種明かし
エクリードは目の前の男の底力に驚いた。
五人相手に戦えと言ったのは、アルフォークに右手を使わせる必要に迫らせるためだ。
エクリードがスーリアからスーリアの花の別の力──治癒能力の事を聞いたのは昨日のことだ。早速、王宮の医務室に運び込まれた重症者の何人かに試したところ、確かに治癒魔法でも治せない症状すら治癒する力がある事が分かった。しかし、効き方には差があった。
口にしてすぐに効果が顕れたものもいれば、効果があまり見られないものもいた。そして、エクリードには、それは本人の意思に左右されているように見えた。例えば、足が動かない状態から見事に元通り動くように即座に回復した王宮の警備兵は、男手一つで幼い娘を養っていた。
だからこそエクリードは一芝居打った。スーリアの命が掛かっていると言えば、アルフォークは必ず全力で戦うと睨んだのだ。
カキィーンと音がしてまた一人、床に倒れて這いつくばった。アルフォークが打ち負かしたのだ。
「ほぅ。まさに闘神だな。見事だ」
じっと様子を眺めていた国王陛下が感嘆の声を洩らした。
「本当に。アルの代わりを務められるものは、ルーデリア王国中探してもいないでしょう」
エクリードも頷いた。アルフォークは元々突出して優秀な魔法騎士ではあったが、ここまでとは予想外だ。
左手と魔術だけでここまで戦えるとは、驚きを通り越して畏敬の念を抱かせるほどだ。しかし、これでは困る。アルフォークには右手を使って貰わねばならない。
そこで、エクリードはもう一芝居打つことにした。
無言で階段を降りると、腰に下がる自身の剣を握る。その剣を目標のピンク色の後ろ姿に向かって振りかざした瞬間、生涯で一度も受けたことの無いような激痛が腹部を襲った。
身体がはじけ飛ばされ、謁見室の壁に叩きつけられる。床にずり落ちて、起き上がろうと顔を上げたところで鼻先に剣先がヒタリと当てられた。
「殿下。今、何をされようとしてたのですか?」
スッと細められてこちらを見下ろす紫色の瞳が氷のように凍て付いて見えるのは、周囲がアルフォークが使った氷系魔法の氷で覆われているせいだけでは無さそうだ。これは芝居どころではなく、自分の命の危機かもしれない。
ゲボッと咳き込んだ途端に、口から流れ出たもので自身の白い衣装が深紅に染まるを目にして、エクリードは声にならない笑いを洩らした。
「止めよ」
氷点下の謁見室に、威厳のある声が響いた。
その声で、アルフォークはピタリと動きを止めて国王陛下を見上げた。静観していた国王陛下が、制止のために手を鷹揚に挙げている。
「予想以上に見応えのある余興であった。して、アルフォークよ。お主は今回の褒美に何を望む?」
「……褒美?」
アルフォークは眉をひそめた。今、自分はこの国の第二王子に剣を向けた。懲罰はあっても褒美は無いはずだ。
「一日で四回もの魔獣の討伐を見事に成し遂げ、王宮内での魔獣の発生も死者を出すことなく鎮圧した褒美だ。領地か? 爵位か? 何を望む?」
ニンマリと口の端を持ち上げる国王陛下を見上げ、アルフォークは訳が分からずにエクリードを見た。倒れ込んで口まわりを深紅に染めたエクリードがニヤリと笑う。
「この貸しは高くつくぞ、アル。覚悟は出来てるだろうな?──ああ、くそっ! 痛むな」
エクリードはアルフォークに殴られた脇腹をさすり、低く呻く。口の端からはまた血が滴り落ちた。アルフォークに打ち負かされた魔法騎士達を治療し終えたルーエンが慌てた様子でエクリードの治癒に取り掛かる。エクリードはやっとのことで立ち上がった。
「この度の魔獣征伐、見事であった。アルで無かったら、恐らく王宮は壊滅的な被害を受けたであろう」
エクリードはタオルで口元の血を拭うと、改めてアルフォークを見た。アルフォークは訳が分からずに呆然としている。形の良い口が何かを言おうとはくはくと何回か開け閉めされ、何度目かでようやく声を発した。
「これは……一体どういうことです?」
「悪い。アルに秘密で一芝居打った」
「一芝居?」
「ああ、見事な右拳の鉄拳だったぞ。おかげで俺は危うく天国に足を踏み入れかけた」
エクリードが再び脇腹を擦ったのを見て、アルフォークはハッとした。アルフォークはエクリード殿下の脇腹を力一杯殴った。殴った手は……
「……なぜだ?」
アルフォークは呆然と自らの右手を見た。作り物のように決して動かなかったはずのその手は、アルフォークの意思に合わせ、手の平を上に向けてゆっくりと開いた。
「スーリアのもう一つの力だそうだ。野菜は治癒能力があるようだ」とエクリードは言った。
「治癒能力? しかし、以前、ルーは野菜には何も力は無いと……」
「あれは闇属性魔法に対する防御力を上げる力は無いと言ったんだよ。治癒能力はノーチェックだった」
ルーエンは不本意そうに両肩を竦めて見せた。
「お前の魔法騎士団長の地位返上は受け入れられない。こんなに腕が立つ男をみすみす野に放つのは、愚者の選択だ。それに、おれの浄化の際の相棒は常にお前だろう? これは俺に死に目を見せた罰だぞ。俺が現役の間、お前は永年魔法騎士団長だからな」
エクリードはアルフォークを見て器用に片眉を上げて見せた。
「では、スーが罪人と言うのは?」
「無論、でまかせだ」
エクリードは涼しい顔で言い放った。あまりの展開について行けずに呆然としたアルフォークにスーリアが近づいた。
「ねえ、アル。アルは私を繋ぎ止める枷の役目なんでしょ?」
「スー……」
「私、絶対に許さないわ」
アルフォークの表情がサッと凍り付いた。アルフォークの顔を見つめながら、スーリアは色々な気持ちが湧き上がり、目頭が熱くなるのを感じた。
「勝手にやめるって言い出すなんて、酷いと思うの」
アルフォークが息を飲む。
「私をこんなにしっかり繋いで、逃さないくせに」
スーリアの瞳から、初めてポロリと涙がこぼれ落ちた。アルフォークはその涙をそっと指で拭った。
「スー。スーに会ったら、伝えたい事があったんだ」
アルフォークはスーリアに静かにそう言った。
「ええ」
あのような誤解の別れとなる前、アルフォークは手紙でも『スーに伝えたい事がある』と書いていた。アルフォークの様子から、それはきっと大事なことなのだろうとスーリアは思った。
アルフォークがスーリアの前にスッと跪く。
「私、アルフォーク=ウィンベルグは貴女、スーリアの剣と盾なり、生涯に亘り守り通すことをお許し下さい」
「……え?」
「何ですって!」
悲鳴を上げたプリリア王女をまたもや王太子が黙らせた。
部屋に沈黙が流れる。
突然の事に、スーリアは少々呆気にとられた。目の前では跪いたアルフォークがこちらを見つめている。まわりに居る人達は一言も発せずただこちらを見守っている。どんな反応を示せばよいのか分からずに戸惑うスーリアに、斜め後ろにいたルーエンが小声でコソッと耳打ちした。
「リアちゃん。これは騎士の誓いの言葉だよ。ここは『許します』って言うんだ」
「えっ…と……、許します」
その言葉を告げると、アルフォークが蕩けるような笑みを浮かべた。次の瞬間、スーリアはぐっと息苦しさを感じた。アルフォークに全身を力強く抱きしめられたのだ。恋焦がれた温もりが全身を包み込むのを感じた。
「スー。愛してる」
頭上から、小さく囁く優しい声がした。
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