第12話 放課後、今日も今日とて、幼馴染を巫女さんにする。

「さて、と。どう入っていくべきか」


 俺はいつもの扉の前でしばし考え込む。

 昨日は扉を開けた瞬間にぬいぐるみが飛んできた。まさか二日連続ってことはないだろうが、さすがに無防備に入っていくのは浅慮というもの。


「たまにはノックせずに入ってみるか」


 唯花ゆいかは万年パジャマだから着替え中というパターンはない。万に一つの確率で着替え中だったとしても、それはそれで超ラッキーだ。

 というわけで、いきなりドアノブを回した。


「唯花、来たぞー」

「え、うそっ、奏太そうた!? もう来る時間!? っていうかノックは!?」

「およ?」


 俺は軽く目を瞬く。

 唯花のリアクションは予想通りだったが、部屋の様子がいつもと少し違った。何やらメモ書きのされたルーズリーフが散乱している。

 

 唯花はガラステーブルにノートパソコンを置き、ルーズリーフの海のなかでタイピングをしていた。いつもやっている艦隊ゲームはクリック操作なので、これも珍しい。


「タイピングゲームでもしてるのか? 俺もやったことあるぞ。単語打ってゾンビ倒すやつでさ――」

「あーっ、こっち来ないで! メモも見ないで! 乙女の部屋にノックもせず、手土産もなく、馬車にも乗らずに来るってどういうことよーっ!?」

「謁見に馬持参とか、いつからお前は王侯貴族になったんだ。馬で他人様の家に突入するのなんて、裸王かトーホー不敗ぐらいで十分だろ」

「なんでもいいからとにかくストップ! 良いって言うまであたしの手元見ないで!」


 すごい速さでノパソを閉じると、同じくすごい速さでルーズリーフを拾い始める唯花。

 俺は首を傾げつつ、一応、視線を逸らして、壁のポスターやらフィギュアやらを眺める。

 よく分からんが、逆らわない方がよさげな雰囲気だ。


「……まったく、明日はちゃんとノックしてよ。まあ、時間を忘れて没頭しちゃったあたしもあたしだけどさ」

「没頭ってタイピングゲームにか?」

「……別にゾンビは倒してない」

「あっ、ひょっとして俺へのラブレター書いてたとか?」

「……幼馴染が幼馴染にラブレターなんて書いてどうするのよ。とくにあたしが奏太に書くなんて色々あり得ないでしょ?」

「……ですよねー」


 一瞬、ちょっと本気で期待したんだが、どうやらラブレターではないらしい。

 ま、何にせよ、没頭できるものがあるのは唯花にとって良いことだ。ここは変に触れずに見守っておこう。


 そんなことを考えていたら、ルーブリーフの束を勉強机にしまい、唯花が妙に不敵な笑顔で振り向いた。


「さてさて。あのね、今日は奏太にお願いがあるの♪」

「全身全霊でお断る」

「お断らないでよ。まだ何も言ってないじゃない」

「唯花のそういう前振りの後、俺はロクな目に遭ったことがない。今も一瞬で全身に嫌な予感が駆け巡ったわ」


「何よー、別にカンタムファイトで優勝してとか言うわけじゃないよ? ただちょっとギアナ高地で修行するような気分になってくれればいいだけ」

「それ途中でデビルカンタムに遭遇するじゃねえか。機体交換イベントが発生するほどの大事じゃねえか」

「その例え、言い得て妙! はい、後ろをご覧下さい。それが奏太の新しい機体です!」

「はあ? 何を言って……げっ」


 後ろを振り向いて絶句した。入ってくる時は気づかなかったが、扉の内側のフックに衣装が掛けられていた。


 巫女服だ。

 白い着物の上着にミニスカートのような赤袴。ご丁寧に髪飾りまでついている。

 サイズは小さく、俺が着たらさぞかし面白おかしいことになるだろう。


「お前、こんなの……どっから手に入れたんだ? 通販じゃないよな……?」

「違う違う。伊織いおりの部屋にあったの。自分で作ったんじゃない?」

「あー……」


 説明せねばなるまい。

 伊織というのは今までもちょくちょく話に出てきた、唯花の弟だ。

 現在、中学二年生。こっそり『To Roveる』を愛読しているような健康的な中二男子なのだが、驚くなかれ、趣味が女装である。


 しかもすげえ似合ってるんだな、これが。

 なんせ超絶美少女な唯花の弟だ。姉に負けず劣らずとんでもなく可愛いくて、『奏太兄ちゃん、いらっしゃい! 今日は僕ともお話してってねっ』と駆け寄ってくる笑顔はまさしく天使だ。


 伊織がいつも着ているのは確か唯花のお古だったはずだが、この巫女服を見る限り、どうやら自作も始めたらしい。そういや昔から手先が器用だったからな。


「にしても、勝手に持ちだしてやるなよ。きっと伊織の大切なもんだろ、これ」

「大丈夫、奏太が着るなら怒らないよ、ぜったい」

「それはそうだろうけど……いや待て、伊織が怒らなくても俺が怒るわ。むしろ頭を抱えるわ」

「お願いっ。だってあたし、文化祭の奏太のメイドさん姿、見てないもん! 見たかったのに見てないもん! だから代わりにこれ着て見せてっ」

「……やっぱりそういう話かぁ」


 唯花に「お願いお願いっ」と拝まれ、俺は頬を引くつかせる。いつか来るだろうとは思っていたが、もう来たかという感じだ。巫女服なんてものがあったのも計算外である。


「なんで俺の女装なんて見たいんだよ……」

「だって投票で1位になったくらいのレベルなんでしょ?」

「あれはお祭りテンションのふざけ半分の投票だぞ?」

「いいから見たいのっ。実際に見たら、書く時の参考になる気がするしっ」

「ん? 参考? 書く?」

「あ、こっちの話! ね、お願い、奏太。可愛い幼馴染のあたしに可愛い奏太を見せて?」


 何か誤魔化すように早口で言い、わざわざこっちの手を握ってくる。

 妙に熱烈だな。それにいつもならダダをこねてくるところだろうに、珍しく真っ向から頼みにきている。こんなふうに素直に頼まれたら、応えてやりたくなるのが人情だ。が、しかし!


「唯花」

「ほえ?」


 俺は逆に唯花の手を握り返す。


「お前が着てくれ。俺は可愛い幼馴染の可愛い巫女さん姿がぜひ見たい!」

「もうっ、言うと思った!」


 当たり前だ。何が哀しくて好きな女の前で女装なんてしなくてはならんのか。

 俺は断固として着たくない。そして断固として唯花の巫女さん姿が見たい。

 

「だめっ、奏太が着るの! そのために持ってきたんだから!」

「いや唯花が着ろ! お前がきた方が絶対可愛い!」

「そりゃ男の子の奏太と比べればずっと可愛くなるよっ。当然ねっ」

「だろだろ? それを証明したいだろ? 証明してほしーなー!」

「あ、しまったっ。やっ! 奏太が着るの!」

「…………そっか。そんなに俺に巫女さん姿を見せるのが嫌なのか」

「えっ」


 唯花のテンションが上がりきったところで、俺はハシゴを外すようにわざとトーンダウンした。

 大げさに哀しみを称えて、寂しげに目を伏せる。


「ごめんな、無理言って。唯花が本気で嫌がってるのに、無理強いするなんてよくないよな……」

「な、なんか新しい技使ってきたっ!? ず、ずるい……そのテンションはずるいよね!?」

「なんで?」

「だ、だって……」


 手を握られたまま、唯花は恥ずかしさを誤魔化すように拗ねた顔をする。


「別にあたし、本気で着たくないわけじゃないし。巫女さんになって、奏太が可愛いって言ってくれるの、すごく嬉しいし」

「唯花、無理しなくていいんだよ。俺だってこれ以上、唯花にワガママを言いたくはない……」

「ワ、ワガママなんかじゃないよ! いつも奏太にワガママ放題なの、あたしの方だもん! たまに奏太が無理言ってきた時ぐらい、応えてあげたいっていつも思ってるよっ」

「はい、ということは?」

「う……っ」


 俺はドアのフックから巫女服を取って、颯爽と差し出す。

 頬が引きつる、唯花。

 勝敗はすでに決していた。


「わ、分かったよ、あたしが着てあげるよ、もうーっ!」


 地団太を踏みながら、唯花は巫女服を受け取った。

 ふははははっ、我が軍の完全なる勝利だぜーっ!


「じゃあ俺、後ろ向いてるからな」

「何言ってんの。着替え終わるまで外に出てて」

「え、でも唯花の衣擦れの音とか聞きたい」

「なに素朴な声でばか言ってるの。いい? 押し倒し前科のある奏太にそんな権利はないのーっ」


 背中をぐいぐい押されて、外に出された。しばらくして「もういいよ」と許可が下りたので、意気揚々と部屋に戻る。


「ど、どう?」

「おお……っ」


 恥ずかしそうにはにかんだ巫女さんが立っていた。

 今まであんまり伝えてこなかったが、唯花はストレートの黒髪だ。白い和服とのコントラストが非常に美しい。赤袴がミニスカートタイプだから、普段は見られない真っ白な太ももまで大サービスだった。


「み、見惚れてないで……感想は?」

「可愛いよ、唯花。世界一だ。この世の誰よりも唯花は可愛くて、きれいで、魅力的な女の子だ。俺は今、その確信を噛み締めている」

「なんで本気で褒めると、そう芝居掛かった口調になるかな、奏太は。……まあ、本気さが伝わってきて嬉しいんだけど。……ありがと」


 黒髪をいじって照れつつも、桜色の唇に小さく笑みが灯る。

 可愛い、本当可愛い。ずっと見ていられる。一週間見てても絶対飽きない。


「なあなあ、ポーズとかつけてみてくれ。こう巫女さんっぽく」

「あ……そ、それは無理」

「なんで?」

「えっと……」


 なぜか唯花はさっきから両手で胸を隠すようにしている。

 貝殻のビキニがあったとしたら、それがちょうど左右の手のひらになっているような感じだ。


「奏太は知らない? 結構、常識なんだよ。巫女服ってね……下着をつけちゃいけないの」

「んん?」

「だから、えっと……この上着、パジャマより生地が薄くて……」


 巫女さんは恥ずかしそうに身じろぎした。


「……透けちゃってるの」

「どこが?」




「ピンクのところ」




 ………………。

 ………………。

 ………………。


「やっぱり」

「え?」

「ゴッドカンタムは強え――……」

「奏太っ!?」



 はい、クラっときて、失神して、ぶっ倒れました。

 普段、エロ関連には厳しいくせに、さらっとこんなこと言っちゃう無防備さがウチの幼馴染の怖いところである。

 ちくしょう、もっと唯花の巫女さん姿を堪能したかった……。

 忸怩たる思いを抱えながら、俺は床へゆっくり崩れ落ちていった。



 追記。

 最後に一つ告白しておきたいと思う。

 三上奏太、17歳。今日から巫女さん派になりました。

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