第74話 新たなる武術
「ま、まずは落ち着いて! 大丈夫! 簡単に制御できる筈だから!」
俺は慌てるスイセンを宥めながら、制御方法の説明をする。
「わ、わかりました。なんとか、やってみます……」
深呼吸をし、魔力の乱れを整えると、段々と感情の流出が穏やかになる。
そして2分もしないうちに、感情の流出は完全に停止していた。
「……魔力操作が上手いスイセンさんなら簡単にできるとは思っていたけど、ここまで早く制御できるようになるとは思わなかった。流石だね……」
「……恐縮です。しかし、何とも不思議な感覚ですね。……ですが、これで先程トーヤ様が何をしたか、何となく理解できました」
スイセンはまだ『繋がり』の感覚を持て余しているようであったが、先程俺が
「流石スイセンさん。理解が早くて助かるよ」
そう言って、俺はワザと魔力を足に込めてみせる。
スイセンがそれを目で追ったのを確認して、俺は思わずニヤリと笑ってしまった。
俺の目論見通り、彼女であればすぐにこの感覚に慣れてくれるだろう。
「魔力の流れを読む……。こんなことが可能だとは……」
スイセンは自分でも魔力を操作しながら、興奮気味に呟く。
他の獣人と比べて身体能力の劣る彼女だからこそ、この技術の可能性に気づいたに違いない。
「スイセンさんなら、理解できるだろ? この技術を使えば、身体能力の劣る者でも強者と渡り合える可能性があるということが。……俺は、この技術を応用した流派を立ち上げ、魔界全土に広めたいと思っている」
ゴブリンやオークといった身体能力の劣る種族は、魔獣や盗賊の類に襲われた場合、高確率で命を落とすことになる。
しかしこの技術が広まれば、そういった被害から自分の身を守るすべを手に入れることができる。
要は、合気道などと同じようなもので、護身術としても使用可能な流派を立ち上げたいと考えているのだ。
「っ!? それは……、素晴らしいことだと思いますが、可能なのでしょうか? 私は『繋がり』を得ることでこの感覚を掴むことができましたが、簡単に習得できる技術とは思えません」
「いや、そんなことは無いよ。実際俺自身が、『繋がり』に頼らず会得できたワケだしね」
「それは、確かに……」
まあ、実の所この技術を会得できたのはアンナとの『繋がり』のお陰ではあったりする。
彼女の異常とも言える感知能力を体感することで、俺もこの技術のヒントを得たのだ。
「今回スイセンさんにこの感覚を伝えたのは、他の人にも扱えるかという検証でもあったんだよ。これで少なくとも、スイセンさんのように魔力操作を得意とする人であれば、この技術は習得可能ってことがわかったワケだ」
ただ、現状ではあくまで可能性があるというだけではある。
スイセン並みに魔力操作が上手い人なんて、そうそういるワケではないだろうし。
「……スイセンさんとであれば、きっと素晴らしい武術が完成すると思うんだ。だから、改めてお願いするよ。この流派の設立に、どうか協力して欲しい」
俺が改めて協力をお願いすると、先程とは異なり、スイセンは困惑した表情を浮かべる。
「……あの、トーヤ様に頼って頂くのは大変光栄ですし、私で良ければ協力させて頂きたいと思います。……ですが、トーヤ様は、何故そこまで私のことを評価してくれるのでしょうか?」
……前々から感じていたが、スイセンは自身に対する評価がとても低い。
地竜を討った今となっても、その評価は変わっていないらしい。
「俺は最初から、スイセンさんのことは凄い人だと思っていたよ? ……と言っても、信じてなさそうな顔してるね。ん~、そうだな、強いて理由を挙げるとすれば、やっぱりこの前の地竜との戦いの時のことが印象深かったからかな」
「……あれを評価して頂くのは大変喜ばしいことですが……、私は最後の一撃以外、何もできていませんよ……?」
「いやいや、そんなこと無いから! 地竜を相手にしておいてその評価は、流石に謙遜が過ぎるぞ? あの最後の一撃……、俺は本当に衝撃を受けたんだよ。……なんせ、同じ技を俺も使ったことがあったからね」
「っ!?」
あの技は、かつて俺が魔王――キバ様相手に使用した技と同じ系統のものだ。
記憶に残る、『発勁』や『寸勁』といった力の伝え方を元に考案した、言わば俺のオリジナル技である。
その技を、スイセンさんは何の参考情報も無しに完成させていたのだから、俺は心底驚いた。
「あの技を、トーヤ様も?」
「ああ。以前、キバ様相手にね。……まあ、防がれちゃったけど」
そういう意味では、俺が使ったアレは、まだ未完成の技と言えた。
地竜を屠ったスイセンさんの技の方が、完成度は確実に高いだろう。
「……しかし、あの技は、そもそもトーヤ様と出会わなければ、完成には至らなかったものでして……」
「そうなのか? ……でもまあ、重要なのは同じ発想に至っていたってことの方だしな。それはスイセンさんも理解できるだろ?」
「………………はい」
「まあそれこそが、スイセンさんと一緒に、この流派を設立しようと思った理由だよ」
スイセンは怯んだような、それでいて緩んだような表情を浮かべて俯いてしまう。
俺は黙ってその様子を見ていたが、次に彼女が顔を上げた時、その目には決意の光が宿っていた。
「……恐れ多いことかもしれませんが、私はここに配属される際、トーヤ様と共にあればより高みに至れるかもしれないと……、そう感じていました。そして、それは間違いでは無かった。……トーヤ様、私からもお願いいたします。どうか私を、トーヤ様の流派設立に協力させてください」
「ああ。宜しく頼むよ」
こうして、俺とスイセンによる新たなる武術が、魔界に誕生することとなったのであった。
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