第11話 不安定

 予想外の出費に財布の厚みが失われたが、まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも考えなければならないことが多くあるわけで。


「……どうしたものか……」


 全ての問題の起因である石は今、目の前にある。捨ててしまうのは簡単だが、学者としても石鎚くんのためにも、これは私が持って対処しなければならない。


 もう一つ、対処しなければならないのは――イリア=フィニクス。


 十四歳の少女は今、私のコレクションの石で興味深げに遊んでいる。それで気が紛れるのなら、いくらでも遊んでくれて構わない。けれど、それは一時的なものであって、ずっと続くわけではない。真実を知っても尚、お姫様は気丈に振る舞うのだろうが、一回り以上年上のはずの私はそうではない。


 本当は今にも泣き出しそうで叫び出しそうで――気が狂いそうになっている。しかし、それは石鎚くんと木崎さんを失った責任を感じて、というよりは優秀な助手を失ってしまってこれからの実験をどうしたものかという不安から。薄情ってわけじゃない。ただ、不安定で不完全なだけなんだ。


 お姫様のこれからについても大切ではあるが、二人のことをどうするのかも大切だ。


「…………」


 考え事をするときは実験をするに限る。


 そもそも、人が亡くなった時の手続きを何一つとして知らない。両親は数年前に事故死しているが、そのときは会ったことも無い親戚に丸投げしてしまったからな。葬式の時ですら、私は研究所に籠っていたわけだし。


 全ての責任は私にあるわけで、だから誹りを受けるのは当然として構わない。問題は、責任を負うはずの私ですら何が起きたのかを説明できないということだ。


 石鎚くんと木崎さんは洞窟の中に入り、なんやかんやあって炎の渦に飲み込まれた――と思う。


 などという説明では誰も納得しないだろう。洞窟に入った理由は、通称・赤灰石を探すため。しかし、そこから炎までの道筋がわからない。火山活動ならすでにニュースになっているはずだし、地震などで洞窟内に亀裂が入り、地下のマグマ熱で炎が吹き上がった、とか? しかし、たかが十数分でそこまで深く潜れるとは思えないし、あの場で感じたのは地震では無く地鳴りだった。


 最も疑問なのは地鳴りや吹き上がってきた炎の渦などではなく、石鎚くんの言葉のほうか? 


『人間が踏み入れていい場所じゃなかった』


 そこまで言わしめたこととはなんなのか。洞窟内の情報が何一つない状況では仮説の立てようもないのだが、単に危険があるのならそう言えばいいし、言葉で説明できることならそうすればいい。しかし、石鎚くんは状況の説明よりも注意・警戒を促した。つまりは、それだけ危険な何かがあったということだ。


 とはいえ、その何かがわかるわけではないのだが。


「……ん? これは――」


 調べていた赤灰石の結果が出た。


「お、おお……石鎚くん、これを見てくれ! 石鎚く――」


 振り返ったところにいたのは石鎚くんではなく、呆然と視線を送ってくるお姫様だった。


 ……何が真実であろうと、それが残酷な事実であろうと、そもそも私自身が受け入れられていないのでは、先に進めるはずもない。


 パソコン画面の前で肩を落としていると、てとてとと歩み寄ってきたお姫様が私の腕をギュッと握り締めた。


「……そうだね。まだ、決め付けるのは早計だ」


 お姫様が何を伝えたいのかはわからなかったが、それでも人として学者として教職者として――友として、簡単に死を受け入れるわけにはいかない。


 空いている手でお姫様の頭を撫でると、不意にキュウっと何か締め付けるような音が響いた。


「……ん?」


 疑問符を浮かべていると、目の前のお姫様が恥ずかしそうに俯きながらお腹を押さえたことで、音の出所がわかった。今更ながら時計を確認してみれば、すでに午後の四時になろうとしていた。行き帰りに時間が掛かった分だけ昼食の時間を忘れていた。私は二日間くらいなら何も食べずに実験を続けることが可能だが、お姫様はそうもいかない。


 しかし、研究所にあるのは最低限の保存食と高カロリーの携帯食のみ。倫理的に、食事をこれで済ませるのはマズいのだろうな。


「ふむ……うちになら食べられる物があったかな……?」


 記憶が曖昧で定かではないが、ここに居るよりかはいい。


「じゃあ、私の家はここを出て少し歩いたところだから、今日はそこで休もう」


「……おなか」


「だね。帰ったら、まずはご飯を食べよう」


 ご飯という言葉に反応したのか、途端に笑顔を見せたお姫様は、遊んでいた石の下に駆け寄って整頓を始めた。ならば私もと思ったのだが、どうしたものかと手が停まってしまった。


 機器を稼働させたまま帰るのは構わないのだが、問題は赤灰石だ。この石の存在は私と石鎚くん、それに木崎さんしか知らないはずだから置いていっても盗まれる心配などはないのだが、しかし、貴重な石だということに変わりないから心配ではある。


「…………」


 では、微量サンプルだけを置いて調べさせておき、本体は持って帰ろう。それなら研究は進むし、不安も残らない。よし、そうしよう。


 そうと決まれば、削り取った微量の石を分析機に掛けて、お姫様と共に研究所を後にした。

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