第20話 ばあちゃんは全てお見通し

「マコト、チヒロ、ご苦労だった。それぞれ役目は果たせたようだな」


 翌日、本部に戻って報告を受けたアレクは二人を労っていた。


「チヒロは新しい魔法を覚えたそうだな。その調子で精進するが良い」


「はい! 必ずこの国の役に立てるようになります!」


 にっこりとアレクに元気に挨拶をする。


「マコト、初めての異種族はどうだったか?

 この世界の様々なものを見聞させようとシャンソニアへ行かせたが、何か収穫は得られたか? 」


 対して、マコトは虚ろな雰囲気を漂わせている。燃え尽きた、という表現がぴったりだ。


「……女は見た目に惑わされるな、と言うことですかねえ……」


「どういう意味だ?」


 訝しげにアレクが聞き直そうとするのを、チヒロが小声で制した。


「しっ! アレク様、マコトはあちらでいろいろと衝撃を受けて、燃え尽きた灰になってます」


「確か、魔王カトリーヌは男を惑わすタイプだと聞いたが、まさか毒牙にかかったのか?」


「いえ、そういう訳ではないのですが……あ、それよりも一つ進言がございます。マコトは……ちょっと席を外してもらいましょう」


「ふむ、出張疲れもあるようだから、マコトは下のカフェにでも行って休むが良い」


「はい……」


 ふらふらとマコトはカフェに降りた。カフェはタマキのおかげもあって、なかなか繁盛している。空いているのがカウンターのみだったので、そこに座り、フィルじいさんに注文をした。


「フィルじいさん、コーヒー淹れられる?」


「はいよ、わしのスキルなら朝飯前さね。なんか元気ないようだな」


「ああ……ちょっとな……」


「はい、和洋折衷だけどゴマ煎餅。どうせ、百歳のエルフを見て衝撃を受けたのではなくて?」


 タマキが煎餅の入った皿を出しつつ、さらっと容赦なくマコトへ止めを差す。


「なんでわかるんだよぉ……」


「伊達にあんたの祖母を二十八年間もしていないわよ。あんたは幼稚園の頃から見た目ばかりに惑わされてたからねえ。さくら組のユリちゃんが大好きとか言ってたけど、あの子、男の子達を手玉に取っておもちゃを巻き上げてたのよ」


「え?! そうだったのか?」


「やはり気づいてなかったのね。途中でユリちゃんがいなくなったとあんたは泣いてたけど、本当はね、おもちゃ強奪の現場を押さえられて退園になったのよ」


「そ、そんな、そんな……俺の淡い初恋が」


「他にも小学校のミユちゃんも……」


「わー!! なんで知ってるんだよぉ!」


「そりゃあ、友達を部屋に呼んであんな大きな声で恋ばなしてりゃ、いやでも耳に入りますよ。ちなみに、ミユちゃんは家に上げると物やお金が無くなると保護者達では要注意児童だったのよ」


「ぐはぁっ!!」


 さらにダメージを喰らったマコトは、へなへなとカウンターの上に突っ伏す。そんなマコトにお構い無しにタマキは畳み掛けた。


「上っ面だけで突っ走るのは、いい加減止めないと。あんたは公務員だから金目当ての女やら、異世界残留目当ての女に狙われるわよ」


「いや、それは大丈夫……」


「そぉお? 三年前に連れてきた結婚を考えていた彼女とやらは、借金を隠していたのがわかって修羅場だったじゃない。しかも、あの女は本命男がいたというオマケ付き。あたしが興信所を入れなければ、まあ、仕事の出世に響くかともかく、局内の評判はがた落ちだったのじゃない?」


 次から次へとダメ出しをされて、マコトは撃沈する。


「ううう、傷心の孫にそれはないぜ、ばあちゃん」


「まずは見た目から入るのをなんとかしなさい。身近な人から見ていけばいいじゃないの」


「身近な女性ねえ……」


「その前にあんたは元の世界に帰りたがっていたでしょ? そういうことになったら、その人を連れていくの? それとも留まるの? その辺りの覚悟もできていないのではまだまだね。ほら、追加の激辛煎餅。これでも食べてちょっとはシャキッとしなさい」


 そういうとタマキは真っ赤な煎餅を皿に盛り、マコトの前に置いた。


「はあ……」


 コーヒーに合わないのではないかと思いつつ、煎餅を一口かじる。口の中に辛味が広がり舌が熱くなる。


「なあ、ばあちゃんはなんで元の世界へ戻ったの? 異世界へ永住しようと思わなかったの?」


「そりゃ、お祖父さんに会いたかったからよ。嫁入り前だけど、お祖父さんとは幼なじみでね。毎日のように会って過ごしていたから最初の頃は寂しかったわ。エルヴィエ様はこちらに残って欲しそうだったけど、大事な人の元へ帰してくださいと訴えて三年ほどで帰った訳よ」


「大事な人……か」


 焦らずに探すかなとマコトは考え直した。それよりも、これからの身の振り方も定まってない。全てはばあちゃんを置いていけないからなのだが。

それにしても辛い煎餅だ。だんだん口の中が熱くなってきた。


「まあ、今はお祖父さんも亡くなって独りだからしがらみ無いし、好きに異世界ライフを堪能できるわ」


 この様子では当面は帰れないようだ、と感傷に浸るまもなくチヒロが呼びにやってきた。

……しかし、本当に辛い。舌が痺れてきた。


「マコトー! ティーブレイク終えたらアレク様の所へ戻って! スキルの再検査するって」


「うぐっ! ……わ、んがった……」


「変な返事ねえ」


 タマキが笑いながらチヒロに説明する。


「ごめんなさいね、チヒロちゃん。取り寄せた煎餅がハバネロだったみたい」


「あちゃー、それじゃ当面は使い物にならないわね」


 ……少しでも感傷的な思いを抱こうとしたのは間違いだった。フィルじいさんから差し出してもらった湯冷ましを飲みながら、マコトはむせ続けるのであった。


(俺、ここに来てからばあちゃんにおちょくられてばかりな気がする)


 ~第二章 完~



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