第21話 ヴォースの戦いⅠ

 絶対中立を掲げる暗殺者アサシンギルド。その本拠地がある街、ヴォース……。

 ギルドが言う絶対中立とは、何者とも敵対しないという意味では決してない。敵対を選んでさえ、いかなる国家や組織の意向にもしたがわないという強い意志の表れだ。つまり絶対中立とは、強大な力を持たずしてなしえない。

 人口わずか二千人のこの街に、それ程の力が在るのだろうか……いや、確かにある。この場合の力とは、何も軍事力に限ったことではない。暗殺者アサシンギルドはその生業なりわいとして、国内外の情報を一手ににぎっている。国家機密や軍事情報はもとより、王族、貴族の醜聞スキャンダルや辺境の些細なできごとまで、ありとあらゆる情報を集積するネットワークこそが、暗殺者アサシンギルド最大の力だ。

 情報を制する者が覇権をにぎる……それを知る国や街の統治者で、暗殺者アサシンギルドがもたらす情報を利用しない者などいない。そして、ギルドが抱えている暗殺者アサシンを利用しない者もいない。歴史の影で、大きな戦いの影で、常に複数の勢力を手玉に取り暗躍あんやくしてきた組織……それが暗殺者アサシンギルドなのである。

 しかし暗殺者アサシンギルドを、武力によって押しつぶそうとした為政者いせいしゃがいなかった訳ではない。大軍をもって街を攻められたことも、一度や二度ではない。そのたびに暗殺者アサシンギルドは、これを退けてきた。ヴォースは、堅牢けんろうな壁に護られた城塞都市だ。街の中に立てこもり、決して正面からは戦わず、機を見ては指揮系統を分断して相手の戦力を削っていく……こうやって何度も、押し寄せる大軍を退しりぞけてきた。


 そしていま再び、暗殺者アサシンギルドを武でじふせようとする者が現れた。ギルドの振る舞いをこころよく思わない教皇庁が、六千の遠征軍を派兵した。まさに本日午後、その本隊がヴォースへ到着する。そして本隊到着に先がけ、僧兵団五十余名が既に到着していた。

 団長バフガー・スターネスを始めとする僧兵団は、街の手前で休息をとっている。馬に水を与え、自分たちも簡単な食事をすませた。仮眠をとっている者も少なくない。早馬を乗り継いでの強行軍だったのだ。誰もが本隊到着までに、少しでも体力を回復しておきたいと考えていた。

 此処ここには予定通り、昼前に到着することができた。倒木とうぼくに腰をおろし、干し肉をかじりながら、バフガーは行軍の成功に一先ひとまず胸を撫でおろす。遠征軍の本隊は、午後には到着するはずだ。そして教皇猊下げいかも、間もなくお見えになるだろう。

「しかし、攻めにくそうな街ですな……」

 隣に座る副官が、数百メートル先にある城壁に囲まれた街を指す。

「難攻不落とは、ヴォースのためにある言葉……だったか?」

 応じてバフガーが、乾いた笑いを浮かべる。

 ヴォースの街には北門・南門と二つの門があり、此処からは南門が見える。いつもは開け広げられているという南門は、いまや堅牢けんろうな扉によって固く閉ざされている。

 ヴォースは小さな街ではあるが、機能的に見れば立派な城塞都市だ。ヴォースに暗殺者アサシンどもが立てこもれば、長期戦は必至。今回の遠征、本隊規模は六千人とそう多くはないが、ウェイの街からもエリア・バークスの街からも遠いこの辺境にあっては、長期戦を維持する兵站へいたんもままならないだろう。

「長期戦になると厄介やっかいですね。補給線が長すぎる……」

「教皇猊下げいかは、短期で決めるとおっしゃった。何か策をお持ちなのだろう」

 そう言ってまた一口、バフガーが干し肉をかじる。どの様な方法でヴォースを攻めるのか、バフガーには知らされていなかった。

「私だちは、与えられた使命を果たすまで……ですな」

「そうだな。いつも通りだ」

 そう応えてバフガーは、再び乾いた笑いを浮かべた。


     ◇


 遠征軍の本隊がヴォースに到着したのは、正午を少し回った頃だった。街の南に配された門塔の見張りから、インディゴの執務室へ伝令が入る。遠征軍の本隊は、南門へ配された。

 南の壁上から、ドー、ヘレスチップ、ゼンザック、そしてインディゴの四人が遠征軍の様子をうかがう。門から距離を取り横長の方形に陣形を整えつつある。そして六千の兵の奥には、天幕が張られている。

「攻城塔も破城槌も見当たらんな。奴等やつら、歩兵だけでどうやって攻めるつもりだ?」

 壁上で腕を組み、ドーが六千の兵を睥睨へいげいする。

「投石機も無いな。見たところ、兵の練度も高いとは思えん」

 陣形を整える兵の動きを見ながら、インディゴも疑問を口にする。

「魔法による攻撃を想定している……ということなのでしょうか」

僧侶プリースト呪文スペルには、攻城向きのものはないニャ」

 ゼンザックの疑問に、ヘレスチップがこたえる。

「でも、クシード様が出てこられるかも知れませんし……」

死霊術士ネクロマンサーのゾンビ兵は戦争で役立つけど、知能が低すぎて攻城には向かないニャよ」

 城壁に立つ誰もが、ヴォースに攻め入らんとする軍勢の戦術を測りかねていた。

 やがて軍勢の奥に設営された天幕よりバフガー・スターネスが姿をあらわし、僧兵団を率いて隊列の前へでる。

「バフガーが出てきたか。威力偵察と洒落しゃれこむかね。ゼンザック、着いて来い」

 インディゴの後にに、ゼンザックが続く。

「ワタシも行こう」

「ヘレスちんも行くニャ」

 ドーとヘレスチップを加えた四人が壁を降り、南門の前に立つ。

「開門!」

 インディゴの号令を受けた門番が二人がかりでかんぬきを外し、蝶番ちょうつがいをきしませながら重い扉を開ける。門の向こうには、荒涼とした平原に整列する六千の兵。そして兵を背にして、バフガーと僧兵団五十余名が待ち構えていた。

「僧兵団のお出迎えとは……いやはや恐れ入るね」

 そう言いながらインディゴが、バフガーの前まで進む。

「インディゴか。まだ生きておったのか」

 言い捨てたバフガーの言葉を気にも止めず、インディゴが続ける。

「今回の指揮官はお前か? バフガー」

「いや、教皇猊下げいかが指揮をお取りになる。宣戦せんせんは、しばし待て」

 やはり教皇が乗り込んでくるのか……そう呟いてインディゴは何事か思案している様であったが、やがてバフガーに背を向けて南門へときびすを返す。

「教皇が来たら呼んでくれ。出直すよ」

「まぁ、そう急ぐな。せっかく来たんだ、ゆっくりしていけ」

 バフガーが合図を送ると、立ち去ろうとするインディゴたち四人を僧兵モンクたちがとり囲む。

「おいおい、宣戦もなしでおっ始める気かよ」

 振り返ってインディゴが、あきれ顔で肩をすくめる。

「いや、これは別件だ。俺はかねてより、炎帝捕縛の任を受けているものでな。目の前に本人が居るというのに、みすみす見のがす訳にもいかんだろう」

 インディゴをまねて、バフガーが肩をすくめて見せた。

「炎帝さえ渡せば、他の奴は帰してやろう。どうだ、悪い取引ではあるまい」

 その言葉に、インディゴとゼンザックが顔を見合わせて失笑した。その隣でドーが、不機嫌そうな眼差しでバフガーを見すえる。

「貴様、五十ばかりの僧兵モンクで、ワタシを捕らえられると思っているのか」

 苛立ちを隠そうともせず、ドーが言い放つ。

「そりゃ、捕らえられるだろう。問題なくな……」 

「ほぉ、試してみるか? かかって来い、叩き潰してやる!!」

 怒声を発し、ドーがバフガーの胸ぐらを掴みにいく。

「まぁまぁ、二人ともそう熱くなるなって」

 インディゴがドーとバフガーの間に割って入り、二人をなだめる。

「開戦前から、損害を出す訳にはいかないだろ? こういうのはどうだ? 余興として、代表者一対一での試合……ってのは」

 不敵な笑みを浮かべ、インディゴが言葉を続ける。

「お前らが勝てば、ドーを引きわたしてやろう」

「おい、インディゴ……」

「いいから任せとけって」

 止めに入ろうとしたドーを制し、なおも言葉を続ける。

「俺たちが勝った場合は……お前、持ってきているんだろう、峻厳の紅玉スターネス・ルビーを。そいつを寄こせ」

 インディゴの要求に、バフガーはしばらく思案していたが、やがて居丈高いたけだかに口を開いた。

「……いいだろう。俺が勝てばよいだけの話よ。暗殺者アサシンギルドのマスターであれば、相手にとって不足ないわ」

「おいおい、早とちりすんなって。俺はやらんよ」

「なに? では、誰がやるというのだ!?」

 いつもの薄ら笑いを浮かべると、インディゴは隣に立つ男を見やる。

「ゼンザック……お前がやれ」

「わ、私ですか!?」

 静かに事の成り行きを見守っていたゼンザックは、突然の指名に驚きの声をあげた。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る