魔術研究所への納品依頼

 四苦八苦しながらやっとのことで作りあげた野いちごジャム。それを台所で瓶詰めしていたスーリアは、姉のメリノから声を掛けられて振り向いた。


「スーリア、お客さまよ」

「私にお客さま?」

「ええ。騎士団長さんと、知らない男の人。王室の紋章入りの黒いケープを羽織ってたわ」

「え? ほんと!?」 


 それを聞いた途端、スーリアは作業中の鍋と瓶もそのままに、大急ぎで玄関に向かった。玄関脇の来訪者を確認するための小窓を覗くと、アルフォークがいつも着ている黒地に金糸の刺繍が施された魔法騎士団の制服が見えた。スーリアはぱあっと顔を明るくして玄関を開ける。アルフォークと一緒にいた黒いケープの人はスーリアの予想通り、ルーエンだった。


「お二人ともこんにちは! 花を見に来たの?」

「花も見たいんだが、今日は頼み事をしにきた。お父上殿は中に?」

「父さん? 農場にいるから呼んでくるわ。待ってて」


 スーリアはアルフォークとルーエンの横をすり抜けると父親のベンを探しに農場へと走った。父親はちょうど収穫の時期を迎えた野菜をもぎ取りかごに入れている。かごは既に野菜でいっぱいになっていた。

 スーリアがアルフォークとルーエンが用があることを伝えるとベンは怪訝な顔をしたが、家に戻ってきてくれた。ベンとスーリア、アルフォークとルーエンが質素な木のテーブルを挟んで向かい合う。

 煌びやかな二人組が質素なこの家のダイニングで庶民向けのお茶を飲んでいる光景は、なんだかスーリアにはおかしく見えた。アルフォークはお茶を一口だけ飲むと、本題を切り出した。


「スーリアの花を国の魔術研究所に卸して欲しい。これが正式な依頼書だ。一応、お父上のベン殿にも許可を貰いたいと思ってな」


 アルフォークがベンとスーリアの前に差し出した書類には美しい文字でルーデリア王国の魔術研究所に花を卸す許可と王宮内の庭園を使用する許可を与える旨が書かれていた。最後には少し崩した文字で『エクリード=ジ=オム=ルーデリア』とサインが入っている。


「私の花を? 魔術研究所に?」


 スーリアは思いがけない話に目をパチパチとさせた。


「私、趣味で花を育てているだけでガーデナーとしての経験は無いですし、殆ど素人なのですが……」


 自分の花が国の魔術研究所に納品されるなど恐れ多いとスーリアは恐縮した。ルーエンはそんなスーリアの緊張をほぐすように笑いかける。


「スーリアちゃんの花って綺麗なのはもちろんだけど、凄く保ちがいいだろ? なんでなのか調べたいなと思ってさ。野菜も育ちが早いらしいし。然るべき報酬はもちろん払うよ」

「私の花などでいいのですか?」

「もちろん。スーリアちゃんの花がいいんだ。あと、今日は野菜も」

「野菜も?」

「うん。お父上の手伝いをしているんだろ? それを少しだけ分けて貰いたいんだ。野菜は定期的に王宮に納品しに来てもらうか、僕らが取りに来るよ。あと、この長持ちする花が場所の問題なのかを探りたいからスーリアちゃんには王宮の庭園でも花を育てて欲しい。やることは今まで通りに花を育てて、それを魔術研究所に卸すだけだよ」


 スーリアはアルフォークとルーエンを見比べながらおずおずと気になることを質問した。


「私、時々パン屋でお手伝いをしているのですが、王宮のお庭は一日中いないと駄目ですか?」

「いや、花の世話をする間だけで平気だ。そんなに広いエリアでもないから一時間も居れば十分だと思う」とアルフォークが言った。


 スーリアは父親のベンをうかがい見た。ベンはそれくらいならスーリアさえよければ、と頷いた。スーリアもベンがいいというならば問題はない。

 話が終わったところで、アルフォークとルーエンは今日も花畑をみたいと言った。


「そんなに変わり映えしないですけど……。あ、あれは姉さんの結婚式用に育ててます。バラなんです」


 スーリアは二人を案内しながら花畑の一画を指さした。相変わらずスーリアの育てる植物の成長は早く、バラはあっという間に大きくなった。早くも蕾がつき始めている。


「スー、少し摘んでもいいか?」


 花畑を眺めてたいたアルフォークに尋ねられ、スーリアは笑顔で頷いた。


「はい。もちろんです」


 それを聞いたルーエンはスーリアを見下ろした。


「今日も婚約者に花を作って貰ってもいいかな? この前、凄く喜んでたから」

「本当ですか? よかった! じゃあ、この前とはまた違う花で作りますね。確か、ピンク色がお好きなのですよね?」

「うん、そうだね」


 スーリアはまわりを見渡して見ごろを迎えた花を探した。すこし迷ってラナンキュラスを摘み、シンプルにリボンで茎を縛り手早く花束を作ってゆく。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 ルーエンは花束を受け取るとにっこりと微笑んだ。


「ねえ、僕もスーリアちゃんのこと『スー』って呼んでいい? 『スーリアちゃん』って呼びにくい」

「駄目だ」


 人懐っこい調子でルーエンがスーリアに尋ねると、少し離れたところにいたアルフォークがスーリアの代わりにぴしゃりと拒否する。


「僕はスーリアちゃんに聞いているんだよ。なんでアルが否定するのさ。じゃあ、『リアちゃん』ならどう?」


 ルーエンは面白いものを見つけたかのようにアルフォークを見てニヤっとした。アルフォークは忌々しげにルーエンを睨み返す。


「崇高なる目的を達成するため、お前は先ずはマニエルを『マニィ』と呼ぶべきだ」

「はいはい。じゃあこの花を持ってまずマニィに会いに行きますよ」


 崇高なる目的とはかの小説のモデルが自分達だなどというくだらない噂を払拭することだろう。苦笑したルーエンはラナンキュラスの花束を片手に両手をあげて、お手上げのようなポーズをした。しかし、次の瞬間にふと何かに気づいたようにパッと表情を明るくしてスーリアを見下ろした。


「ねえ、リアちゃん。『スー』と『ルー』ってなんか似てるね。リアちゃんが『スー』で僕が『ルー』。僕たちお揃いだ」


 目を輝かせるルーエンは嬉しそうにスーリアと自分を交互に指さして『スー』と『ルー』と言った。それを聞いたアルフォークは渋い表情をつくった。


「少し黙ってろ。スーの別の愛称考えないといけなくなる」

「えー、いいじゃん。アル、僕のことも大好きでしょ?」

「……ルー。お願いだから騙ってくれ」


 アルフォークは指でこめかみをぐりぐりと押さえた。スーリアはその様子を見て、二人がとっても仲良しなのだと感じてくすくすと笑った。


「あれ? 猫がいる」


 その時ルーエンがあげた声で、スーリアは視線を移動させた。花畑の端に茶色い毛玉が見える。


「ミアだわ。おいで、ミア」


 毛玉はミアだった。スーリアがミアを呼ぶと、ミアはルーエンとアルフォークの足に擦り寄って体を擦り付けた。


「拾った野良の子猫を飼っているんです。ミアって言います」

「へえ。可愛いね。猫は好きだな」


 ルーエンは目を細めてミアをひょいと抱き上げる。頭をごしごしと撫でられたミアはゴロゴロと咽を鳴らした。アルフォークはその横をすり抜けてスーリアの前に立った。


「スー、これを貰ってもいいか?」


 アルフォークはマーガレットの花を何輪か摘んでいた。スーリアが頷くと、アルフォークは微笑で「ありがとう」といい、そのうちの一輪を差し出した。スーリアはアルフォークに差し出された一輪のマーガレットを受け取ると、首をかしげた。


「可憐な雰囲気がスーの似合っている」


 優しく微笑まれてスーリアの胸の鼓動がまたトクンと跳ねる。手元の何の変哲も無い白のマーガレットがとても素敵に見えた。


「これにも花言葉が?」

「はい。『恋占い』です」

「恋占い……。花びらを一枚づつ外すアレか」


 アルフォークは苦笑し、スーリアと目が合うとククッと笑った。楽しそうに笑うその姿に、スーリアは頬があからむのを感じて慌てて目を逸らしたのだった。



 

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