第99話 北との戦い⑱ グラ 対 イオ



 ◇イオ





「シィィッ!」



 グラによる横薙ぎの一撃……、先程までよりも数段速い。やはり今までの攻撃は小手調べだったようだ。

 しかし、速いと言ってもルーベルト以下。そして私以下である。

 一歩退くことでその一撃を躱し、剣が戻る前に踏み込み、間合いを消す。

 お互いに剣を振るうのが困難な距離。しかし刃を押し当て、引くだけであれば問題無い。


 通常、刃は引いて斬るものだ。これは剣術を嗜む者であれば常識と言っても良い。

 密度の高い、例えば樹木だったりを切断しようと思えば押す力も重要となってくるが、単純に斬るだけであれば、引く摩擦こそが重要となる。

 そのことについてトーヤによる説明を受けたが、分子結合を切り離すのには摩擦熱がどうのこうのと、よくわからないことを言っていた。

 まあ、理論は兎も角として、要するに斬ることだけを目的とするのであれば、大きな動作は必要ないのだ。剛体を破るには打ってつけの攻撃方法である。


 狙うのは斬り払いにより開いたわき

 トーヤによると、この箇所には比較的表皮に近い箇所に太い血管があり、かなりの出血が見込める。

 心臓が近く、止血が困難なことから、普通の種族であれば致命傷になり得るらしい。

 グラの表皮は金属のように硬いが、傷が付かないというわけではない。

 いくらトロールとの混血とはいえ、この暗がりでは瞬時に止血することもできないだろう。

 仮にできたとしても、瞬間的に大量の出血量が見込めるため、効果的であることは変わらない。

 トロールの特性である『光の加護』も、流石に血液までは生成してくれないからだ。



「っ!?」



 刃をわきに差し込む瞬間、グラがさらに一歩踏み込み、当身を仕掛けてくる。

 ほとんど密着状態であったため、ダメージはない。しかし、距離を離されてしまった。

 そして再びの斬り払い。今度はご丁寧に両手持ちに切り替えてきた。

 単純だが、これならばわきを狙われることもないし、素早く切り返しに移行できる為、悪くない攻撃だ。


 予想通り、グラは切り返して連続の斬り払いを放ってくる。

 私はそれを後ろに躱した。が、これは悪手だった。



「しまっ……」



 斬り払いは躱せた。

 しかし、同時に背に感じる壁の感触にゾワリとした悪寒が走る。


 恐らく、グラはこれを狙って横なぎの攻撃ばかりを仕掛けたのだろう。

 私に後ろに躱させ、追い詰める。単純だが有効な手だ。


 グラからすかさず片手突きが放たれる。



「チッ!」



 正中線の僅かに左寄り……心臓に目がけて放たれる突き。亜神流剣術 『心臓貫き』。



(……躱しきれない)



 だが、踏み込みからの斬り払いの直後で、グラの下半身も少し流れている。

 腰の入っていない突き程度であれば、『剛体』で十分に対応可能だ。

 私は心臓から軸をズラし、左肩に魔力を集中させる。


 しかし、『剛体』が発動すると思われた瞬間、突きが一瞬だけ減速する。

 『剛体』は発動せず、刃が肩口に触れた。



(『剛体』破り!?)



 瞬間、激痛が左肩に走る。

 同時に、私はその痛みを無視するように体を横倒しにしてその場から逃れる。

 貫通した箇所からさらに肉が引き裂かれることになったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。



「ふむ、良い判断だ」



 痛い。眼が眩むほど痛い。

 しかし、あのまま壁に縫い付けられていれば、私は間違いなく死んでいただろう。



「今ので終わりだと思ったのだがな。逃げられるとは思っていなかったぞ」



 グラの左手には既に別の剣が握られていた。

 私を縫い付け、次の一撃で仕留めるつもりだったようだ。



「……馬鹿の一つ覚えのように斬り払いばかり……、最初からこれを狙っていたのですか?」



「まあ、そうだ。速さには自信が有る者ほど、こういう絡め手にかかりやすいからな」



 私には、当然だが剣を受け止めるという選択肢もあった。

 それをしなかったのは、単純に剣の損傷を避ける為である。


 この剣――アントニオには、損傷を修復する機能もあるが、それには私自身の魔力を使うことになる。

 それは半ば自動的であるため、魔力の回復しないこの暗所ではいささか燃費が悪い。

 だからこそ回避を優先したのだが、それが仇になったというワケだ。


 恐らくグラはそこまで考えていなかっただろうが、私が速さに自信があるとみて罠を仕掛けてきたのだろう。

 それにまんまと嵌まった自分が、少し情けない。



「……あの突き技も、亜神流剣術ですか?」



「クックッ……、どうした? お前が見限った亜神流剣術に、少しは興味が出てきたか?」



「…………」



「……ふん、その通りだ。名を『刺槌しづち』という。対『剛体』用に生み出された技の1つだ」



 グラが答えずとも、私にはそれがなんとなく予想できていた。

 昔から見取り稽古は得意だったため、今の技の仕組みも大体理解できている。


刺槌しづち』……その仕組みは、のみや杭を打つ槌と同じ原理なのだろう。

 剣を相手に押し当て、柄目掛けて体重を乗せた打撃を当て、押し込む。ただそれだけのことだ。

 しかし、仕組みは簡単でも、その威力は絶大である。

 実際、私の肩は骨ごと貫かれており、残念ながらこの戦いの中での回復は見込めそうにない。



「はぁ……」



「……ん? どうした? まさか諦めた……というワケではないようだが」



「……当然です。ただ、折角これだけ技を盗める相手がいるというのに、早々に終わらせなければならない、というの状況が残念なのです」



 グラの目つきが細く、鋭くなる。



「ほう……、それは早々に私を倒す、というように聞こえるが?」



「その通りですよ。ええ、残念でなりません。恐らくお前は、私より剣士として上にいる存在です。このまま続けていれば負ける可能性も高いでしょう。……昔なら、それも良いと思えたかもしれません。しかし、今の私は、ただの戦士という立場だけではないのですよ」



 昔なら、戦士として潔く散るのも一つの道だと思っていた。

 しかし、今の私には、『荒神』の副将軍という肩書がある。自分の願望だけを押し通すことはできないのだ。

 それになにより、トーヤからの信頼を裏切るわけにはいかない。



「……剣士としての誇りは一旦捨てます。行きますよ」



 左手は上がらない。

 しかし、荷物になるという程でもない。



「ハァッ!」



 片手のみでの、全力の振り下ろし。

 当然、こんな真っすぐな一撃は簡単にいなされる。

 が、そんなことは一向に構わない。



「むっ!?」



 視界がブレる。グラの目にも、私は消えたように映っただろう。

 その為に、視界を遮るように剣を振るったのだから。



「まさか、これは、ルーベルト殿の……!」



 グラが何か言っているが、正直聞き取れない。

 ルーベルト本人であればあるいは聞き取れるのかもしれないが、今の私には無理だ。

 この速度に慣れるには、まだ時間がかかるだろう。

 いずれにしろ、長くは保てない。早々にケリをつける。


 神速の移動から、強引な薙ぎ払いを打ち付ける。

 勢いに負けたグラが吹き飛ぶが、私はその先に回り込み、更に剣を打ち付ける。

 ただ、それだけを繰り返した。



「グッ……、こ、こんな、馬鹿げた、グハッ!」



 グラの『剛体』が解ける。魔力限界がきたということだ。

 しかし、それはこちらも同じ。もう、この速度は保てない……

 最後の一太刀。それを喉を突くように放つ。だが……


 私の突きは止められていた。といっても、腕を二重に交差させ、喉に到達するのを防いだだけのようだが。

 それでも、金属のようなグラの腕は、片腕のみで私の突きを凌ぎきっていた。

 残った手に持つ剣は、力尽きた私を仕留めるだけの力を十分に残しているように見える。

 しかし……



「クッ……、危なかったが、どうやらそちらも限界だったようだな……。私の、勝ち…………っな!?」



「アントニオ!」



 剣の形状が変化する。これもトーヤとレンリが行ったという形状変化の真似事だ。

 不格好だが、突きを防いだ腕と、剣を握る腕を巻き取る。


 最後の力を振り絞り、全力でグラの背後に取りつく。



「最後まで……、こんな形で、申し訳ありませんが……。どうかこのまま落ちて下さい」



 裸締め。これもトーヤから聞いた技ですね。

 何から何まで、あの男は本当に刺激的で、私にとっては悪い手本過ぎる。



「グッ……、本当に、はは……、手癖の悪い、女、だ……」



 そう言い残し、グラの意識が落ちる。

 グラの体が後ろに崩れ落ちるが、それから逃れられる程の力は、もう残っていない。

 グラにつぶされる形となった私は、思わず呻きを上げた。



「クッ……、この男、重い……」



 正直、抜け出す力も残っていない。

 駄目だ、もう、意識が……



(まあ、良いか。とりあえず、勝ちましたよ? トーヤ……)



 そして、私の意識は深く沈んだ。


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