勇者レポート2. the Prince of Darkness -魔王の楽譜-


 “魔王”という言葉に教室が騒めく。


「おい、どういうことだよ。

この学校に魔王がいるってことか……?」

「いや、そんなわけないでしょ。

 だって魔王は15年前に滅んだって……」

「でも、勇者が派遣されるなんて普通じゃないぜ……」

「デュフww拙僧、理解が追いつかないでござるww。

 まさか勇者殿が来られるとはwww

 まあかくいう私も賢者ですがなフォヌカポウwwww」

「うわ、ピート唾飛ばすなよきったね!」


「はーい、静かにー!」


 オリヴィアが杖を掲げ、教室が静まる。


「皆さんが今聞いた通り、クライヴくんは勇者組合から派遣された生徒です。

 編入生、ってことになるのかな。

 今日から皆さんと一緒に授業を受けてもらうので、仲良くしてあげてねー!」

「ぁ、よろしくお願いしますー……」


 クライヴは頭を掻きながらぺこりと頭を下げていた。

 勇者という称号に似つかわしくない姿だ。


「ちょっとちょっと、勇者様がこのクラスに編入だってよ!」

「キャー、それウチら凄くなーい! 

彼氏に自慢しよ」

「キャハハ、アンナウケる」


 クラスのギャルグループが盛り上がっている。

 さっきまで道端のゴミでも見るかのような態度だったのに現金なやつらだ。


 まあ、それも仕方ないことか。

 勇者の称号を得るには、剣術、魔術、体術、学術と様々な試験項目をクリアしなければならない。

 さらに性格診断や出身など様々な部分でふるいにかけられる。

合格率は1%以下だそうだ。

そんな試験を突破した超エリートが、同じクラスに編入してくると聞けば驚くのも当然だろう。



「じゃあ、クライヴくんの席だけど……」


 オリヴィアは教室を見渡して俺の隣の席を見る。


「彼――えーっと、たしか……カイルくん!

 の隣でいいかしら?」

「ぁあ、オレはどこでも構いません。

 できれば後ろの方がいいっすけど……」

「じゃあ、調度いいわね!

 後ろから2番目の席よ。

 あの目つきが悪い子の隣ね」


 目つきが悪い子って誰だ。

 ああ、リーゼのことか。

 っておい、俺のことじゃねえか。


「ぁ、はいー……」


 クライヴが俺の隣の席まで歩いてくる。

 アルとリーゼは観察するようにそいつを見ていた。


「……どうも、よろしくお願いします。

 えーっと、カイルさんでしたっけ……?」


 そいつははペコリと頭を下げた。


「おい、呼んでるぞカイル」


 俺はアルの背中を叩く。


「カイルはお前だろ!

 僕はアルベルトだ!」


 クライヴは反応せず、俺を黙って見ている。


「おいおい、俺の慈愛溢れるまなこが“目つきの悪い子”なんて言われると思うか?」


 俺は自分の目を指さしながら言った。


「……思いますね。

 あなたの目は確かに鋭いっすから。

 ――人とか殺してそうなほどね」


 そう言ってクライヴは俺の方を見ている。

 前髪が長いせいで表情が見えない。


「……はは、なーんちゃって」


 はは、とか言ってるが口元は笑っていない。


 ――こいつ、これで冗談を言ったつもりか……?


「ぷぷ、カイルが人殺してそうな目だって」


 全然面白くない冗談だったが、後ろのリーゼは笑っていた。


「人を殺してそうなのは後ろの暴力女だ。

 実際俺は何度か殺されかけた。

 見ろ、目つきも猛獣のようだろ」

「……フン!」


 背中を蹴られる。


「ほらな」

「ほらなじゃない!

 安心して、クライヴさん。

カイルは特別だから。

 私が暴力を振るうのはカイルだけよ」


 嫌な特別だなおい……。


「はは、カイルさん面白いっすね……。

 あなたとは仲良くしていけそうだ」


 こう言ってるが全然面白そうじゃない。


「改めてよろしくお願いします。

 ブラッドフォード・クライヴっす」


 クライヴはそう言って手を差し出して来た。

 握手しろということか。


「カイルだ」


 俺はクライヴの手を握った。


「……」


 さわさわ。

 さわさわ。

 

「何してんのお前」

「……いやあー、カイルさんの手がとっても逞しくていい手なもんで」


 クライヴは俺の右手をべたべたと気持ち悪く触ってきた。

 手首から指先まで念入りに何かを確認するように。


「言っておくが俺はノーマルだぞ」

「……はは、大丈夫ですよ。

オレはどっちでもいけますけど」


 ……。

 さらっととんでもない事言いやがった。

 何が大丈夫なんだろうか。

 何も大丈夫じゃないぞそれは。


「……へえ」


 クライヴは俺の手を触りながら口元を歪めた。

 ……こいつ今初めて笑ったな。

 

「なるほどなるほど……」


 手首の辺りから伸びて今度は俺の腕をペタペタ触ってくる。

 口元は歪んだままだ。

 こいつはひょっとしてマジでそっち系の人なのか……?


「カイル・グレイス――1年の試験の成績では、剣術E、体術D、総合的な身体能力はD-。

 客観的に見て優秀とは言い難い。

 むしろこの学校の生徒の平均値を大きく下回っている」

「……あ?」


 こいつ、何で俺の成績を……。


「しかし……その割に、前腕部の発達――特に深指屈筋しんしくっきんから方形回内筋ほうけいかいないきんにかけての筋繊維の質が一般的な剣士のそれを遥かに凌駕している。

 手のひらの皮膚の厚さや指の関節の稼働具合を見るに、よく訓練していることも分かる」


 ……何だこいつ?

 さっきちょっと触っただけでそんな事まで分かるのか?

 人体マニアか?


「何が言いたい」

「……いやー、はは。

 事前に聞いた情報から想像していた生徒像と、かなりかけ離れていたもので。

 不快にさせてしまったのならすみません」

「俺の成績を事前に聞いただと?

 この学校のプライバシー管理はどうなってやがる」

「その点も謝っておきます。

 勇者の権限で、この学年の生徒の成績は全て見させていただきました」


 その言葉に――


「ええっ!?」


 とリーゼが反応する。


「私の成績も知られてるってこと!?」

「あー……安心してください。

 外部には絶対漏らしませんので」


 こいつ今俺の成績をぺらぺら喋ったくせによくもそんなことが言えるな……。


「ちょっと腑に落ちないけど、まあ、いっか。

 カイルほど酷い成績じゃないしね……」

「俺を引き合いに出すなよ」


「はーい、静かに!

クライヴくんに挨拶したい子はあとでね。

それじゃあ新学期最初のホームルーム始めるよー!」


 ホームルームが始まった。

 オリヴィアは今後のクラスの予定や抱負を語っていた。

 

 その間クライヴはクラス内の人間を観察するように眺めていた。

 クライヴ横の方を見ると「げ!」とアーニャが顔を逸らした。


 ……大丈夫だ、お前は魔王じゃなくてただの半魔だから。



---



「というわけで……皆さん、これから1年間お世話になります」


 ホームルームが終わった後クライヴが言った。


「よろしくね、クライヴさん。

 私は別に怖いひとじゃないから、分からない事があったら何でも聞いてね」

「……はい、ありがとうございます、ディーゼルさん」


 クライヴはリーゼを一瞥して挨拶するとすぐに顔を逸らした。

 まるで興味が無いとでも言うかのような態度だ。

 そしてすぐに今度はアルベルトに視線を向けた。

 アルのことをじーっと舐めまわすように見ている……。


 やはりこいつ……。

 リーゼは客観的に言えばかなりかわいい部類に入る女子だ。

 そんなリーゼを軽くスルーして俺やアルに熱視線を向けるとは……。


「勇者か何だか知らないが、僕は誰とも仲良くする気はない。

 不快だ。 そんなにじろじろ見ないでくれないか」


 アルは冷たく言い放つ。


「……すみませんブランシュさん。

 でも、これも仕事の一環でして、大目に見てください」

「ふん、ならば僕の視界に入らないように努力しろ、目障りだ」

「ぁー……はい、努力します」


 アルの威圧するような態度にも全く怯んだ様子を見せない。

 むしろさらにじーっとアルを見ている。


「アルベルト・ブランシュ……教師からの評判は良好。

 しかし他人と関わることを極端に嫌うプライドの高い生徒。

 他人に自分の事を知られたくないのか……?

 成績は驚くほどに優秀――要注意人物だな」


クライヴはアルに聞こえないぐらいの小声でぶつぶつ言っていた。


「この学校に“魔王”がいるというのは本当なのか?」


 俺は聞いてみた。

 おそらくクラスの生徒が一番気になっているところだ。


「……はい、本当です。」


 クライヴはクイっと顔を俺に向けた。

 機械みたいな動きだ。


「信じられない話ね……。

 1年間通っていて、何も起きなかったわよ?」


 リーゼが言った。


「……the Prince of Darkness、魔王の楽譜――この言葉に聞き覚えはありますか?」


 クライヴの前髪の隙間から、わずかに目が見えた。

 赤い瞳が俺を射竦めるように見ていた。


 こいつ……。


「知らんな。

 聞いた事が無い」


 俺は思わず笑いそうになるのを必死に堪えながら答えた。


「……そうですか。

 まあ、希少な魔道具だと思ってください。

 その楽譜を、魔王は必死になって集めているという噂がありましてね」


「へえ……」

勇者組合我々がそのことに気づけたのは極最近です。

 つい先日、『シューベルト』という麻薬組織が一つ壊滅していた事が分かりました。

 闇の市場を牛耳っていた裏世界の大御所と言えるような組織です。

 そう簡単に潰れる組織じゃありません」

「そこが潰れた理由と、魔王が何か関係あるのか?」

「……はい、我々はそう考えています。

 『シューベルト』は麻薬だけでなく、違法な魔道具やスクロールを街に流していました。

 勇者組合も、数年前から目をつけていたものの、手出しできない状態でしてね。

 しかし、ある日突然のように『シューベルト』は裏世界から姿を消したんです。

 不審に思った組合員が、シューベルト組織の本部に偵察にいったところ……我々は驚くべき光景を目にしました」


 黙って続きを促す。


「――めちゃくちゃに破壊され尽くされていたんですよ。

 壁や床までボロボロになって、内部は焦土のような状態でした。

 中には幹部と思われる死体もごろごろ転がっていました。

 その時我々は確信しました。

 ――これは魔王の仕業に違いないと」


「なるほどな。

 だが、まだ根拠が少ない。

 魔王の仕業と判断するのは早計だ」


 クライヴは俺を見る。


「いえ、根拠はそれだけではありません」

「是非聞きたいね」


「まずこの犯行をおこなった者の動機が分かりませんでした。

 中にあった金や貴重な魔道具は全て無事だったんですよ。

 では『シューベルト』を壊滅させた犯人の目的は何だったと思いますか?」


「復讐とかじゃねえか?」

「……ええ、我々もその線で捜査しました。

 しかし、シューベルトと魔王の過去の関係はほぼ見つかりませんでした。

 ただ一つ掴めたのはシューベルトが“the Prince of Darkness”と呼ばれる楽譜の一部を所持しているという信憑性しんぴょうせいの低い情報だけでした。

 それが通称“魔王の楽譜”と呼ばれるものです」


 魔王の楽譜ね……。


「我々は“魔王の楽譜”について徹底的に調べました。

 すると、過去に一件、“シューベルト壊滅”と似たような事例が見つかったんですよ」


「……似たような事例?」

「はい。

 10年前の話です。

 人身売買や人さらいを生業にしていた巨大な組織が一つ、突然壊滅しているんですよ」


「それも魔王の仕業だというのか?」

「……その組織も、“魔王の楽譜”を所持しているという噂のある組織でした。

 そしてその事件でも、金や貴重品は全てそのままでした。

 共通点はこの二つです。

 魔王の楽譜を所持している組織がどちらも突然のように壊滅している。

 どちらの組織も、勇者組合が手を焼くほどの巨大組織です。

 そんなことをやってのけるのは“魔王”以外考えられない。

 ――それが我々の結論です」


 そこまで調べがついてるとはな……。

 おもしれえ。


「話は理解した。

 勇者組合ってのはすげえんだな」

「ええ、まあ」


 クライヴはさらっと肯定する。

 当然だと言うように。


「でも、まだ分からねえな。

 それがどうしてこの学校に魔王がいることになる?」

「……“魔王の楽譜”を所持しているとされる組織は他にもいくつかあります。

 しかし、この場所の近くにある組織だけがピンポイントで狙われた。

 ――つまり、魔王はこの地域に潜伏していると推測できます」

「……へえ」

「さらに、事件が起こった時間帯や、残った痕跡から推理し、この学校へと至りました。

 ――魔王はこの学校内に潜伏しています」


 クライヴは語尾を強めて言い放った。

 魔王を見つけ出してやるという意志が感じられる。


「……他の話は信じるが――最後のは“嘘”だな」


 俺はクライヴに言った。


「……はい?

 嘘って、何がですか?」


 クライヴが首を傾げる。

 大した役者だ。


「お前はこの学校に“魔王”がいると断定したが、それが嘘だ」


「……」


 クライヴは黙って俺を見ている。


「俺が見たところ、この学校に派遣された勇者は学年ごとに一人。

 他のクラスからはそういう話は聞いていない。

もし、本当にこの学校に魔王がいると分かっているなら、もっと大人数で調査するはずだ」


「……」


「次に、本当に魔王がいると分かっているならお前が勇者だと名乗るのはおかしい。

 普通は素性を隠して生徒を探るか、もしくは全生徒を拘束するような強行策を取るはずだ。

 お前が勇者だと名乗った時、『言っちゃいけないんだっけ』と取り繕っていたが、あれはどう見ても計算の内だ。

 おそらく、勇者と名乗ることで周囲の反応を探っていたんだろう。

 その証拠に、お前は常に周囲の様子を注意深く観察している」


「……」


「俺の推測では、この地域内とそう遠くない周囲の地域全てに勇者を派遣している。

 人が多く集まる場所に数人ずつ、な。

 そこで、勇者と名乗ることによって数人がかりで反応を探る――それが勇者組合のとった方法だ。

 違うか?」


「……」


 クライヴは黙って俺の話を聞いていた。

 ――そして、笑いだした。


「く、くっくっく。ふふふ」


「――驚いた。

 大正解です」


 ――そう言った瞬間、クライヴは光彩を燃やすような赤い瞳で俺を見た。


「……いやあ、賢いですねえ、カイルさん。

 やっぱりあなたは面白い。

 確か、カイルさんの“知性”の成績は最低評価だったはずですが……

 ――とてもそうは見えないですね」


「そうか?

 俺のIQ5000の脳みそを最低評価とは教師の見る目も当てにならんな」

「……くくっ。いやー面白いですね。

 ――その飄々とした態度の裏に何があるのか、剥がしてみたくなりました」


「面白い事言うな、クライヴ。

 鬼が出るか、蛇がでるか――試してみろよ」


「あるいは――ひょっとすると“魔王”が出てくるかもしれませんね」


 俺とクライヴはお互いの目を見ながら不適に笑った。

 笑い合う俺たちを見て――


「あいつらなんか怪しくね……」

「BLってやつか?」


 などと囁かれていた。




------


《PRPFILE》


【王立魔術師養成学校 1年次試験 生徒評価】


 アルベルト・ブランシュ【男】


 魔術適正【赤】

 志望兵種【魔剣士】

 身体能力A 知性B+ 剣術A 洞察力C+ 魔力B 魔術A+ 体術A+


 総評A

 現状で既に第一線で活躍できる実力を持つ、優れた魔剣士と言える。

 剣術では、型にはまらない力強さと、それを支える技術を併せ持つ。

 魔力量も申し分なく、電撃を自在に操る魔術は赤魔術師として最高峰のものであ る。

 結論として、剣術、魔術共に最高クラスの能力を持っている。

 特にブランシュ家の固有魔術『電磁砲』には、大きな戦術的価値を見出せる。

 総評は異論の余地なくA。



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