第二章 森の平定
第43話 集落へ戻っても心労は絶えず
「なんとか陽が暮れる前に帰ってこれたな……」
獣人の都市『荒神』からこの集落までは、大体四時間程の道のりだ。
しかし行きとは違い、リンカとその近衛兵十名も同行している為、想定より少し時間がかかってしまった……
「さて、まずはソクの家に向かおうか。荷も一先ずそこに集めるつもりだ。大丈夫だよね? ソク」
「ええ、では簡単な倉庫を作ってしまいましょうか」
そういってソクは、何やら材料集めに向かってしまう。
「トーヤ殿、トーヤ殿はこの集落の代表なのだろう? まずはトーヤ殿の館に向かうべきでは?」
ソクの家に向かうことを疑問に思ったのか、リンカが質問してくる。
「いや、この集落の代表……、というか長はザルアさんだったんだよ。ソクはその補佐でね、会議なんかは基本的にソクの家でやる取り決めになっているんだ。別に俺達の家でも構わないんだけど、少し離れにある上に手狭だから、集まるのには向いていないと思う」
「離れに? それは何故……?」
「いや、俺って元々この集落に住んでたワケじゃないからね……」
リンカはそれを聞いて、増々不思議そうな顔をしていたが、事実だからな……
正直、ザルアさんがあんなことを言いださなければ、俺は今もこの集落には属していなかったと思う。
ライの家での生活は結構気に入っていたからな……
ちなみに、ライが何故離れに住むことになったのか、ザルアからこっそりと理由を聞いていた。
内容はなんとも馬鹿らしい話だったのだが、ザルアは真剣そうに話していたので、笑いごとでは無かったのだと思う。
ライが集落を離れることになった原因は、ライの見た目にあったらしい。
なんでも、美形であるライと寝食や水浴びを共にするのは、どうにも若い衆には刺激が強過ぎたそうだ。
男女問わず魅了するライの美貌に、間違いが起こりかねない雰囲気ができあがってしまったのだとか。
それを危険視したゾノとザルアさんが、ライに転居を勧めたというのが真相らしい……
俺はそれを聞いて呆れると共に、少し納得をしてしまった。
いや、俺も少しわかる気がしたからね……
「さて、着いた。ここがソクの家、兼会議場だ」
馬を降り、積み荷を降ろしにかかる。
皆もそれに従い、次々と積み荷を降ろしていく。
こうして見ると、結構な量があるな……
ソウガには感謝しなければ……
「あっ! パパ! おかえりなさい!」
その最中、幼い少女が駆けてくるのに気づき、手を止める。
案の定、少女は俺に飛びつくように抱き付いてきた。
「ハハ、相変わらず元気だねセシアは」
少女の名前はセシア。
俺が初めて帝王切開を行った際に誕生した、シアの娘である。
産まれてから一ケ月も経っていないというのに、言葉も話せるし、今のように走り回ることさえできるようになっている。
オークの成長スピードには、驚かされるばかりだ。
ただ、正直パパは勘弁して欲しいが……
「パ、パパ?」
リンカが震えながらこっちを見ていた。
ほらね……、こういう誤解を生むから、嫌だったんだよ……
「いや、違うからね? 俺の子じゃないからね?」
「そんなことないよ! セシアはパパとママが頑張ったから産まれて来れたって言ってたもん!」
頑張ってって……、そりゃ頑張ったけどさ!
でも、何を頑張ったか言わないと、誤解を生むからね?
「い、いや、お前に娘がいたとしても、別に問題は無いんだが……。私は別に、二番目でも……、って何でもない! 忘れてくれ!」
リンカから、何とも言えないピンク色の感情が流れ込んでくる。
折角落ち着いてきたのに、また暴走し始めてしまったようだ……
「リンカ! 落ち着いてくれ! 本当に違うから! 誤解だから! ほら、俺の目を見て!」
トリップしかけてるリンカの肩を揺すり、こちらを向かせる。
そして俺の言っていることが真実だと伝わるよう、リンカの目を真っすぐに見つめた。
全く……、別に俺には負い目なんて無いのに、なんでこんなことをしなければならないのだろうか。
「おや? トーヤ、戻ってきたのですか? ……トーヤ、その獣人は、何者でしょうか?」
そこにタイミング悪くイオが現れる。
なんだか、どんどん状況が悪くなっている気がするぞ……
「若い、女……。トーヤ殿、この女性がその娘の母親か?」
「っだー!!! 違うって言ってるだろ!? 頼むから信じてくれよ!」
「す、すまない……」
俺が怒鳴り声を上げると、途端に萎縮してしまうリンカ。
あの決闘時の勇ましさは、どこに行ってしまったんだろうか。
「トーヤ、女性に対してそのような大声をあげるのは良くありませんよ。……それで、その獣人は何者ですか?」
「……名乗り遅れた。私の名はリンカという。偉大なる獣王『グラントゥース』の娘だ。先日、このトーヤ殿の所有物となった」
「……所有物? どいう言うことですか? トーヤ」
心なしか、イオの視線が冷たくなった気がする。
何故だ……、俺は何もしてないっていうのに、なんで攻められるような状況になるんだ……
その後、戻ってきたソクが色々と説明してくれたお陰で、なんとか両者の追及を逃れることができた。
ソクには感謝してもしきれない……
ありがとう、ソク……
しかしアレだな、俺の話、誰も聞いてくれないね……
こんな調子で、左大将なんていう重役をこなせるのだろうか……
◇
「説明は以上だ。何か質問はるかな?」
「少しいいか?」
一通りの説明を終えると、早速ゾノが挙手をした。
「なんでも聞いてくれゾノ。何しろ事が事だし、疑問点はなるべく解消しておきたい」
「ああ、まず平定と言われてもピンと来ないんだが、要はこの森を俺達の統治下におくということか?」
「ん~、まあ概ねその通りだが、統治という程かたっくるしい話では無いよ。あくまでも協力関係を築き、秩序を作るってだけさ。……ただ、この森って結構荒くれものだとか悪党も多いって話なので、そういった場合は武力を用いることもあるかもしれないけど」
「……確かに、森は奥に進めば進むほど危ない者達が増える傾向にある。しかし、そうなると兵力はどうするつもりだ?」
「兵力については、一応志願者を募ろうと思っている。状況次第じゃ協力してもらうこともあるだろうけど、基本は強制しないつもりだ」
俺の回答を聞いて、集まっている面子が、何やら相談を始める。
やはり皆、気になるところはそこだったようだ。
この集落は、元々争いごとを避けて集まった者達が多いと聞く
体力に自信の無い者もいるだろうし、徴兵されるのを懸念していたのだろう。
「それを聞いて安心した。俺はもちろん協力するつもりだが、オーク族の中には未だ恐怖が消えていない者も多い。その者達にまで戦闘を強要するのは酷と思ったのでな」
「ゾノ殿……」
ゾノは顔に似合わず面倒見が良いので、皆の信頼も厚い。
まだ併合して間もない集落だが、オークやトロールの中にもゾノを慕っている者が増え始めていた。
「皆! ゾノにも言った通り、俺は集落の者達を徴兵するつもりはない! しかし、志願する者がいれば有難く受け入れてさせて貰おうと思っている! 明日の昼頃、広場で改めて志願者を集うつもりだ! ここに集まった者は、このことを家族や周囲の者に伝えて欲しい!」
その後は大した質疑も無かったため、すぐに会議は閉会となった。
皆心配事はあるだろうが、実際どうなるかは今後次第ということもあるので、まずは様子見という感じなのだろう。
「……それにしても、ソク殿は本当に凄いな」
リンカが感心したように、出来あがったばかりの倉庫を眺める。
ソクは材料を持って戻ってきた後、この倉庫をほんの10分足らずで作成して見せたのだ。
「凄まじい手際の良さだ……。内装も、軍の倉庫並みにしっかりしているぞ……」
「そのように言って頂けると助かります。何分、これしか取り柄が無いもので……」
「いや、謙遜するな。これだけの技術を持つ者は、『荒神』にも二人といないぞ。誇るといい」
「有り難きお言葉」
「リンカにも満足して貰えたようだし、ソク、早速だけど彼らの住居を用意して貰えるかな?」
「ええ、もちろん。して、どちらに建造しましょうか?」
集落は、オーク達が移住したことにより、今までよりも広いスペースを確保している。
まだ手付かずの場所も多いので、その辺りを利用すれば問題無いだろう。
「あ、あの、トーヤ殿、私はトーヤ殿の所有物だ。できればトーヤ殿と一緒か、その傍に置いて頂きたいのだが……」
いや、それは勘弁、と口に出すと泣かれそうなので、苦笑いをして曖昧に返す。
そんなことされたら、俺が心労で倒れちまうよ……
「ふむ、では今日の所はトーヤ殿とライ殿の家の隣に、仮組み致しましょうか」
「ん、仮組み? なんでだ?」
「それはもちろん、トーヤ殿のお住まいを改めるからです。トーヤ殿はこの集落の長となられたことですし、左大将という地位にもついておられます。しっかりとした居城を建てなければならないでしょう」
むむ、深く考えていなかったが確かに……
俺自身は良くても、対外的な印象が良くないだろうしな……
「そこで、明日にでも集落の奥地を開拓し、簡単にですが城を築城したいと思います。明日からはリンカ様共々、そちらに移って頂ければと存じますが……」
それは要するに、明日中に築城を済ましてしまうということなのだが、事も無げに言ってくる辺り、多分余裕でやってのけるのだろうな……
そんなソクを頼もしく思うのだが、明日にも引っ越しとなると、少し寂しくも感じてしまう……
「……わかった、一応準備だけは進めておいてくれ。後でライやレイフにも確認を取ってみるよ」
「畏まりました。それでは、まずはリンカ様達の住居を作りに参りましょうか」
ソクはそのまま、若い衆を先導するように、俺達の家の方へ走って行ってしまう。
いきなり色々始めると、後でレイフに文句を言われる可能性もあるので、俺も慌ててそれを追うことにした。
少し慌ただしいが、これでようやく家に帰れそうではある。
今日は本当に疲れた……
最後になるかもしれないが、我が家で安眠を貪ることにしよう……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます