第24話 レンリとレイフ



 あの戦いから、約二週間の時が経過した。

 何故「約」なのかというと、ライの家にはカレンダー的なものが一切存在しないためである。

 人間は時計やカレンダーが無いと時間間隔がどんどん狂っていくものだが、俺も多分に漏れずそんな状態なのであった。

 まあ、魔界にはそもそも週という単位自体が存在しないらしいけど……



 ここ数日は、本当に慌ただしい日々だった。

 オーク達の引っ越し手伝いに始まり、集落の防衛や帝王切開に関する技術指導、さらにはトロール達との稽古など……

 頼られるのは嬉しいのだが、朝も夜も引っ張りだこ状態だと流石に堪えるものがある。

 特に、トロールとの稽古は正直生きた気がしなかった……


 本当であれば俺はすぐに帰る予定だったのに、結局戻れたのは昨夜である。





「……てなことがあったわけですよ」



『ふむ。それでか』



「ええ、決して乱暴に扱おうとしたワケじゃ……。っていうか、本当はわかってるんじゃないですか? 元々この棍棒って貴方から枝分かれしたわけですし」



 この棍棒は、古木から枝分かれするように生成されたものである。

 つまり、この棍棒自体が古木と同一の存在であり、意識も共有しているんじゃ、と予測していた。



『それは勘違いだ。その子は元々別の若木だったのだぞ。育つ過程で我と合わさったが故、いずれは吸収される存在として、自我は眠りについていたのだ』



「合わさる……? って、ああ! 合体木か!」



 合体木、または合着木。異なる木同士が癒着し、一つの木になったもののことだ。

 確かに、それであればこの棍棒に精霊が宿っていた理由も説明がつくような気がする。

 精霊が枝分かれした説よりも余程しっくりくるというものだ。



『よくわからんが、つまりそれは我が子、いや我が娘も同然なのだ。それがこのように傷物にされて帰ってくれば、憤慨するのも当然であろう』



 傷物って……

 見た目上は元通りのはずなんだが、やはり精霊に負担をかけていたのか?

 なんだか申し訳ないな……

 でも、娘っていうのはちょっとおかしい気がする。

 そもそも木に性別なんてないだろうし……


 それにしてもこの古木、前よりも情緒豊かになっている気がするんだが、気のせいだろうか?

 なんかやたらと俺にフレンドリーに話しかけてくるし……

 ついさっきも、俺が惰眠を貪ろうとしていたところをギャアギャアと煩くされたので、こうして話に付き合う羽目になったのだ。



(俺らの排泄物を栄養にしてるいるらしいし、ひょっとして何か影響与えているのかなぁ……)



『おい、今何か失礼な事を考えなかったか?』



「っ!? いえいえとんでもない! それより、傷物にしたという件に関しては本当に申し訳ありませんでした。でも、この棍……、娘さんがいなければ俺は今頃間違いなく死んでいたと思います。本当に助けられました。感謝してもしきれないです」



『……まあ、お前の助けになったのであれば、それでいい。本人も喜んでいる節があるしな。……そら、細かな組織の補修も済ませておいたぞ』



「ありがとうございます」



 新品同様に返ってきた相棒を受け取る。

 いや、元が古木なので新品と言っていいのかわからないが……



『本当は我が補修などせずとも、お前が……っと、ふむ……、客のようだぞ』



 がさり、と落ち葉を踏む音が聞こえる。

 振り返ると、そこには美しい顔立ちの女性が立っていた。

 トロールの女剣士、イオである。



「……ライが、恐らく裏手に居るだろうと言っていたので来ましたが……、トーヤ、気が狂ったのですか?」



「ま、待ってくれ! 俺がこの光景を見ても、同じ感想を抱くと思うけど、誤解だ!」



「誤解? 木と語らっているようにしか見えませんでしたが……」



「いや、そうなんだけど! 決して倒錯的な行為では無くてですね……? えーっと、うーんと、そ、そうだ! この棍棒!」



「……その棍棒がどうしたのですか?」



 イオは増々訝しげな目でこちらを見てくる。



「この棍棒の産みの親が、こちらの古木さんなんだよ!」



「生みの親……? 一体何を言って……、 っ!? まさか、その棍棒も鉱族なのですか?」



「いや、多分違うけど……。でも、確かにイオのアントニオと同様、この棍棒にも意識はあるみたいだし、精霊も宿しているね」



「……成程。その棍棒、あの時アントニオを受け止めた棍棒と同一の物ですか。……てっきり別のものと取り換えたと思っていました」



 ああ、まあ確かに普通はそう思うか……

 この棍棒は、あの戦いでかなり摩耗したのだが、次の日には元通りになっていた(見た目だけだったようだが)。

 事情を知らぬ者が見れば、普通は補修したと考えるより、別の棍棒と取り換えたと考えるだろうな。



『む、その女の持つ剣。鉱族か』



「え? 鉱族?」



 イオの剣、アントニオを見る。

 この剣は、俺の棍棒と同様、精霊が宿っているらしい。

 その為なのか、刃こぼれなどがあっても、すぐに修復されるようだ。

 切れ味やサイズについても調整可能であり、帝王切開の時はこの剣に大いに助けられる事となった。

 もしアントニオが普通の剣だったのであれば、帝王切開はもっと難しいものになっていたと思われる。


 まあ、毎回アントニオを使用するわけにはいかないので、現在は石などでナイフを作成中だが。



「アントニオは確かに鉱族ですが、よくわかりましたね?」



「いや、この古木がそう言ったんだよ」



「……樹族には見えませんが、まさか本当にこの木と会話していたのですか?」



「……そう言ったろ? 俺はこの古木のように樹齢を重ねた木なら、ある程度対話が出来るんだよ」



「にわかには信じられませんが……」



 イオはまだ納得していないようだが、先程までとは違い否定的な気配は無くなっている。

 この様子であれば、もう少し説明すれば納得してくれるかもしれない。



『……ふむ。トーヤよ、その剣を我が根に突き刺すように伝えよ。……優しくな』



 え……、何言い出してるのこの古木は……

 もしかして、マゾヒストの気でもあるのだろうか……

 ま、まあ、いいや。深く考えないでおこう……



「イオ、この古木が根に剣を突き刺してくれと言っている」



『優しく、な』



「や、優しくだそうです」



「それは構いませんが……。これで良いですか?」



 イオが無造作に鞘から剣を抜き、古木の根に突き入れる。



『優しくと言ったのに……、この娘……。まあ良いか……。抜いていいぞ』



「イオ、抜いてくれ」



 って、この言い方は色々とヤバイな……

 俺も意識して言ったわけではないから、精霊の翻訳には表れていないと思うが、ちょっと気を付けよう……



「もう良いのですか?」



 イオがアンオトニオを引き抜く。

 その瞬間、イオの端麗な顔立ちに動揺が走る。



「これ、は……? トーヤ、何をしたのですか?」



 いや、俺に言われても……



「なあ古木さんや、一体何をしたのです?」



『ちょっとした挨拶代わりに体組織を交換しただけだ。ついでに、我に触れた事でその鉱族の薄い自我も刺激されたようだが』



 んん……?

 何やら説明が難しい内容だな……



「えぇっと、この古木が言うには、アントニオと挨拶みたいなのを交わしたらしい。で、アントニオの薄い自我が刺激されたとからしいけど……」



 イオは俺の言葉を聞きながらも、アントニオを振ったり眺めたりしている。



「……これは素晴らしいです。トーヤ、その古木に感謝の意思を伝えてください。その古木のお陰で、アントニオの意識を前以上に感じ取れるようになりました」



「……良くわからないけど、お礼なら直接言うといいよ。ちゃんと伝わるから」



「そうですか……。では改めて、貴方の計らいに感謝します、古木よ」



『こちらこそ、他種族と交流を持てたことを感謝するぞ。中々にメリットのあるやり取りであったしな……。トーヤよ、その子をもう一度我に託せ』



「……? まあ、どうぞ」



 言われるがまま、棍棒を古木に立てかける。



『……良し。先程の鉱族と交えた体組織の一部を分け与えた。これで少しは強度も上がるであろう。……それから、これはその娘の希望だが、あの鉱族と同じように、名前が欲しいそうだ』



「名前?」



『そうだ。その方がお前も、区別が付きやすいであろう。その娘は、既に我から独立しているからな』



 名前、ねぇ……

 確かに、古木だとか棍棒だとかじゃ固有名詞じゃないしな……



「ん~、しかし、急に言われても…………………………。あ! じゃあ、レンリでどうだろう?」



 レンリ。つまり連理。

 安直だが、元々合体木であるこの棍棒の成り立ちから考えれば、妥当なネーミングだと思う。



『レンリか。良い名だ。……それでは、我のことは今後、レイフと呼ぶがよい』



 レイフ、そりゃまた大きく出たものだ……

 森の名そのものの名を冠するとは……



『先程も言ったが、レンリは既に我から離れ、独立している。根を持たぬ以上、栄養や魔力は全てお前経由で得る事になるのだから、なるべく肌身離さず触れているのだぞ。適度に水分を与えてやると、なお良いな』



「……わかった。大事にするよ」



『ではもう行っていいぞ。その娘も、お前に用があって来たのであろう?』



 ああ、そういえばそうだったな……

 いきなり奇異の目で見られたせいで気づかなかったが、わざわざイオがここに来たという事は何か用があっての事だろう。


 俺は古木、レイフに改めて礼を言いつつ、イオと共にその場を離れた。





 ◇





「それで、イオは一体何の用で来たんだ?」



「今夜辺り、オークの女性が出産の可能性があるようなので、立ち合いをお願いに来ました」



「……成程。わかった。……あれ? でも今、今夜って言ったよな?」



「ええ、伝言のついでに、稽古でもしようとかと」



 おいおい、先日あれだけやったのに、まだやり足りないのか……



「……いいけど、手加減はしてくれよ?」



「ええ♪」



 ああ、良い笑顔だなぁ……

 美人故に凄くまぶしく見えるのだけど、寒気がするのは気のせいだろうか……




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