第8話 金の卵なう

 俺の思考が数秒間、確実に微動だにしないレベルで停止した。

 もう一度、改めて目の前の水たまりに鑑定スキルを使ってみるが、鑑定結果は変わらず。目を疑うような効能の成分表が表示されていた。


「マコト?どうした?」


 水たまりを見つめたままで動かなくなった俺を見て、エドマンドが不思議そうに声をかけてくる。

 俺はその声にやっと顔をあげて、いっそギギギと音がしそうなくらいぎこちなく、後ろを振り返った。


「これ……温泉です……しかもかなり高いレベルで放射能を含むラドン泉・・・・です……」

「「ホウシャノウ?」」

「「ラドンセン?」」


 俺の発言に、四人ともが一様に首をかしげた。

 発言しておいてあれだが、まぁパッと言われてすぐに理解できる単語でもないよね、この世界に放射能の概念があるかどうかも分からないし。

 俺はどう説明したものかしばし脳内を整理する。そして何とかまとめたところで口を開いた。


「ざっくり言うと……この世界には、まぁ俺の世界でもそうなんですけど、何もしないでも勝手に壊れながらエネルギーを放出する物質、ってのがあるんですね。

 そういう、エネルギーを発しながら壊れていくことが出来る機能、もしくは性質を、放射能って言います。この放射能を持つ物質を放射性物質って言います。

 で、ラドン泉っていうのはそういう、放射性物質の一つであるラドンを含んだ温泉ってことです。ラドンは気体なので、空気中にどんどん出ていきますけどね。

 放射能を含む温泉は、温泉から発せられる放射能の影響で、薬効がとても高いです。俺の世界では、万病に効く湯・・・・・・とか呼ばれたり、三日入ればあらゆる病が消えるとか、言われてます」


 俺が説明を終えて、これで果たして分かってもらえただろうかと顔色を窺うと、ほぼほぼ全員呆気に取られていた。あの無表情なローランドですら目をカッと見開いていたから、驚きぶりは相当なものだろう。

 反応を見るにその効能の凄さは分かってもらえたようだが、どうだろうか。


「えーと、皆さん?」

「……源泉は」

「へっ?」


 目元に陰を落としたまま、ぼそりと呟いたエドマンドの声に、俺は思わず声を漏らした。

 途端にエドマンドの丸太のように太い腕が、俺の肩めがけて伸びる。思わず身をそらしそうになったが、そのまま肩をがっしと掴まれた。


「源泉はどこにある!?万病に効く湯だと、あの伝説の万能霊泉ソーマスプリングがここにあるだと!?

 大発見なんてもんじゃ済まねぇぞマコト、この坑道の重金属なんてどうでもいい、すぐに源泉を深部探知で探すんだ!!

 ローランド、お前も鑑定持ちだろ、ぼさっとしてねぇでその水たまりを調べろ!!」

「あ、ああ……!」


 エドマンドがゆっさゆっさと俺の身体を前後にゆすりながら、この坑道中に響き渡らんばかりの大声でがなりたてる。

 激しくゆすられ耳元で怒鳴られ、俺は頭がぐわんぐわんしてきていた。深部探知ダウジングを使おうにもこれじゃ使えないんですけれど。

 後ろを振り向いたエドマンドがローランドに呼びかけたところでやっと解放された俺は、俺の隣にローランドがしゃがみ込むのと同時に、へなへなとその場に崩れ落ちた。

 様子を見かねたシルヴァーナが俺の傍らにそっと腰を下ろす。


「大丈夫?」

「いや、頭がぐわんぐわんして……ところで、えっと、万能霊泉ソーマスプリングって、なんですか」


 未だ目の前に星が散っている俺の額に、シルヴァーナの細く色の白い指が、そっと触れた。そのまま俺の額を、やさしく撫でてくる。

 すぅっと熱が引いてくる感覚があって気持ちいい。


万能霊泉ソーマスプリングっていうのはね、帝国全土に伝わる伝説上で語られる幻の温泉のことよ。

 その湯は千の傷を塞ぎ、万の病を癒し、あらゆる命を救うとも言われているわ。

 泉自体が強い癒しのエネルギーを発していて、湧き出る洞窟に立ち入るだけで効果を発揮する、らしいわね」

「立ち入るだけで……あっ」


 シルヴァーナの説明に耳を傾けつつ、思考と感覚を落ち着けていた俺は、ふととある事項に行き当たった。

 それはオーストリアのバート・ガスタイン温泉のことだ。あそこもラドン泉として有名だが、それと同じくらいに有名なのが山の坑道を利用して行う「坑道療法」だ。

 あそこは坑道内の高い温度、高い湿度、高いラドン濃度が合わさって、1時間ほど内部にいるだけで健康増進効果があるということだ。

 ラドンは気体だ。この坑道の中にも、ラドンが充満しているに違いない。温度と湿度はバート・ガスタイン程ではないだろうから、ここだとそこまで健康増進に効果があるとは言えないかもしれないけれど。


「多分、この坑道の中も、条件が整えばそんな感じになるんじゃないかと……多分、ですけど」

「それじゃあ猶の事、源泉のありかを突き止めないとならないわね。

 探知系のスキルは精神集中が重要よ。意識を地面の下に集中させて、探すものを脳内で強くイメージするの。やってみなさい」


 シルヴァーナの言葉に頷きを返して、俺は坑道の地面に両手をついた。そのままぐぐっと顔を地面に近づける。

 まるで犬が地中のお宝を探すような姿勢だが、余計なものが視界に入るよりはこの方が意識を向けやすい。俺はそういう性質だった。

 そのままの姿勢で地面を見つめ、地面の下の下、深いところまで意識を伸ばしてゆく。この坑道中に水たまりとして現れるくらいだ、深さはさほどではないだろう。


 そして30秒ほど地面の中を探った俺は、ぽつりと呟く。


「……あった」


 その声は存外大きく坑道内に反響した。水たまりの傍にいたマテウス、俺の傍にいたシルヴァーナ、後ろで立って話し合っていたエドマンドとローランドが、一斉に俺の方へと視線を向ける。

 俺は地面に視線を向けたままで、得られた情報を口に出してゆく。


「この坑道の周辺に多数の地底湖が出来ているみたいです。大きさは様々ですが、大きなものはほんとに巨大。

 源泉は地下……500m、海抜マイナス400m付近ですね、ここから400m程奥に進んだあたりの地下です。

 湧出量が多いので、どんどん湧き出しては溜まっていって、地底湖を形成しているみたいです」


 深くないだろうと思ったが、地底湖を形成していてその地底湖が浅かっただけらしい。しかしあれだけの湧出量だ、形成する地底湖は相当な広さだった。

 きっとそこから温泉を引くだけで結構な湯量になるだろう。源泉かけ流しの湯船も夢じゃないぞ、うへへへ。

 そこでようやく俺は顔を上げた。後ろを振り向くと、ローランドと目が合う。彼はゆっくり頷いた。


「俺の鑑定でも、これは非常に強い癒しの力を持つ霊泉スプリングだと、結果が出た。

 万能霊泉ソーマスプリングだという確証はまだ無いが……非常にそれに近い、と言えるだろう」


 ローランドの隣でじっと話を聞いていたエドマンドが、はぁーっと長い溜息をついた。ぼりぼりと後頭部を掻きながら、呆れたような感心したような声を漏らす。


「まったく、とんだ金の卵を掘り当てちまったもんだな。

 マテウス!すぐに帝都の霊泉監督庁に伝令を飛ばせ!一刻も早くこのことを伝えるんだ!」

「はっ、はいっ!!」




 その日、タサック村は歓喜と熱狂に包まれた。

 伝説上で語られる万能霊泉ソーマスプリングが、地元の鉱山の地下に眠っていたという一大ニュースは瞬く間に小さな村の間を駆け巡った。

 帝都の霊泉監督庁がすぐさま源泉の確認と調査に来ることも決定し、村はタサック村の鉱山が開かれたとき以上に盛大なお祭り騒ぎが、夜を超えて翌日の朝まで続いたという。

 発見の立役者であり、先日商業ギルドに登録したばかりの来訪者マレビト、マコト・オオゼキは、飲めや歌えやの騒ぎに乗じてさんざん酒を飲まされ、翌日見事に二日酔いに苦しんだとの話である。

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