第23話 新たなる生がもたらす光
「シア!? まさか…、産まれるのか!」
シアと呼ばれたオークの女性は、そのまま腹を抱くようにして横に倒れこんだ。
産気付いたのか!?
しかし、オークの出産は確か…
「ソク! オークの出産の手順は!?」
「静かな場所に横たえ、後は待つだけです…」
「それだけ!?」
「ええ、暫くすると、お腹の子供が食事を開始します。あとは、食い破って出てきた子の洗浄と、母体の治療ですが…、基本的に母体が助かる見込みは…」
食い破る!? オークの出産で母体が高確率で死亡するって、そういう事なのか!?
それは他種族から忌避されるワケだ…
誰も好き好んで食われようなんて、思うはずないしな…
あれ? でも、食い破られる事が死因だって言うなら、もしかして…
「ソク! 彼女の夫は誰だ!?」
「…彼女の夫は、セイという青年です。彼は、最初にゴウの犠牲になりました」
「…そうか」
俺はその女性、シアに近付き、彼女の目を見る。
「見ず知らずの男が何を言い出すかと思うかもしれないが、聞いて欲しい。この出産、俺に任せてくれないか? 俺なら貴方も子供も、両方ともを救えるかもしれない」
弱々しい表情で俺の目を見つめ返すシア。
そして、一瞬の逡巡の後、決意を決めたように表情を硬くする。
「しゅ、集落を救ってくれた、あ、なた様であれば、喜んで、お願い、いたします…」
それだけ言うと、彼女は再び痛みを伴う呻き声を上げ始めた。
これは…、あまり時間が無いのかもしれないな…
「イオ! それから、他の女性達も手伝ってくれ!」
「…? 私ですか?」
「ああ…、イオと、君の相棒であるアントニオの力を借りたい」
「戦い以外で私が役に立つとは思えませんが…。まあ、いいでしょう」
俺はシアを抱え上げ、ザルアの家に駆け込む。
それに続いて、イオとオーク、レッサーゴブリンの何名かが慌てて追従する。
「ザルアさん、すまない、少し部屋を汚します!」
…………………………
……………………
………………
…………
……
――――オギャー、オギャー
長い施術が終わり、生まれた赤子が産声を上げる。
母体への負担が心配だったが、無事に出産を終えることができ、ほっと胸を撫でおろす。
――帝王切開。
自然分娩が困難な場合に、腹部と子宮切開することで赤子を取りだす術式である。
正直、上手く行くかは五分五分、いやもっと悪かったかもしれない。
しかし、母体を食い破るのを防ぐのに、他の手段が思いつかなかったのだ。
一応、勝算が無かったわけでは無い。
技術は無いに等しいが、帝王切開に関する知識だけは俺の中にしっかりと存在していたからである。
何故、それが俺にあったかは正直わからないが、今回はそれに助けられたかたちになった。
ただ、勝算があると言ってもやはり不安は拭えなかったし、母体に危険がある事は変わらない。
初の試みである事から、施術が長引くことも想定していたし、母体がその時間を耐えることが出来るかは未知数であった。
幸いなことに、精霊により殺菌面の心配がなく、治癒力の強化も行う事が出来た為、なんとか乗り越えることが出来たが…
「ありがとうございます…、本当に、ありがとうございます…」
シアに感謝をされ、イオが困惑している。
ああいった経験はこれまで無かったのか、面白い狼狽えぶりだ。
俺はそれを肩越しに見ながら、ザルアの家を後にする。
「ふう…」
ひんやりとした空気を感じながら、俺はようやく一息を吐くことが出来た。
俯くと、ガタガタと情けなく震える自分の手が目に映り、思わず自嘲気味に笑ってしまった。
この術式の真の功労者はイオだ。
俺はシアにあれだけ見栄を切っておきながら、途中からは精々指示を出すくらいしか出来なかったのである。
壁に寄りかかり、そのままズルズルと座り込んでしまう。
立っているのすらままならない程、俺の気分は沈み込んでいた。
「…お疲れ様です」
俯いたまま暫く沈み込んでいると、いつの間にか隣にイオが立っていた。
そして、彼女はそのまま俺の隣に座り込んだ。
「…」
「…」
「…トーヤは、これまでにも出産に立ち会ったことがあるのですか?」
暫しの間イオは無言だったが、黙っている俺を見て諦めたように語り掛けてきた。
「…無いよ。さっきが初めてだ」
「そう、ですよね。最初はあんなに率先して指示を出していたのに、急に震え始めて…。少し情けなかったですね」
その言葉が俺の心にグサリと突き刺さる。
容赦ないな、この人…
「…でも、出産自体に怖気づいたようには見えませんでした」
「…?」
ん…? それ以外にどう見えたというのだろうか?
「トーヤ、人を殺したのは、初めてでしたか?」
「っ!?」
先程と同じように、自然な様子で尋ねてくるイオ。
「彼女のお腹を開く時、一瞬ですが、貴方は変な顔になりました。…思い出したのでは無いですか? ゴウを刺し貫いた感触を」
「…俺、そんな変な顔してたか?」
「ええ。まあ、私以外は気付いていないようでしたが」
どうやら、彼女にはお見通しだったらしい。
そう、俺はシアの腹を開く際、一瞬ゴウを刺し貫いた時の事を思い出していた。
想像以上に簡単に引き裂かれるシアの腹部。
俺はあくまでイオの補佐だったが、その感触は俺にも伝わってきていた。
その時、俺の頭の中に変な考えが過ったのだ。
『アイツの肉は、ゴウの肉はもっと硬かった』、と。
その瞬間、俺は急激な吐き気に襲われ、シアを見る事が出来なくなった。
「…すまない。自分から言い出したくせに、情けないよな」
「…いいえ、情けなくなどありませんよ。私も初めての時は、一週間ほど震えが止まらなかったものです」
「…そうか」
「…まあ少し誇張はしていますが、普通に生きてきた者であれば、皆同じような反応をしますよ」
これは、彼女なりに気を使ってくれているのだろうな…
こうしてわざわざ話しかけてきたのも、もしかして俺を励ますつもりだったのだろうか?
「勘違いしないで欲しいのですが、別に私はトーヤを励ましに来たのではありません」
聞く前に否定されてしまった。
いや、聞かなくて良かったけどさ。
「…礼を言いに来たのです」
「礼?」
「…はい。私は戦士です。私もアントニオも、これまでに沢山の敵を屠ってきました。私達は、ただそれだけの為に存在していると思っていたのです。ですが今日、彼女の出産に関わったことで、それが単なる思い込みだと気づいたのです」
イオは真剣な目で俺を見つめてくる。
「トーヤは言いましたよね? 私とアントニオが、彼女を救うと。あの時私は、正直な所半信半疑でした。しかし、トーヤの指示のもと、実際に私の技術は彼女を救う事に貢献する事ができました。…死をもたらすだけだった私の技術が、生をもたらす技術にもなり得たのです。それがどれ程私に衝撃を与えたか、理解できますか?」
「……」
「私の剣の先には死者しか居なかった。しかし、それは単なる思い込みだったのかもしれません。少し視点を変えるだけで、今までとは違う景色を見れた気がします」
イオは立ち上がり、俺の正面に立つ。
「今日、この事に関わらなければ、私はそれに一生気づかないまま、ただの戦士として生きていたかもしれません。だから、この機会をくれた貴方に感謝を。…ありがとうございました」
そう言って微笑むイオの表情は、まるで女神のように美しく見えた。
「だから、トーヤも気づいてください。貴方はゴウを倒した事で、この集落全員の笑顔を守りました。そしてゴウの命を奪ったその手は、同時に新たな生命の誕生を導きもしたのですよ?」
ハハ…、励ましに来たのではないと言いながら、しっかり励ましているじゃないか…
不覚にも目頭が熱くなってくる。
俺はそれを欠伸で誤魔化しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「…そうだな。ありがとう、イオ」
先程までは本当に腰を抜かしていたというのに、なんだ、立てるじゃないか…
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