第10話 査察なう

 俺の目の前を通り過ぎていきつつ速度を落とす査察団の馬車を、俺は幾分か距離を離した状態で後ろをついて行った。

 査察団を乗せた馬車が、鉱山の管理事務所へと横付けされる。やはりというか、あそこで話し合いなどは行われるらしい。

 馬車の扉が開いてまず先頭に立って降りてきたのは、まばゆいばかりの銀髪をアップにまとめたエルフの美女だった。細身の眼鏡もかけて、いかにもキャリアウーマンや敏腕秘書といった立ち振る舞い。

 後から降りてくる人々に指示を出しているらしい身振りを見るに、彼女が査察団のトップなのだろう。

 そのあまりにも眩しい美貌に見惚れていると、後ろからぱたぱたとかけてくる足音が聞こえた。振り返ると、俺の腰あたりの高さで膝に手をつく茶色い毛玉の姿。


「マコトさん、帝国の査察団の皆さんが到着しま……あ、あの方々ですね」


 アリシアが俺の身体から顔を覗かせるようにして、俺の前方、査察団の面々とその馬車を見やる。

 俺はそんな風に様子を窺うアリシアの頭をぽんと軽く叩きながら、困ったような表情を浮かべた。


「やっぱり俺、査察やら聞き取り調査やら、出ないとダメですかね?ああいうの苦手なんですけれど……」

「ダメに決まってるじゃないですか。地底湖の発見者がいなかったら査察にならないですよ」


 敢えて弱々しく回避を申し出てみたわけだが、バッサリと望みは断ち切られた。というかアリシアに真顔でぶった切られると予想以上にダメージがでかい。

 本当に、冗談抜きで、面接とか聞き取りとか苦手なんだけどなぁ。絶対緊張してまともに応対できない自信がある。

 しかし俺のそんな苦手意識など、数日前に知り合ったばかりのアリシアは知る由もない。清々しいまでににっこり笑って口を開いた。


「大丈夫ですよ、エドマンドさん達のパーティーも同席しますし。マコトさんはそんなにいっぱい説明しなくても大丈夫です」

「あ、なるほど?」


 その言葉に、俺は気持ちがだいぶ落ち着いてくるのを感じていた。エドマンド達が一緒にいてくれるならありがたい。ついでに説明も丸投げ出来たら嬉しい。

 そして俺はアリシアに背中を押されるようにして、査察団の待つ鉱山の管理事務所へと突入していくのだった。




 管理事務所の中は、普段とは大きく様相を異にしていた。

 労働者が休憩するスペースは、普段は雑多で雑然としているのにきちっと掃除がなされ、事務所のスペースには皇帝家の紋章が染め抜かれた旗が掲げられている。

 まるで大学の学長室とか、職員室とか、そんな雰囲気だ。

 そしてテーブルのこちら側にエドマンドを始め「四風の剣キャトルヴァント」の面々が、奥側に先程見かけた銀髪のエルフ女性を始め、査察団のメンバーが厳粛な面持ちで座っていた。

 事務所に入室した俺を、奥側中央に座ったエルフ女性がねめつける。その冷厳な眼差しに、俺の身体は冷や水を浴びせられたように硬直した。

 俺の背後から姿を現したアリシアが、一礼して口を開く。


「お待たせいたしました、万能霊泉ソーマスプリングの第一発見者である、マコト・オオゼキさんをお連れいたしました」

「ご苦労。ヴォコレは下がってよいわ。オオゼキさん、そちらの空いた椅子におかけになって」

「し、失礼します」


 アリシアの言葉を受けたエルフ女性が、こちら側の端の椅子、シルヴァーナの隣を指し示す。

 俺がテンパりながらも一礼して椅子に座るのを見届けたアリシアは、再び頭を下げて事務所の外へと出て行った。ちょっと心細い気分になるのはなぜだろう。

 気を何とか持ち直し、俺は真っすぐ正面を見据える。俺の真正面に座った壮年の男性が軽く頭を下げてきた。

 それにつられるようにして俺も軽く会釈をすると、エルフ女性がテーブルの上で両手を組みつつ口火を切った。


「役者も揃ったことですし、聞き取り調査を始めましょう。私は神聖クラリス帝国・魔導省霊泉監督庁長官、イーナ・ドットヴァイラー。今回の査察の全権を委任されています、以後お見知りおきを。

 まずは万能霊泉ソーマスプリングを発見した経緯について伺います。ニールソン、時系列順に説明を」

「はい、我々「四風の剣キャトルヴァント」は去る8月12日、城塞都市ヴェノの冒険者ギルドにてタサック村重金属鉱山の坑道調査任務を受注しました。

 その翌日に城塞都市ヴェノに転移してきた、こちらのマコトに協力を仰ぎ、8月14日にタサック村へと出立し――」


 イーナの自己紹介の後に、説明を促されたエドマンドが立ち上がって説明を始める。しかし随分と前の段階から説明を要求されたものである。だがこれは聞き取り調査、詳細な情報はあって困るものではない。

 その後も村に到着した後の話、鉱山の管理会社とのやり取り、調査初日での俺の鑑定と深部探知による源泉の発見過程、シルヴァーナとローランドを伴っての坑道の調査、と、順を追いながら人を変えつつ説明は続いていく。


「――以上が、我々が万能霊泉ソーマスプリングを発見した経緯となります。

 坑道に生じた亀裂から湧き出した水を汲み取ったものがこちらになります。お納めください」


 説明を終えたエドマンドが、坑道深くの水たまりから汲み取った温泉の水を収めた瓶を差し出す。

 瓶を受け取ったイーナが、中の無色透明な水を揺らしながら訝しげに口を開いた。


「確かに強い魔力の波動を感じますが、色は無色、気泡もないとなると決め手に欠けますね。

 鑑定させていただきます。よろしいかしら?」

「どうぞ、お任せします」


 イーナの発言にエドマンドが片眉を持ち上げつつ答えた。イーナは傍らに座る人間ヒューマンの男性に瓶を手渡すと、二言三言耳打ちをする。エドマンド達の表情が一気に硬くなる。

 頷いた男性が瓶の中で揺れる水に目を凝らすと、その目がみるみる見開かれていくのが見えた。


「この液体から発せられる魔力の波形、内包する魔力量……!万能霊泉ソーマスプリングに間違いありません!」


 男性の感動と驚愕がない交ぜになった言葉に、「四風の剣キャトルヴァント」の一同はホッと息を吐いた。第三者の、恐らくは見え方の異なる鑑定の結果を以て証明されたのだ、確証も持てるだろう。

 男性から瓶を受け取ったイーナはそれまでの表情とは一変したにこやかな微笑みを浮かべると、慈しむように瓶を撫でてみせた。

 その動作に俺はおや、という表情を隠しきれなかった。冷徹で真面目なキャリアウーマンだと思っていたけれど、どうやら別の一面もありそうな雰囲気だ。

 しかしその様子をすぐさま元の厳格なそれに引き戻すと、瓶を手にしたまま立ち上がった。


「実物は確認しました。次は地底湖の確認に行きましょう。皆さんも同行願います」




 問題の坑道の中を、瓶を抱いたまま歩くイーナを先頭に、査察団、エドマンド、俺、アリシア、シルヴァーナ、ローランド、マテウスの順でついていく一同。

 俺の傍らで嬉しそうに尻尾を振るアリシアが笑顔で俺に語り掛ける。


「ついに万能霊泉ソーマスプリングとご対面なんですね、私楽しみですっ!」

「アリシアさんのことだから、何がなんでもついて来ようとしただろう、とは思いましたけどね……」

「当然じゃないですか!伝説の温泉ですよ、伝説の!」

「ヴォコレ、少し静かになさい!坑道の中ですよ!」


 声を上げてはしゃぐアリシアを、こちらを振り返ったイーナがピシャリと制した。

 背筋をピンと伸ばしてきびきびと歩くイーナだが、その様子は何とも逸る気持ちを抑えるかのようだった。まるで渋谷の人気カフェに行くのが待ちきれず、でも駆け出していくことも出来ない、俺の元カノのようだ。

 程なくして足元にぽつぽつと現れだす水たまり。最初に発見した時よりも、僅かにだが広がっているように見える。

 しゃがみ込んで手近な水たまりの中を照らすようにランタンを掲げるイーナ。そのまましばし中を見つめると、俺の方を振り返ってきた。


「この水たまりの底の亀裂から、温泉が湧き出ているようですね。オオゼキさん、この下に地底湖は広がっていますか?」


 その問いかけに、俺は頷きを返した。地底湖の広がり方、広さについては先日までの調査で大体把握できている。

 情報を補足しようと、俺は口を開こうとした。が、イーナの手がそれを制する。


「分かりました、この下にあることが確実ならそれでいいのです。リュサン!」

「はい!シュヴェ・グラント・フォラージ、岩を穿て!」


 呼びつけられた虎の獣人ビーストレイスの査察団女性が一歩前に踏み出でて、両手をかざして呪文を唱えつつ、手を一気に振り下ろす。

 刹那、周囲の岩から集約した塵や石が集まって固まり、空中にドリル・・・を形成すると、水たまりの亀裂に勢いよく回転しながら突き刺さっていった。

 突き刺さったドリルは割れ目を広げながら岩の地面を砕き、くり抜いて穴を穿っていく。

 俺は瞬時に理解した。これが魔法だ・・・・・・ということを。

 この世界の魔法にはこれまで何度か接する機会があったが、こうして呪文を唱えて発動させるところを見るのは初めてだ。間近で見ると、やはり圧倒されるというか、ファンタジー世界にいるんだということをまざまざと見せつけられている感じがある。

 そうして俺が謎の感動に浸っていると、魔法を使っていた女性の身体が前方にぐっと傾ぐ。足を踏み出して堪えると、ゆっくり構えを解いた。


「ドットヴァイラー様、地底湖まで貫通したようです。確認願います」

「ありがとう、確認するまでもないわ。見てごらんなさい」


 イーナが腕を組んだまま、その場で微動だにせず口を開く。その視線の先には地底湖と太い穴でつながった水たまり。

 その水たまりのサイズが、今こうしてみている間にもじわじわと広がっていっているのが見て取れる。繋がる通路が広がったためだろう、恐ろしいまでの湧出量だ。

 その様子を見て嬉しそうに、それはもう心底嬉しそうに目を細めて微笑んだイーナが俺の方に向き直った。


「これほどまでに大規模で、湧出量の多く、力のある霊泉スプリングは世界を見ても例がないでしょう。素晴らしいものです。

 こちらの霊泉スプリングは帝国所有の貴重な財産として、霊泉監督庁で厳重に管理、運用させていただきます。

 その運用・・の件について、オオゼキさんのお力をお借りしたいのですが……」

「へ?」


 俺は思わず自分自身を指で指し示した。俺の力を?

 状況を飲み込めないで目を白黒させる俺に、イーナが追い打ちをかけるように言葉を重ねてくる。

 その内容はあまりにも現実離れしていて・・・・・・・・、あまりにも突拍子もなく・・・・・・、それでいてあまりにも魅力的であった・・・・・・・


「単刀直入に申し上げます。オオゼキさんにはこのタサック村に、温泉旅館を作って・・・・・・・・いただきたいのです・・・・・・・・・

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