わりにあたしとのハグを逃したけどね……?」
「ノーブラハグのことは言わないで下さい、お願いします、今でも惜しいことしたと悔やんでるんです、マジ辛い」
ほろり、と涙を浮かべつつ、俺はぐったりと言う。
「とりあえず……ここからはテンション下げていこう。これ以上、騒いでいたら本当に心と体が保たん」
と言った矢先、壁の向こうからさらに新たな火種が放り込まれた。
「『伊織くん、漫画だけじゃなくてライトノベルもいっぱいあるよね』」
「『うん、男子向けばっかりだから葵ちゃんはあんまり読まないかもしれないけど……』」
「『そ、そんなことないよ。実はわたしも最近読んだシリーズがあるの』」
「『え、本当? 僕も知ってるタイトルかな?』」
「『えっとね、ファンタジーの世界で脱獄する話……そこの本棚にあるやつ。教室で伊織くんが男子のみんなと面白いって言ってたから』」
俺と唯花は同時にカッと目を見開いた。
ほぼ屍と化した体に血が巡り、小声の大声モードが再起動。
「(きゃーっ! きゃーっ! 好きな人の好きなものが知りたくて、観たり読んだりしてみちゃったりするやつ! アニメとか漫画であるあるの展開! いいな~、あたしも一度でいいからされてみたいーっ!)」
「(はいはいはいっ、好きな人の好きなものが知りたくて、いつの間にか本人より詳しくなっちゃうパターンのやつなっ。ベタか! でも嫌いじゃないぜ! 一度でいいからやってみたいところだよな。まあ、実践するやつは初めてみたが!)」
と、壁づたいに立ち上がったところで、やっぱりHP切れになり、がっくんと崩れ落ちた。2人一緒にぜーぜーと肩で息をする。
「し、死んじゃう。アイテムがダメなら衛生兵を呼んで……」
「メディーック……って呼んだらヘッドショットされるだろ、だいたいどの映画でも……」
そんなことを話していたら、唯花が唐突に「あ」とつぶやいた。
視線はテーブルの上のノートパソコン。
「演習の更新時間過ぎてるのにチェックするの忘れてた。奏太、ちょっと確認して」
「艦隊ゲームか……。いや俺よりお前の方がテーブルに近いだろ……」
「あたしより奏太の方が体力あるでしょ? 確認してっ。しーてー!」
「へいへい……」
俺はボロボロの体に鞭打って移動。
隣の部屋のイチャイチャ爆心地から遠のいたおかげでちょっと落ち着き、ノパソの画面を見る。
「潜水艦の6隻編成がいるぞ」
「あ、じゃあ海防艦ちゃんたちでS勝利しといて」
「それよりドイツ駆逐の方がいいだろ。次のイベントの舞台って確かヨーロッパだったろ? なのにまだレベルが90前半じゃないか」
「えっ、そうだっけ? もうカンストまでいったと思ってた……」
「イタリア駆逐も混ぜてソナーセットで出しとくぞ。ほい、S勝利」
「うみゅ、くるしゅーない」
仕事を終え、俺は壁際へと帰還する。
唯花元帥が肩を叩いて労ってきた。
「良い働きだったぞよ。……奏太って自分があのゲームやってるわけじゃないのに、やたらと詳しいよね? 普通、ノンプレイヤーがイベントの舞台まで把握してないよ?」
「あー、バイトの休憩時間とかにwiki眺めてるからな。いつの間にかクセになってたんだ。まあ習慣だな、習慣」
「へー、変な習慣」
「だなぁ。俺もそう思う」
はっはっはっ、とアニメの場面転換前のように朗らかに笑い合う。
いつの間にか謎の習慣がついてるなんて、世の中、不思議なこともあるもんだ。
さて、再び壁に耳を押し当てると、さっき言ってた伊織の好きなラノベのことで盛り上がっているようだった。
「『葵ちゃんはどのキャラが好き?』」
「『えっと、わたしは……監獄で出逢った踊り子のヒロインかな。好きな人のためにあえてウソをつくところとか、じーんっとしちゃった』」
「『あ、分かる。好きな人のためにウソをつくって……僕もすっごく共感しちゃう。本当、共感しちゃうよぉ……はぁ』」
「『が、頑張って伊織くんっ。わたしも頑張るから……っ』」
なぜか伊織がため息をつき、なぜか星川葵ちゃんが励ました。
「『あ、ごめんっ。僕がため息ついたらダメだった! ごめんね、葵ちゃん。僕、頑張るからっ』」
「『ううん、大丈夫。一緒に頑張ろっ』」
「『えっと、じゃあ……話の続き。えとえと、そうだな……』」
その時、ふいに俺の第六感が反応した。
伊織の今の雰囲気、これはマズい。理屈よりも先にマズいという感覚が胸に広がった。
しかし自分の感覚にまだ理解が追いつかない。なんだ? 俺は何をマズいと思っているんだ?
すると、ぱっと唯花が腕を掴んできた。
顔を見て、俺と同じことを感じていると分かった。
「(唯花……? はっ、そうか!)」
「(奏太……っ、うん、そうだよ!)」
俺たちは同時に気づいた。
伊織の今の雰囲気。これは……唯花が空回ってやらかす時の雰囲気だーっ!
「(駄目だ! 伊織、喋るな! 一拍置いて深呼吸しろ……っ!)」
「(早まらないで、伊織っ! お姉ちゃんみたいになっちゃダメーっ!)」
俺たちの祈りは届かず、伊織は朗らかな声で述べてしまった。
「『えーと、あっ、そうだ!』」
明らかに頑張り過ぎて空回り、しかもそれに気づいていない雰囲気で。
「『このラノベ、えっちな展開が多いけど、葵ちゃんはどのシーンが好き?』」
「『え、ええ……っ!?』」
少女の戸惑いの声が響き、俺と唯花は「「ガッテム……っ!」」と天を振り仰いだ。
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