プリリア王女の婚約
国民の歓声が響き渡り、あたりには紙吹雪がちっている。風に吹かれた紙吹雪は、まるでかつていた世界で見た、春を彩る桜吹雪のように見えた。ひらり、ひらりと空を舞う欠片を、スーリアはぼんやりと見上げた。
今日、ルーデリア王国の建国記念祝典が行われている。
その祝典に合わせて、国王陛下の末娘であるプリリア王女の婚約が発表されて、国民は二重の歓びに沸いていた。王宮のテラスには国王陛下と王妃様が最初に姿を現し、次に王太子と王太子妃、最後に第二王子のエクリード殿下とプリリア王女が姿を現した。
「ルーデリア王国、万歳!」
「プリリア王女殿下、おめでとうございます!」
プリリア王女がその美しい顔に微笑みをうかべて手を振れば、国民の熱狂的な歓声は大きなうねりとなって辺り一面を覆いつくした。スーリアはその姿を見つめながら、あの日の記憶が蘇るのを感じた。
「こんなの、おかしいわ! 現に、王宮に空間の歪みが発生して、魔獣が現れたのよ。この娘のせいだわ!」
あの日、プリリア王女はスーリアを指さしてそう叫んだ。それを制したのはエクリードだった。
「我々もおかしいと思って、調査した。ルーエンが探索魔法を使って、ここ最近花畑に立ち入った人間を全て調べた。その結果、非常に興味深い話が聞けたぞ」
エクリードに冷ややかに見つめられ、プリリア王女はサッと青ざめた。
「その話を今ここで聞きたいか、リア?」
「わ、私は悪くないわ! 王宮の庭園に咲く花をどうしようが、私は悪くない!」
プリリア王女はわなわなとその形の良い唇を震わせた。
「ああ、お前は王族な故、この王宮内に咲く花をどうしようがなんら罪には問われない。だが、その結果として多くの者が負傷したんだ。お前はもっと、このことを重く受けとめるべきだ」
「だって、こんなことになるなんて知らなかったのよ! 私は悪くない! この子が悪いのだわ!! こんな子、現れなければ!」
半狂乱で叫ぶプリリア王女を見て、スーリアは呆然とした。自分は悪くないと叫び、未だにスーリアがまやかしなのだと主張して敵意を露わにする。こんな人のせいで多くの人が危うく死にかけたのだと思うと、やるせない気持ちになった。
「私は王女なのよ! お父様! アルは私に下さい。お父様も先ほどの戦いぶりをご覧になったでしょう? 美姫と名高い私を守るのに相応しいわ」
プリリア王女は父親である国王陛下に縋りついた。国王陛下は寵愛する側妃の若かりし日に瓜二つのプリリア王女を溺愛していると有名だ。陛下は、縋りつく娘を見つめ、優しく目を細めた。
「無論、リアはこの国の王族であり、王女だ。確かに先ほどの戦いぶりは王族を守るのにふさわしいな」
国王陛下の言葉にホッとしたような表情をしたプリリア王女は、次に続く言葉を聞き、表情を凍りつかせた。
「王族とは、国のためを第一に考えねばならぬ。国のために危険を冒して空間の歪みを浄化してまわるエクリードと、王宮にいるだけのお主。どちらが魔法騎士団長に守られねばななぬのか、そして、お主とこの少女のどちらが今のルーデリアに必要とされているのか……、当然わかるな? 下がれ、リア」
「お父様……。嫌よ。お父様!」
「誰か。下がらせろ」
「お父様!」
近衛騎士により謁見室から引きずり出されるプリリア王女は、最後の最後まで罵声を上げていた。スーリアにとっては、なんとも苦々しい記憶だ。
記念式典に合わせて、町には記念の国旗をあしらった小物や王族の姿絵などが数多く売られていた。
スーリアはぶらぶらと歩きながら、それらを眺めた。王室の人々が描かれた記念ソーサーや、国旗が刺繍された小物入れなどが所狭しと店の軒先に並んでいるが、一番人気はやはり婚約されたプリリア王女の姿絵のようだ。未来の夫である隣国の王太子殿下とのセット販売が急遽用意され、それは飛ぶように売れていた。
見目麗しい金髪の美女と藍色の髪の凛々しい青年。見ていると本当に惚れ惚れとするような二人だ。
スーリアはそれらと並んで、とある物を見つけて視線をとめた。魔法騎士の団員達の姿絵だ。公開訓練の時にスケッチしたのか、皆訓練用の鎧を身に着けて剣を握っている。スーリアはその中に、水色の髪の青年を見つけて、それを手に取った。
姿絵の中のアルフォークは部下に何かを指示しているのか、片手に剣を握り、もう片手はどこかを指さしていた。整った美しい顔は、眉を寄せているせいでいつもより厳しく見える。
「スー」
後ろから名を呼ばれ、スーリアは振り向いた。
そこには普段着姿のアルフォークがいて、こちらを見て微笑んでいた。
「アル! お仕事お疲れ様。ルーエンさんの探索の魔法石の効き目はばっちりなのね?」
「ああ。この人込みでちゃんとスーを探せるか心配だったが、すぐ見つけられた」
アルフォークは口の端を持ち上げて、腕に付けた装飾具を見せるように片手をあげた。装飾具にはいくつかの小石が黒の皮ひもにぶら下げられている。前回会った時より一つ石が多いのは、スーリアと待ち合わせするときにすれ違いにならないようにとルーエンに頼んで作ってもらった探索魔法の魔法石を追加したからだろう。
アルフォークはスーリアの頭越しに、背後の商店をひょいと覗いた。
「何を見ていたんだ? 欲しい物があれば買ってやる」
「ほんと? 私、これが欲しいな」
スーリアは手に持っていた姿絵を差し出した。アルフォークはそれを見て、目をみはった。
「こんなものを買わなくても、いつでも本人に会えるのに」
「うん。でも欲しいの。駄目?」
「いや、もちろん構わない」
アルフォークはニコリと笑うと、少し考えるように沈黙した。
「俺もスーの姿絵を描かせようかな。執務室に飾る」
「あら、駄目よ」
スーリアはすぐに首を振った。
「駄目? なぜだ?」
「だって……」
スーリアは頬を膨らませた。
「アルは只でさえ忙しいのだから、姿絵なんて置いたらそれで満足しちゃって私に会いに来てくれなくなるかもしれないわ」
それを聞いたアルフォークは目を丸くして、堪えきれない様子でくくっと笑った。
「あり得ない。今の俺があるのはスーのおかげなんだ」
「今の私があるのもアルのおかげよ」
アルフォークの紫の瞳が優しく細められる。
伸びてきた右手はスーリアの頬をさらりと撫でた。スーリアはその手に自分の左手を重ねると、人差し指の腹でその甲をつつっとなぞった。くすぐったさからアルフォークがまた小さく笑いを漏らす。
アルフォークはあの日、褒美にスーリアの保護を望んだ。スーリアの保護とは、物理的囲うことではなく、スーリアの今の日常を壊さないことだ。花の力を公にすればその力を欲する多くの輩からスーリアはその身を狙われかねない。
そのため花の力はあくまでもルーエン術式とエクリード殿下の聖魔術の効果によるものだとされている。そして、野菜は魔術研究所で新たに開発された最新治療薬ということになっている。
スーリアの横で商品を眺めていた親子がプリリア王女と隣国の王太子殿下の姿絵を購入した。スーリアはその様子をぼんやりと眺めた。
「プリリア王女殿下は幸せになれるかしら?」
小さく呟いた言葉に、アルフォークも飾られた姿絵に視線を移した。
「隣国の王太子殿下は非常に公明正大な人物で臣下の信頼も厚いと聞いている。プリリア王女殿下次第じゃないだろうか」
「プリリア王女殿下次第?」
「ああ。国によって婚姻制度は違う。ルーデリアは一夫一妻だが……」
言葉を濁したアルフォークを見て、スーリアは納得したように頷いた。きっとかの国では、隣国の元・王女も王太子殿下の数いる妻の一人でしかないのだ。ただ、美貌も母国の後ろ盾もあるプリリア王女殿下は、その中でもかなり恵まれた存在のはずだ。公明正大な次期国王。そこで寵を得て正妃になれるかどうかは、まさにプリリア王女殿下の今後の身の振り方次第なのだろう。
アルフォークは店員に小銭を渡すと、スーリアに購入した姿絵を手渡した。スーリアはそれを受け取って、小さく微笑んだ。
「ありがとう、アル」
「どういたしまして。たまには宝石でも強請ってくれればいいのに」
「この前、素敵なガラス細工を貰ったわ」
スーリアはそのプレゼントを思い出し、頬を緩めた。
先日、アルフォークはそれはそれは素敵なガラス細工をスーリアにプレゼントしてくれた。アルフォークの実家の領地の特産品であるガラス細工は、赤いチューリップの形をした繊細なものだ。赤いチューリップはスーリアとアルフォークにとって、特別な花。スーリアがどんなに喜んだかは、筆舌に尽くしがたい。
「あんなものでよければ、いくらでも贈ろう」
「本当? ありがとう」
「どういたしまして。スー。この後、どこに行きたい?」
「アルとなら、どこへでも」
スーリアの言葉を聞いたアルフォークは僅かに目を見開き、それから、微笑んだ。
「後でいいんだが、俺はスーの家に行きたい。ベン殿にご挨拶しないと」
「また追い返されるかもしれないわ」
「何度でも食いつくさ。いいと言ってもらえるまで、ずっと」
スーリアはふふっと笑った。
アルフォークはあの日の後、すぐにスーリアの自宅を訪れてスーリアを妻に欲しいとベンに申し出た。それに対し、ベンの返事は「お断り」だった。
ベンにとって、末娘のスーリアを涙に濡らさせたアルフォークにはやはり複雑な心情があるようだ。それに、姉のメリノが家を出てそれほど時間が経っていないこともあり、スーリアを嫁に出すことにはまだ抵抗があるようだった。
それでもアルフォークは何度も何度もベンの元に通い、許しを請うている。一見、強硬姿勢を見せているベンだが、最近はアルフォークが来ると魔法で畑の水やりを手伝わせたりしている。アルフォークが気付いているかどうかはわからないが、父親が自分の大事な野菜の世話の一部を任せるとは、スーリアからみると大きな態度の軟化だった。
「また畑の水やりを手伝わされるわよ?」
ちょっと意地悪く言ったスーリアをアルフォークは口の端を持ち上げて見下ろした。
「それでスーを貰い受ける許しが得られるのなら、いくらでもやるさ」
横を歩くアルフォークの指にスーリアの指が絡む。触れただけのそれは、どちらからともなくしっかりと握られた。少し引き寄せられて、大好きな人が顔を耳もとに寄せた。
「もう二度と離さないよ、スー」
いつまでも鳴りやまない国民の歓声と交じり合い、それはまるで音楽を奏でるように、心地よく耳に響いた。
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