第94話 北との戦い⑬ 罠



 違和感がある。

 だが、それが何かわからない。



(……非常に嫌な感じだ)



 私は臥毘ガビやドーラ達ほど敵を侮っていない。

 何故ならば、奴、トーヤの配下にはトロール達がいるからだ。


 トロールは闘争本能が強く、好戦的。それは間違っていない。

 しかし、それと同時に戦士としての矜持、誇りを大事にしている。

 特に、自分たちの長に対する忠誠心や、掟を遵守することにかけては、他種族よりも突出していると言えるだろう。

 ただ、いくらトロールの忠誠心が高いと言っても、それはあくまでも自分達が認める存在だという前提あってのものだ。


 どんな種族であっても掟を破る者、秩序を乱す者は必ず現れる。

 そういった者達に対処する為の武力や、カリスマを持つ者でなければ、長は務まらない。


 それはつまり、あのトーヤという男にも、そのどちらかがあるということを意味する。

 武力、ではないだろう。どう見てもあの男にトロールを倒すだけの実力が有るようには見えない。

 となればカリスマか。

 ……それでも、にわかには信じがたい。だが事実、トロール達は奴に従っている。

 恐らく、アギの奴も何かを感じ取っているだろう。

 ……まあ奴の場合、楽しみが増えた程度にしか感じていないかもしれないが……


 だから私は、初めからトーヤ達のことを警戒していた。

 ルーベルト殿の話や、地竜の件ももちろんだが、そもそもこの短期間であそこまでの軍勢を作り上げたことも脅威と言える。

 警戒する理由は他にもある。実は、あのトロール達がこの森に流れ着いた際、一度だけ勧誘を試みようとしたことがある。

 実際に試みなかったのは、奴らの長があの二つ頭だった為だ。あれは正直俺の手に負える輩では無かった。

 そして様子見に徹している中、二つ頭は討伐された。奴らの手によって。

 戦闘はどうやら夜間に行われたらしく、詳細伝わっていない。一体、どうやってあの二つ頭を討伐したのか?

 調べても細かな情報は得られなかったが、少なくとも奴はその戦闘に参加していたらしい。

 私はそこに、トロール達が付き従う理由があるのだと考える。それだけで警戒する理由としては十分だった。


 だからこそあの時、私は奴を同士に勧誘したのだ。

 あの時は奴の挑発に乗るかたちになってしまったが……、今は少し後悔している。

 自身に流れるトロールの血故か、頭に血が上りやすいのは私の悪い癖だ。

 それにしても……



「おい! 報告はまだか! 先行しているアギの奴はどうなっている!?」



「グラ様、そ、それが……、途中までは視認できていたらしいのですが、どうも見失ったらしく……」



「見失っただと!? 馬鹿な!?」



 私の率いる部隊は、臥毘ガビの部隊の後方から行軍していたが、臥毘ガビ達が右手のドーラ達を追い始めた為、戦力の傾きを避けて左手のアギ達に続くことにした。

 しかし、すぐにでも追い付く筈だったのだが、一向にその背が見えない。

 流石に不穏に思い、足の速い者を偵察に送ったのがつい先程のことであった。

 それが……、見失っただと? そんな馬鹿なことがあってたまるか。



「おい、偵察に向かったのはお前か? 見失った理由を言え!」



 私はルーベルト殿から借りている斥候のハーフエルフに問いただす。



「……この先に霧が出ている。追って入ったが霧が濃すぎるため追跡を断念した。次の指示を」



(霧、だと……?)



 やはりおかしい。霧自体の発生は珍しくもないが、それはあくまで森の深部での話である。

 ここは既に森の中腹に位置する。こんな場所で霧が発生するなど、聞いたことが無い。



「おい、この周辺で霧が出るなんてことはあるのか?」



「…………」



 返答は無い。これだから壊れた者は使い難い……

 このハーフエルフは、ルーベルト殿の力により精神を壊され、ただの命令を聞くだけの駒と化している。

 命令はなんでも聞くが、判断力などが一切ない為、意見を求めてもこの有様なのである。



「他にこの地に詳しい者はいるか!」



「わ、私は以前、この周辺に住んでいました」



 一人のオークが名乗り出る。

 以前ということは、少なくとも1年以上前の情報か……


 以前この森全体で他種族の勧誘を行ったことがある。それが丁度1年前くらいのことだ。

 この者もその際に引き入れた者なのだろう。

 北の住人は仕事以外では滅多に他の領域に行かない為、貴重な情報なのは間違いないのだが、1年以上も前となると情報の鮮度としてはかなり怪しい。



「……一応確認するが、この周辺で霧が発生したことは?」



「あ、ありません。少なくとも私はここに5年以上住んでいましたが、その間は一度も……」



「そうか……。他に、何か気になることはないか?」



「それが……、以前住んでいた頃と、少し森の様子が変わっているような……」



「!?」



 違和感の正体に気づく。

 私もこの地に足を踏み入れるのは初めてではない。

 しかし、随分足を運んでいなかった為、かつての記憶は信用ならないと自然に思い込んでいた。

 それが、まさかこんな単純なことを見逃す要因になるとは……


 鉱樫こうがし。別に珍しくもない種類の木ではある。

 しかし、この木には1つ特徴があった。……遅いのだ。成長が。


 この魔界には数種類の樫が存在すると言われているが、基本的にどれも成長速度が速い。

 しかし、鉱樫だけは樫の中でも成長が遅く、5年で子供の背程成長すれば良い方とされる。

 その鉱樫が何故か、若木程度のサイズとはいえ、この周辺にいくつも生えている。

 異常、という程ではないかもしれない。しかし、意識をし始めるとやたら目につく。



(ルーベルト殿の言っていたドルイドの力であれば、木々を増やすことも可能というわけか……?)



 もし、これが仕組まれたものだとしたら、実に巧妙と言える。

 単に進行を妨げる目的であれば、もっと多く増やす方が効果的である。

 しかし、実際に増えている木々は精々数本といった所だろう。この程度であれば、少し迂回すれば済む。

 そう、迂回すればいい。実際自分達もそうしてきた。それこそが敵の真の目的だというのに……

 巧妙に配置された木々により、自分達は知らず知らずのうちに誘導されていたのだ。


 配置に鉱樫を使ったのも良く考えられている。

 鉱樫は非常に頑丈な為、あえて切り倒して進むという選択をすることはない。

 そういった意識の隙を突き、この森は創られている・・・・・・のだ。

 ここまでくれば、霧についても奴らの仕業であることは疑いようもない。



 しかし、残念ながら違和感の正体に気づくのが遅すぎた。

 アギ達と分断されたこの状況。

 自分達は既に、敵の術中に嵌っているのだ……



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