第21話 夜間強襲戦⑤



「ガウ! よく来てくれた! 正直助かったよ…」



「礼を言うのは早い。我らの傷は完治していないし、三人がかりでもゴウを止めるのは至難だ。…だが、礼を言うのであれば、その男に言ってやるといい」



 その台詞に反応し、ダオが前に出る。

 その肩には意識を失ったゾノが担がれていた。



「我らが待機している場に、この男が必死な形相で駆け込んできてな…。恐らく相当に急いできたのだろう。やった俺が言うのもなんだが、この体で無茶をする…。しかし、大した男だ」



 歩ける程度に回復したとはいえ、ゾノはかなりの重傷だった。

 その為、戦闘には参加せず偵察に専念して貰ったのだが、どうやら戦線が崩壊するのを見てガウ達に応援を要請しに行ってくれたようだ。

 全く…、あの体で素晴らしい行動力と判断力である。



「ガウ…、てめぇ、俺様を売りやがったのか…」



「それは違うぞ、ゴウ! 俺は同じ血を引くものとして、お前の暴走を止めに来たのだ!」



 ガウの言葉に対し、ゴウは獰猛な笑みを浮かべる。



「止めるっつうのは、要するに俺を殺すって事だろ? 兄である、この俺様をよぉ…」



「…お前の衝動は、もう抑えきれない段階まで進んでいるのだろう? それしか無いのであれば、そうするまでの事だ」



「抑えきれない? ちげぇな、そもそも最初から抑えてなんざいねぇんだよ! …まぁ、いいぜ。お前ら四人とやりあうのは久しぶりだが、どんだけ実力差が開いているかって事を、その身に教えこんでやろうじゃねぇか!」



 言うと同時に、凄まじい勢いで突進してきたゴウをガウが受け止める。

 粘性の泥が付着しているというのに、やはりほとんど影響を受けている様子が無い。



(まさか、糊化したデンプンを吸収したのか!?)



 泥の粘性を出す為に利用したのは、にかわとデンプンである。

 もし俺の仮定通りトロールが光合成に似た機能を有しているのなら、デンプンを吸収出来たとしてもおかしくはない。

 想定外の事態に、俺は慌てて暗視法を使いゴウの様子を伺う。



(…にかわのお陰か、なんとか定着・・には成功したみたいだな)



 にかわは動物の骨や皮、腱などから抽出した液体を固めたものの事で、主に接着剤、絵具などの塗料に用いられる原料だ。

 ゴウがいくら規格外とはいえ、にかわについては流石に吸収できなかったようだ。



「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!!」



 ガウ達四人とゴウの激しい攻防が続く中、ついに太陽が顔を出し始める。

 最初は動きの鈍かったガウ達も、その光の影響か徐々に勢いを付け始めていた。



「クソが! 体力が回復しやがらねぇ! これも…、てめぇらの仕込みだってか!?」



 そう。これこそが作戦の最終段階、回復力封じである。


 トロールは何故無尽増の体力を持つのか?

 俺はそれを、光合成に似た機能だと仮定した。

 最大のヒントとなったのは、彼らの肌や髪の色である。

 あの鮮やかな緑色が、体組織に含まれている葉緑素だとしたら…、と考えたワケだ。

 もちろんそれだけでは確証など無かったが、彼らの言う『光の加護』の性質と照らし合わせれば、色々とつじつまが合う。


 とはいえ、本来であれば光合成で得られるエネルギーなど大した事は無い筈である。

 それを可能としているのは、恐らくは内精霊の力によるものだろう。

 今まで見てきた精霊の出鱈目っぷりから考えれば、十分に可能な話だ。


 しかしそうなると、何としてでも陽が昇る前にゴウを倒しきらなければならないという事になる。

 ただでさえ圧倒的な戦闘力を誇るといわれるゴウに圧倒的な回復力まで加われば、完全に勝ち筋が無くなってしまうからだ。

 そこで問題となるのは、俺達の戦力で陽が昇る前にゴウを倒しきれるかという事だが…、ガウに聞く限り、ゴウの実力はガウ達が四人がかりでようやく互角というレベルであるらしく、残念ながらそれは無理だと判断せざるを得なかった。


 そこで俺が提案したのが、ゴウの光合成阻害である。



「我らも半信半疑であったが、ここまで効果的とはな!」



 彼らは、自分たちがどのように陽光から恩恵を受けているのか、しっかりとは理解していなかった。

 しかし、彼らが身に着ける布地の面積の少なさから、本能的にはそれを悟っていたんじゃないかと思っている。

 だからこそ、光合成の効率を下げることは十分に可能だと踏んだのだ。


 俺はまず、大量のすすを含んだ手作りの墨汁粘液を用意し、泥玉に仕込んゴウの皮膚を墨で覆う方法を提案した。

 光合成を完全に遮断することは難しいが、それで効率はかなり下がる筈。

 いくらゴウが強いとはいえども、回復力が低下した状態でトロール四人を相手にするのは至難だろう。

 これこそが、この作戦の最終形であった。


 この作戦は最初から、『陽が昇る前に倒す』ではなく、『陽が昇ってから倒す』だったのだ。

 もっとも、本来であればガウ達は陽が昇り、傷が完全に癒えてからの参戦を予定だったのだが…



「卑怯もん共がぁっ!! 普段誇りだ矜持だ言ってる癖に、これで満足かぁ!?」



「何とでも言うがいい! これがお前を今まで放置してきた、我々の責任取り方だ! たとえ誇りを、矜持を汚してでも、我らはお前を討つ!」



 四人の攻撃が、徐々にゴウを捉え始めている。

 それでも致命傷を避けているゴウは本当に大したものだが、体力が失われていく以上、いずれは防げなくなる時が来る。


 そして、半刻程の攻防の末、ついにその時は訪れた。



「ぐおぉぉぉぉぉっ!? 馬鹿な! 俺様の腕が!?」



 片腕を落とされ、それを信じられないとばかりに叫ぶゴウ。

 しかし、その後もガウ達の攻撃は緩められることが無く、程なくしてゴウは両膝をついていた。



「…終わりです。ゴウ、何か言い残すことはありますか?」



 イオが、ゴウの心臓に剣を突きつける。



「…ハッ! これで勝ったつもりか? 後でぶっ殺してやるから覚えていろよ、阿呆共が!」



 その言葉にイオは視線を細め、静かに剣を突き入れた。

 ゴウはその顔に最後まで恐怖を出さず、凄絶な笑顔のまま逝った。



「…終わったな」



 不機嫌そうなイオの肩に、ガウが手をかける。



「…亡骸はどうしますか?」



「…一応は俺達の長だった男だ。最後くらい手厚く葬ってやりたい所だが…、オーク達に判断を任せるつもりだ。一番の被害者は、彼らだからな」



 四人は複雑な顔を浮かべながら、こちらに向かって歩いてくる。

 しかし、俺はそんな彼らに慌てて叫んでいた。



「っ!? 待て! まだ終わっていないぞ!」



『な!?』



 慌てて振り返る四人。

 同時に俺も駆けだすが…

 駄目だ…、間に合わない!



「ハッ! 死ねや!」



 片腕で薙ぎ払うように振るわれる岩の大剣。

 それをギリギリの所で、イオが受け止める事に成功する。

 しかし、残念ながら質量が違い過ぎる…

 受け止めたイオ諸共、四人はまとめて吹き飛ばされてしまう。

 気を抜いていたせいか、剛体も間に合わなかったようだ。



「クッ…」



 イオの腕が力なくダラリと下げられている。

 恐らく、肩が抜けたのだろう。



「イオ…、良くも俺を殺し・・やがったなぁ…!?」



「っ…、死んでも、死なないとは…、本物の化け物だったようですね…、ゴウ」



「ケッケッケッ、おうよ、俺は化けもんだぜ!? …じゃあな!」



 振り下ろされる岩の大剣。

 しかし、寸でのところで、俺はその間に身を滑り込ませることに成功する。


 渾身の振り下ろしをゴウの小手に見舞う。

 俺の攻撃でダメージを与えられるか心配だったが、なんとかゴウの手から大剣を落とす事に成功する。

 それに少しホッとするが、息をついている暇はなかった。



「最後まで邪魔しやがるガキだ! てめぇなんぞ、素手でも十分なんだよ!」



 ゴウの拳が振り下ろされる。

 俺はそれを受け止めようと棍棒を構えようとするが、先程の攻撃で腕が痺れて力が入らない。

 これは駄目だ…、そう思うと同時に、俺の意識は反射的に左肩へと集中する。



「トーヤ!」



 ライの叫びが耳に入るのとほぼ同時に、ゴウの拳が俺の左肩に到達する。

 その場にいたものは皆、そのまま俺が叩き潰される姿を幻視しただろう。

 …しかし、そうはならなかった。

 俺は膝を付くも、俺はなんとか耐えきる事に成功したのである。



「馬鹿な!? 剛体だと! 何故てめぇが使える!?」



 ゴウが驚愕の声をあげる。

 刺される瞬間にすら見せなかった恐怖に近い感情が、ゴウの表情に表れていた。



「使いなさい!」



 とっさに渡された剣を受け取り、俺はゴウの右胸に剣を突き入れた。



「ちくしょうが…、やっぱ、てめぇは、先に、やっとくべきだ、…たな」



 ゴウの巨体が倒れる。

 俺は油断なくゴウの気配を探ったが、今度こそ本当に終わったようである。



「…今度こそ本当に、討ち取ったぞ!!!」



 俺は最後の力を振り絞り、勝ち鬨を上げる。

 しかし本当に最後の力だった為か、急速に意識が遠のくのを感じた。

 皆が上げる歓声も、まるで遠くの出来事のように聞こえてきた。


 ああ、本当に、疲れたなぁ…




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