第31話 ユダ

『自殺』するつもりと思われる小鳥遊(たかなし)を全速力で追いかけて、辿り着いたのはとあるマンションの屋上。



12階建てだった。

落ちたら確実に死ぬ。



俺はゼイゼイと息を吸っては吐き、既にフェンスの外側に立っている小鳥遊を見つめた。



「……小鳥遊……、こっちに戻って来るんだ……。俺はお前に謝りたい事がある……」


「…………」


小鳥遊は視線の定まらない目をしていたが、ようやっと俺に向き合ってくれた。


俺は勇気を出して、恥を忍んで小鳥遊に『懺悔』をした。


「……俺な、俺……、お前に嫉妬してた。美由起がブラコンだって事だけじゃない、お前が大勢の女の子達にモテて、おまけに外国語まで喋れるっていう才能が、悔しかったんだ」


「…………」


「美由起やお前を救いたいと思っていたのも事実だ。だけどそれ以上に、元の弱気なお前に戻って貰って、お前のモテを止めたかったんだ」



そう、俺の『計画』は欺瞞に満ちた物だったんだ。

楽しそうな小鳥遊が羨ましかったんだ。


俺は小鳥遊から罵倒されても仕方ない。

どんな叱責が待っているだろう、俺は身構えた。


ところが、ヤツからの返答は俺の覚悟していた事とは違う物だった。



「そんな事どうでもいい」


「……え……」


「女ってのは、良いよな。どんなに可愛くない子でも居るだけで大切にされるんだから」


「いや、それなりに可愛くなきゃ大切には扱われないと思うけど……」


小鳥遊(コイツ)は何の話をしているんだ。



「それでも、おれみたいなさえない男に比べたらチヤホヤされてるよ。少なくともさっきみたいに、居るだけで罵倒されるって事はないだろ?」


「……まあ、そうかな」


「好きになってくれとは言わない。でも、何で居るだけでああも嫌われるんだ? 不公平じゃないか? おれは記憶を失っていた時、あんなに彼女達を大事にしたのに」


「……えーと……」



コイツの頭の中は女でいっぱいなのかよ。



俺の、男同士の懺悔とか友情のひび割れとかはどうでもいいってのかよ。

小鳥遊は『不死鳥(フェニックス)』になる前から実は女の事で頭がいっぱいだったんだな……。


俺は話を変える事にした。

時間稼ぎをすれば自殺を思いとどまってくれるかもしれない。



「小鳥遊、死の中でも『自殺』を選ぶヤツってのは心の優しいヤツだと思うよ。自罰を選ぶって事だからな。俺みたいに他人の足を引っ張ったり、他罰に走って犯罪犯すヤツより絶対に正しい」


「そうだろ?」


「そうだろ?」じゃねえだろ、他人事みたいに。

お前の事だぞ?

俺は説得を続けた。



「それでも、自殺するヤツは馬鹿だ。身勝手だ。残された家族はどうなる? 美由起はどうなる? 俺は、そしてお前の死体の後処理をする人達はどうなるんだよ」


最後のは余計だったが、間違ってないと思う。

しかし、小鳥遊は小声で返した。



「俺は彼女達を傷付けた。これから先のおれの未来は、そう良い物でもないと思う。ここで死んでおく方が後々正しいと思う」



ーー小鳥遊ーー。

美由起の言う、『元の優しくて気弱な兄さん』というのはこういう事だったんだ。






「それはどうかしら?」


「!?」



急にかけられた声に驚いて振り向くと、そこには超巨乳の水倉メイとーー。



先程まで小鳥遊を散々こき下ろし、また逆に小鳥遊から性的な侮辱を受けた10数人の美少女達がズラリとしおらしげに立っていた。


美由起は最前列にいる。


「兄さん……」



ベソをかいた美由起は、叫んだ。


「兄さんが死んだら、私も後追いするよ!? それでもいいんだね!?」


ああ……。

やっぱり俺は、小鳥遊には勝てないんだな。

一緒に死ぬという事は、『彼氏』の俺より『兄』を優先させているという事であってーー。



「それと、一緒に雪村さんも飛び降りるよ!? それでもいいの!?」


「え!? 俺!?」



美由起の中で『兄』と『彼氏』の価値が、図らずも同列に並んだ瞬間だった。



「……さっきは酷い事言ってごめんなさい……」



一番年上の彩葉(あやは)さんがまず小鳥遊に謝罪をした。



「でも、『可愛さ余って憎さ100倍』じゃあないけど……、元に戻ってしまった貴方に八つ当たりしちゃったの。何だか、寂しくて、無視されているようで悔しくて」


それに続き、美少女達が口々に泣きながら謝った。



「気色悪いとかこっち来ないでとか言って本当にごめんなさい。本当は気弱な貴方も良いと思ったし、もっとお話したいです」


「貴方のドイツ語、完璧だったわーー最も私の母国語ではないけど。私は貴方から学ぶ事が沢山あるかもしれないわ」


「お願い、死なないで」




「…………」




小鳥遊は、無言でフェンスの内側に脚を入れた。


美少女達から拍手喝采が送られ、小鳥遊は美乳貧乳巨乳、沢山のバストに揉みくちゃにされて困惑気味の様子だった。



俺は、横で泣いている美由起に尋ねた。




「なあ、『女の子の嫌いは本当に嫌い』っていうのは、これでも事実なのかい」



「ええ、事実です」


美由起は即答した。

そして顔を真っ赤にして泣きながらもふんにゃりと可愛く笑って、こう付け足した。





「ただし、その時々によります」





だってさ。

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