第90話 北との戦い⑨ ダークエルフ



 エルフの歴史は敗者の歴史である。

 と、俺が読んだ書物には記されていた。


 エルフは元々、力の弱い妖精族が森や領域を護る為に、亜人の血を取り入れることで生まれた種族らしい。

 混血を繰り返し、少しずつ亜人の血を薄めるという行為を、数世代に渡って行う。そうして生まれたのがエルフという種族だった。

 非人道的、という言葉が魔界に存在するかはわからないが、俺にはその行為、そして目的も、いびつだと感じざるを得なかった。


 エルフは、約500年もの間、妖精族の奴隷として扱われ続けた。

 この世に生を受けた瞬間から、奴隷になる事が決められた種族。それがエルフの起源となる。


 その奴隷の歴史に終止符を打ったのは、皮肉にも敵対していた亜人族だった。



「お前達は何故妖精族を守る? 妖精族はお前達を物か何かと同じ扱いしかしないではないか」



 自我を殺され育ったエルフ達は、その言葉の意味を理解できなかった。

 自分たちは物だ。物が物扱いされることの何がおかしいのか。初めはそう思ったらしい。


 それからも亜人達との戦いは続いた。そんな日々の中、事件は起こる。


 その日も、エルフ達は何の疑問も持たず、いつものように、ただ敵を殲滅するために戦っていた。

 術の得意なエルフ達は、遠距離での戦闘を得意としており、もっぱら遠距離戦を好む。

 対して亜人達の術は未熟であり、遠距離戦では苦戦を強いられていた。

 しかし、その日は有利となる遠距離戦にも関わらず珍しく接戦となってしまった。

 辛くも勝利を掴んだエルフ達は、ふと疑問に思う。

 自分達を追い込んだ相手は一体何者だったのか。生き残った者達は、皆同じ疑問を抱いたのか、自分達が殺した者に興味を持ち、それぞれ確認を始める。


 エルフだった。


 正確には、自分たちのような純正種では無く、他の亜人族との混血。

 しかしそれでも、彼らにとっては凄まじい衝撃をもたらした。

 同じ血を引くエルフが、自分達と違う生き方をしている。その事実が自分達の生き方に、初めて疑問を持たせることとなった。

 そしてその疑問はエルフ達の中で一気に膨れ上がり、爆発する。エルフの一斉蜂起である。


 その戦いを経て、今の亜人領に流れ着いた者達が、アンナ達の祖先になる。

 しかし、流れ着いたこの地も、残念ながら彼らの理想郷にはなり得なかった。


 彼らは妖精族の由来の美しい容姿、長い寿命を持つことで、様々な外敵に狙われることになる。

 ただ一つ幸いだったことは、彼らにも味方となる存在がいたということだ。……それは、ハーフエルフ達である。

 ハーフエルフ達は数こそ少なかったが、容姿や寿命などの共通点があり、同じ外敵を持つ者同士、協力関係を築くことができた。


 元々戦闘能力に優れる彼らは、新たに仲間が加わったことで、多くの外敵を撃退してみせた。

 しかし、当然だが犠牲が出なかった訳ではない。

 特に、戦闘力の無い女子供が犠牲になることが多く。同じような犠牲者は増え続けた。

 そうした犠牲から生まれた、新たなハーフエルフ達を、彼らは暖かく迎え入れる。そんなことを繰り返してる内にエルフは亜人領の中でも有数の勢力となった。

 広大な森を中心に、彼らの理想郷は築かれる…………と思われた。

 残念ながら、その直前とも言える段階で、事件は起きる。


 ハーフエルフの反乱。


 エルフ達は、ハーフエルフを分け隔てなく受け入れた。その弊害がついに表れたのである。

 別の種族の血を入れれば、性質の変化は免れられない。

 例えば、闘争心の強いトロール族、知性の足りないコボルト族の血が交われば、それに応じた性質のハーフエルフが生まれる。

 性質だけじゃない。食生活もだ。

 本来肉を食さないエルフに対し、ハーフエルフは普通に肉を食す。

 こういった性質、生活の齟齬から、彼らの関係には徐々に亀裂がが生じていた。

 それを爆発させたのが、一人のダークエルフだった。


 ダークエルフの男は、不満を持つハーフエルフ達を言葉巧みに扇動した。

 最終的に首謀者であるダークエルフの男は討ち取られたが、この事件によりエルフは多大な犠牲を払った。

 そして、この事件がきっかけで、エルフは他種族の血を入れることに拒否感を持つようになる。

 それが現状のハーフエルフ差別の実態である。エルフはハーフエルフを徹底的に排斥した。

 その中でも魔族との混血であるダークエルフは、極端な程に忌避された。

 それは、事件の首謀者がダークエルフだったということだけが理由ではない。

 ダークエルフは魔族特有の狂暴さ、残忍さを内面に秘めている可能性が高く、災厄を招くとされていたからだ。


 そしてそうした性質故、ダークエルフは他の種族からも忌み嫌われる存在となる。





 ◇





「……トーヤといったな。何故だ? 何故ダークエルフを囲っている? まさか、兵器として扱うつもりか……?」



「兵器? ……意味がわからないな。何故と言われても、家族だからとしか言いようがない。……家族と一緒に暮らすのは、普通のことだろ?」



「馬鹿なことを抜かすな! 貴様……、ダークエルフがどんな存在かわかって……」



「わかってるさ。魔族とエルフの混血だろ? その辺の事情は歴史書に散々書かれていたからな」



 水月、つまり鳩尾に食らった一撃で軽い呼吸困難に陥っていたが、段々と呼吸が戻ってくる。



「ならば、ダークエルフの性質を知っているはずだ……! 災いをもたらすと知りながら、何故それを家族だなどと言える!」



 この、ルーベルトという男の考え方は、今の亜人領に住む全ての者たちにとっても一般的な考え方なのだろう。

 だが、俺はそれが間違っていると思っている。



「……確かに、魔族特有の残忍さ、狂暴さ、そういったものを引き継ぐ可能性があるダークエルフは、アンタの言う通り災いをもたらすこともあるだろうな。でも、それを理由に家族を捨てるなんてことは、本当はあってはならないことだ」



「……? 何を……?」



「家族はお互いを支えあって生きていくだろ? それなのに、不都合を抱えたらそれを切り捨てる。それっておかしいことのハズなんだよ。なのに、多くの者達はそれを当たり前だと認識している。俺はそんなの認めないし、許さない」



 俺の言ってることが本当に理解できないのか、ルーベルトは狼狽えるばかりだ。



「切り捨てるなんてのは、責任の放棄だ。もちろん、望んで生んだワケじゃなかったり、向き合うだけの力がない場合もあるとは思う。でも、今の亜人領ではそういった理由とは関係なく、ただ常識としてそれを行っている。それが気に入らない」



「…………」



「そんな間違った常識なんて、糞喰らえだ。俺が家族と認めた者は、どんな種族だろうが関係ない。俺は俺の信念のもと、家族を守り抜いてみせる」



 エステルや、他のハーフエルフを受け入れる際、僅かだが抵抗を示す者がいた。

 俺はそういった者たち一人一人と話し、納得してもらった。

 素直に納得してくれた者もいれば、仕方なく認めた者もいる。それは仕方がないことだ。根付いた常識を根底から覆すなんてことは普通中々できることではない。常識とはそういうモノなのだ。

 しかし、いずれはその常識を塗り替えたいと思っている。俺が左大将になった際、ささやかに抱いた野望の一つであった。



「……貴様の言っていることは、全て綺麗事だ! そんなものは長続きなどしない! いつか必ず崩壊するぞ!」



「そうでも無いぞ? 常識なんてのは時の流れと共に変容する。それは長く生きているアンタの方が理解しているんじゃないか?」



 言葉の意味、ルール、様々な常識は、時代の流れと共に変容する。

 過去となった常識は、今を生きる者たちにとっては、非常識となっていくのだ。



「それは……」



「それに、ダークエルフ全てに、魔族の性質が引き継がれるわけじゃない。ただダークエルフだからと切り捨てる。これだって明らかにおかしい風習だと思うぞ? これもアンタの方が良くわかっているんじゃないか?」



「俺は…………!?」



 何かを言いかけた瞬間、凄まじい速度で接近する何かを、ルーベルトは飛び退いて躱す。



「済まない、トーヤ様。思いのほか手こずった」



「いや、よく来てくれた、シュウ」



 半獣化し、凄まじい闘気を放つシュウ。

 出入り口には、リンカとスイセンの姿もある。



「……半獣か、面倒な」



 ルーベルトはシュウを見て警戒を強める。

 しかし、それは一瞬のことで、すぐに構えを解く。



「今は退いてやる……」



「……逃がすと思っているのか?」



「逃げるさ。ミカゲ!」



 ルーベルトの呼びかけに応じるように、訓練場全体を照らしていた発光石が一気に砕け散る。

 ここは地下であるため他に光源がなく、部屋は完全な暗闇となった。



「チッ!」



 シュウが慌てて攻撃をしかけるが、既にその場にルーベルトの気配はなかった。



「まだ遠くには行っていないハズ……。追跡します」



「いや、追わなくていい」



「しかし、トーヤ様! あの男は恐らく今の俺でも厄介な相手ですぜ! ここで逃がすのは得策じゃ……」



「……いいんだ。それより怪我人が多い。すぐに医療部隊を呼んできてくれ」




 今は傷ついた者達の治療と子供達の安全確保が先決だ。

 明日の戦いのこともあるし、追跡に人員を割いている余裕はない。

 俺にも、少し頭の中を整理する時間が欲しかった。





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