第10話 些細な悪意
「数日後、あかねからメールが来た。この間は本当にありがとう、の文字と銀行の支店、口座番号、名義人 佐藤あかね、の文字。了解の返信をして、銀行に行く。早ければ早いほどいいのだろう。指定された五万円を振り込んだ後、振り込んだ旨をあかねに伝えた。返信はすぐに来る。再び、ありがとうの文字。ため息を吐いてコンビニで缶ビールを買い、近所の公園のベンチに腰かけて飲んだ。再び、メールの着信音。何だろうと思い確認してみると、またあかねからのメールだ。内容を見る。こころがチクリと痛んだ。メールは念押しのメールだった。
『このことは木崎君には絶対に言わないでください』
木崎、木崎。僕はビールを飲み干して缶を握り潰す。
人生は更新され上書きされていくものだ。あかねは僕がいつまでも密に木崎と連絡を取り合っていると思っているのだろうか。木崎は木崎で新しい人間関係を築いているだろうし、それは僕も同じだ。
そもそも、あかねは木崎には絶対知られたくなくて、僕になら何を知られたって一向に構わないということなのか。僕には僕を好きでいてくれる彼女がいる。僕らの演奏を見に来てくれるファンだっている。なのに僕はいつまで木崎へのコンプレックスを持っていた自分に引き戻されないといけないんだ? 高校を卒業してもう何年経っていると思ってるんだ。
木崎。木崎。こころの中に小さな黒い染みが生まれたように感じた。それは、漠然とした、腑に落ちない、釈然としない気持ちが、輪郭をもち顕在化したものだろう。
何度もあかねと連絡を取り、実際に会って、彼女を心配したり、お金まで援助したりしているのに、木崎などは何も知らないじゃないか。何も知らないくせにあかねのなかではいつも、いつまでも特別なんだ。気に入らない。
こころの染みが少し大きくなる。
木崎、そもそも、おまえがもう少し上手にあかねを振っていればこんな事にはなってはいなかったのではないか。
僕は木崎に電話をかけた。
数日後、携帯電話が鳴る。
耳障りな高い音を出して、責めるように鳴り続ける。出ないわけにはいかない、そう、思う。
僕はこの電話が誰がかけてきているのかを知っている。あかねだ。恐らく木崎があかねに連絡を取ったのだろう。分かっていた。そう仕向けたのだから。
電話に出る。ものすごい勢いで僕を罵倒する声が携帯電話のスピーカーを震わす。こちらが言葉を挟む余地も無いほどに。
暫く罵倒は続いた。罵倒は少しずつ啜り泣きに変わる。やがて沈黙が訪れる。僕が話そうとした瞬間に電話は途切れた。
そして、僕は二度とあかねと連絡を取ることは出来なくなった。恐らく着信拒否の設定にしてあるのだろう。メールを送っても未配信になる。あかねとの関係が完全に断たれた。
『久しぶり、元気にしてる? じつは最近あかねと会ったんだけど、いまあいつ色々大変みたいでさ、木崎のことも凄く懐かしがっていたぜ? 励まし、じゃないけどおまえの声、あかねに聞かせてやってくんねぇかな。きっと喜ぶと思うから』
僕が木崎に話した内容は概ねこんな感じだ。
その意図は、あかねに約束を守らなかったという事実を彼女に伝える為だ。彼女が怒ってきたら、弁明するつもりだった。大丈夫、君の身の上話はしてないから、と。
それはほんの些細な悪意だった。
木崎に対するコンプレックス、そして嫉妬。小さな黒い染みの正体だ。『木崎君には絶対に言わないで』。このひと言に傷ついている自分を主張したかった。
けれども、僕は悪意が及ぼす影響を甘く見ていた。あかねの木崎に対する想いも。
木崎から連絡があったのは、あかねとの最後の電話の一週間後だ。
『おい! たかお! おまえニュース見たか?』
『いや、見てないけど……何のこと? どした?』
『あかねが自殺したぞ! 無理心中だって!』
僕は反射的に携帯電話を切った。あかねが自殺? 無理心中? 何を言ってるんだ? 何を言ってるんだ?
ネットニュースを調べてみる。無理心中で検査するとすぐに記事を探せた。佐藤あかねさんの首吊り遺体とその子供、翔くんの遺体が発見された。翔くんの遺体の側には、引き裂かれた翔くんのものと思われる園児服が置いてあった。遺書は見つからなかった。そう記事には書かれていた。
引き裂かれた園児服。
——今日は相談があって来たの。今度、うちの子が保育園に入園することになって。それで、園児服やら入園費やら色々お金が必要になって——
あかねの言葉が再生される。
一体何が起きたんだ? 分かっているくせに混乱した意識は事実を受け入れられない。
あかねの自殺。
僕のせいなのだろうか。僕が木崎に電話をさせたせいであかねは自ら命を立たざるを得なかったというのか。そんなことで……。
僕は木崎にあかねの身の上話を一切していなかった。木崎が何を言ったか分からないけれども彼女の転落を知らない木崎が彼女の知られたくないセンシティブな事を話したとは考えにくい。でも……。あかねにしてみれば、木崎が何を話したかという事は重要じゃない。木崎が僕をきっかけにして電話をしてきたという事実が重要なのだと今更に気付いた。木崎は多分障りのない世間話をしたのだろう。けれどそれは木崎があかねを気遣って
余計なことは言わなかったと彼女が判断したら、あかねにとって絶対に知られたくない恥部を木崎に知られたと考えても不思議ではない。
僕のせいなのか。僕があかねを殺したのか。将来を悲観して死んだのかも知れない。風俗のお客とのトラブル、あるいは他に絶望的な何かがあって死んだのかも知れない。
引き裂かれた園児服。
あかねの死因を色々考えてみてもこの一点があるが故に逃れられない気がした。これから死ぬという時に、わざわざ園児服を引き裂く合理性を見つけられない。僕になんらかのメッセージを伝えるという目的を除いては。
後日、警察から簡単な聞き込み調査を受ける。五万円の振り込みの理由を聞かれた。あかねの死に方が首吊りであった為、無理心中の線で調査しているが一応、といった態度だった。彼女とは高校の同級生で、お金に困っているからと僕に連絡してきた。五万円貸して欲しいというから五万円貸した、と答えた。嘘は言っていない。嘘は言ってはいないが真実を知っているのにも関わらずそれに触れていない。引き裂かれた園児服。そこに繋がる五万円の使用目的を意図的に隠した。卑怯者。偽善者。人殺し。
恐らくそれを話したところで罪に問われることはないだろうと理解はしていた。だったら何故?
大学生の時、法学の講義で教授が言っていたことを思い出した。
『罪には三つの種類がある。一つは、我々の社会が定めた法治による観点から逸脱した時に問われる罪。これは我々がこれから学んでいくものだが、罪の重さにより量刑を経て相応の罰が与えられる。
もうひとつは宗教における罪。これは時として我々の通念と異なることがあるが、国によっては法治の概念より優先されることもある。教義、信仰によりまちまちだがこれも量刑を経て相応の罰が与えられる。
最後にもうひとつ、道徳的な罪。実はこれが一番厄介なんだ。罪の認識はそれぞれの道徳的な観念に委ねられ、ある人には罪と思うことも、別の人には罪と認識されない。よって罰を与えられることもない』
今にして思う。罰とは救済のことではないだろうか。罰とは罪を償うために発明された人間の知恵ではないか。犯した罪を本当に償うためには、罪を犯す前の状態に戻すこと。でもそんなことは出来ないから、加害者も被害者もそれぞれ腑に落ちないものを少しでも緩和させる知恵。罰を与えられることにより、そしてその罰を受け入れることで加害者の罪の意識からの救済がある。
罰を与えられない罪。僕は他人からの軽蔑を回避した代わりに終わる事のない罪の意識を抱えることになった。
ほんの些細な悪意。それが思わぬ形で人生に影響することがある。
僕はあかねの死の形見としてこの想いを持ち続けないといけない、そう思ったんだ」
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