第47話 魔獣討伐②
平然と起き上がる復讐者に意識を払いつつ、洞窟内の状況を確認する。
小人族らしき小さな影が四つ……、いや、六つか。
これで全員だろうか……?
一先ず、彼らに怪我した様子は無いようなのでホッと息を吐く。
「あ、あんた、は?」
手前にいた少年が、やや警戒したように尋ねてくる。
「警戒しなくていい。俺は救援を求められて、君達を助けに来た者だ」
俺は振り向かずにそう言いいながら、周囲を警戒する。
正直な所、状況はあまり良くない……
いや、かなり悪いと言った方が正しいか。
目の前の復讐者だけでも手に余るというのに、シシ豚や魔犬、この森では滅多に見ない滅多に見ない天狗蜘蛛や火蜥蜴までいる。
彼らを不安にさせるワケにはいかないので表情には出さないが、これはどうしたものか……
「どけぇぇぇっっ!!」
最悪、全身の『剛体』で耐えることすら視野に入れていると、囲いの一部を破ってリンカが姿を現した。
「すまないトーヤ殿! 思いのほか囲いを抜くのに手こずった!」
リンカはそのまま俺の隣までやってきて、周囲の魔獣に向けて威嚇をする。
情けないかもしれないが、そんな彼女に俺は、頼もしさを感じずにはいられなかった。
リンカが囲いを抜けて来てくれたのは、嬉しい誤算である。
いくら彼女が強いとはいえ、あの数を相手にするのは厳しいと予測していたのだが、杞憂だったようだ。
(しかし、本当に凄いな……)
囲いを抜けてきた彼女には、外傷がほとんど無く、呼吸すら乱れていなかった。
これがリンカの本当のポテンシャルだとしたら、あの試合の結果も違ったものになっていたに違いない……
まあ、今となっては頼もしいの限りなのだが。
「……いや、助かったよ。正直、俺一人では手に余る状況だった……」
「ああ、間に合って良かった。安心してくれ。トーヤ殿のことは絶対に私が守る。それに……」
リンカの言葉に重なるよう、魔獣達の叫び声が上がる。
どうやら、他の仲間達も追い付いてきたらしい。
強力な魔物達が次々に吹き飛ぶ様は、中々に凄まじい光景だ。
獣人やトロール達の身体能力からすれば、魔犬やシシ豚など、取るに足らない害獣なのかもしれない。
ゾノも、決して引けを取っているワケでは無いが、一気に数匹を薙ぎ払う彼らには、効率という点では勝ち目が無さそうだ。
「……頼もしい仲間達だな」
そんな彼らに負けぬよう、俺も目の前の難敵に集中する。
どうやら、先程の攻撃で完全に俺をターゲットに切り替えたようだ。
(復讐者……、コイツには因縁めいたものを感じてしまうな……)
一度は殺されかけ、ライに多大な迷惑をかけた件を思い出す。
ライですらも手こずったという化け物……、今の俺でも、確実に勝てるとは言えない存在だ。
俺は恐怖に震えそうになるが、気力を振り絞ってそれを抑え込む。
「トーヤ殿」
「……大丈夫だ。リンカは他の魔獣達を警戒してくれ」
今の俺は、前までとは立場が違う。
難敵とはいえ、この程度の脅威を振り払えないようでは話にならない。
俺が覚悟を決めると、それに呼応するかのように復讐者が飛び掛かってくる。
長い腕から繰り出される一撃は、速く、鋭い。だが……
「ハァッッ!」
レンリの柄を斜に構えて受け流し、その反動を利用して復讐者の側頭部を殴打する。
当時の俺であればまず防げなかったであろう一撃だったが、トロール達との訓練で慣らされている今の俺にとっては、この程度の攻撃を防ぐのは容易いことであった。
速さも鋭さも重さも、イオやガウの攻撃に比べれば児戯に等しい。
「!?」
カウンター気味に決まった一撃は、シシ豚や魔犬であれば、確実に仕留められていただろう手応えがあった。
しかし、復讐者は怯む様子も無く、もう一方の腕ですぐに攻撃を仕掛けて来た。
俺は少し慌てつつも速やかに間合いを離す。
攻撃が空ぶったことで復讐者は一瞬よろめくも、すぐさま追撃しようと俺に迫ってくる。
「頑丈だな……。それにコイツ……」
復讐者が何故恐れられているか?
俺は実際に戦うことで、それを理解することができた。
(この異常なまでの執念が、その理由なんだろうな……)
復讐者は、一度標的にした者を殺すまでは何があろうと止まらない。
それは文字通り、本当に何があっても止まらないということを意味する。
今の俺の一撃は、仕留めるには至らなかったが、間違いなく手応えはあった。
実際、復讐者は苦悶の表情を浮かべていたし、今も傷が癒えたワケではなく、側頭部から血が滴り落ちている。
しかし、復讐者はそれでも攻撃の手を緩めることはなかった。
恐らく、復讐者にとっては自身の命より、標的を殺すことこそが最優先なのだろう。
例え自らの命が絶たれようとも、標的に対する攻撃を止めない……
本当に恐ろしい性質である。
コイツを止めるには、一撃で意識を刈り取る他ないのだろう。
しかし、この頑丈な相手にそれを行うのは、熟練の戦士でも至難の業と言える。
体力の勝負をするにしても、魔獣相手にそんなことをしても勝てるとは思えない。
(なんて面倒な……)
だが、一つだけ幸いなこともあった。
俺には、どんなに相手が頑丈であろうとも、防御を無視してダメージを与える技、発勁(仮)があるからだ。
とはいえ、問題が無いワケではないが……
「つっても、やるしかないんだけどな……」
思わず口から出た泣き言に苦笑いしつつ、攻撃を捌いていく。
下手に攻撃しても、それを無視してくる相手には隙を作るだけなので、防御に徹するよう方針に切り替えたのである。
しかし、本能のままに繰り出される攻撃は読み辛く、見切ったつもりでも、徐々にダメージは積み重なっていった。
『剛体』を使えばダメージを抑える事も可能だが、俺の心もとない魔力量では、下手をすれば攻撃に回す余力が無くなってしまう。
だから、安易に『剛体』に頼るワケにはいかない。
(……それなりにダメージは貰ったが、条件は整った、ぞ……)
数度目の爪撃を躱すと同時に、俺はレンリを地面に突き立て、手放す。
「レンリ! 巻き取れ!」
俺の言葉に呼応するよう、レンリが棍棒の形状を崩し、復讐者の腕に蔦のように絡みつく。
振り下ろした状態の腕に絡みついたレンリは、同時に根を張り、復讐者を地面に繋ぎ止めることに成功した。
恐らく、この程度の拘束では一瞬しか復讐者を止められないが、一瞬有れば十分だ……
俺は同時に死角回り込み、両手を脇腹に添える。
『剛体』を集中させるのと同じ要領で魔力を集中し、復讐者の魔力と同調させ、解き放つ!
リンカやキバ様への時とは違い、加減の無い魔力解放……
今の俺が放てる、最大の一撃である。
掌から魔力が抜けていくような感覚……
次の瞬間、復讐者は血反吐を吐き散らしながら、地面に倒れ伏した。
「……ふぅ、ちゃんと効いたみたいだな」
慎重に魔力で気配を探り、絶命していることを確認してから、小さく息を吐く。
これが効かなかったら正直お手上げだったのだが、流石の復讐者も耐えられなかったようだ。
レンリを回収し、周囲を見ると、あれだけいた魔獣がほぼ壊滅状態になっていた。
他にも三匹程復讐者がいたようだが、全て見事に首が刎ねられている。
恐らくはイオの仕業だろうが、俺がこれだけ苦労した相手を、あっさりと倒している辺り、やや複雑な気分だ。
(まあ、頼もしい限りなんだが……、っと、そうだ、子供達は……)
洞窟の方を見ると、全員が覗くようにしてこちらを見ていた。
「おーい! もう安心していい……っ!?」
突如背後に膨れがるプレッシャーに、言葉が途切れる。
「危ない!」
それと同時に、数人の子供達が飛び出してくる。
とっさに振り返った俺の目に映ったのは、俺に向かって腕を振り下ろす復讐者の姿だった。
(あ、これは死んだ)
死の瞬間だからか、やけに遅く迫ってくるその腕を、俺は見届けることしかできなかった。
しかし、俺の頭上目掛けて振り下ろされたと思われる腕は、頭を逸れて力なく地面に打ち付けられた。
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、気づけば復讐者の首が無くなっていた。
「油断大敵ですよ、トーヤ。例え心臓が止まっていても、魔獣は襲ってくる場合がありますので」
「は、はは……、た、助かったよ、イオ」
俺はそのまま地面にへたりこむ。
腰が抜けた……
「おい! 大丈夫かトーヤ殿!」
それに気づいたのか、ゾノ達も慌てた様子で駆け付ける。
「ああ、大丈夫、イオに助けられた……。それより、子供達は……」
「む、そうだな……、おい君達、大丈夫だった……か……」
俺の後ろに目をやったゾノが、何故か言葉を詰まらせる。
「どうした? ゾノ?」
「……いや、彼らが何故、小人族の集落に受け入れられなかったのか、理由がわかった」
「……どういうことだ?」
その問いに対し、ゾノは一瞬、苦虫を噛み潰したような顔した。
その反応を見て、子供達が怯えるような素振りを見せる。
「この子供達は、小人族としては扱われない。……ハーフエルフと呼ばれる存在だからだ」
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