第30話 奴隷たちの夜明け

 メジェドたちが砦を制圧するのに、さして時間はかからなかった。


 スタンが周囲を斥候しているうちに、メジェドの引率でエルフたちを連れてメネウたちは砦を出た。


 その頃は阿鼻叫喚もだいぶおさまってきてはいたが、逆を言えば叫ぶだけの人間が残っていなかったという事だろう。


 砦にいた10分の1……5人ほどの生き残りが、ぼろぼろの姿でメジェドに囲まれている。


 頭領と副頭領、数人の団員がメジェドに転がされて砦そばの空き地に集められ、ぐるりと周囲を囲まれている様は……異様だ。


 蟻塚を初めて見たときにも異様さを感じたが、この光景は余りにも異様にすぎて……筆舌に尽くしがたい。


 これはメネウが生きたまま回収するようにと予め組み込んでいた命令だった。


 全部を殺してしまっては『エルフに手を出すと危険』という証言が残らない。


 メネウはマムナクたちの手伝いをするつもりで、そこまで考えてメジェドを動かした。


「ありがとうメジェド様」


 一人の頭を撫でると我も我もと寄ってこられたが、見張りや砦のアイテム持ち出し係は仕事があるのでそれを羨ましそうに見ながら仕事を続けた。


 すっかり砦が空になると、動くもののいない砦をメジェドが等間隔に並んで取り囲む。


 高さはそれほどでも無いが、広さはある。割と大きな円になった。


「マムナク、腕をこうしてあげて、こう、前に振り下ろしながら……そうそう、合図したらそう言って」


 マムナクに演技指導をして、メネウは数人のメジェドに転がされてきた目撃者の団員をマムナクの近くに座らせる。


「そこで見てな。……マムナク、やって」


「む? いいのか? では……、焼き払え!」


 マムナクが演技指導通りに腕を前に振り降ろすと、メジェドが一斉に目から光線を放った。


 砦は燃えカスを残すことも許されず、一瞬にして光に包まれて蒸発する。


 更地になった砦跡は、地面がガラス状になっていた。


 ハーハルもガーランドも、ほかの団員たちも、余りの光景に声も出せずにポカンとなっている。


「エルフにはこの守り神がついている。今後は手を出すと危ないし、もうやめといた方がいいと思う」


 隣にしゃがんだメネウがハーハルにそう告げると「ヒィッ」と悲鳴をあげて気絶した。


 よく見たら他の団員も失神している。


(自分で演技指導してなんだけど、たしかに迫力あったもんな)


 今まで住んでいた家が一瞬で消える。


 エルフの奴隷商売は、長くその地に留まるのだから、殊更ショックが大きいだろう。


 建物の中にいても関係ない。結界も意味をなさない。いつでもどこでも『殺される』という恐怖。


 自分たちが与えていた恐怖を目の当たりにして意識を失うとは、中々良い根性で商売していたらしい。


「どうしたい? 女王」


 意識を失った元・風滅団を指差して、メネウは尋ねた。


(私刑もありえるってシスターは言ってたしな。俺にはエルフが味わった屈辱は分かんないし、たぶん大きな組織なら一連の出来事は誰かしら見張りが見ているだろうし……、一応頭領とかとっといたけど)


 彼らを騎士ギルドへ引き渡し証言という噂を広めつつ死刑にするか。


 この場で長年の恨みを晴らすために私刑にかけるか。


 それは今後のマムナクたちの生き方に反映される問いかけなのだが、メネウはもちろんそんな重大な問いをしたつもりはさらさらない。


「ふっ……くく……あっはっはっはっは!」


 気負いのないメネウの問いに、マムナクは笑った。生まれて初めて声を上げて盛大に笑った。


 出会って数時間、あっという間に生まれてこの方味わったことのない自由を与えておいて、あくまでも全てはエルフが決めると示すその潔さ。


 メネウが自分の下につけと言えば、ここのエルフは従う。エルフに守り神を与えたメネウは、もっと上の神とも言える存在なのだから。


 なのに「どうする?」と聞いてくる。


 おかしかった。腹を抱えて笑って、むせてしまった程だ。


「大丈夫か? 俺なんか変なこと言ったか?」


 そんなマムナクに慌てて近付いたメネウに手を貸してもらい、なんとかマムナクは落ち着きを取り戻した。


「彼らは法の下に裁かれるべきだ。その方が、エルフの各村にも話が伝わるしな」


 マムナクが晴れ晴れとした顔で宣言する。


 奴隷の女王の、初めての決定だ。


「じゃあそれは俺がやるよ。マムナクたちはこれからどうするんだ?」


「メネウ、本当にこの神々は我々が貰い受けていいのか?」


 脅威、と言って良い力だ。そんなものを出会ってすぐのエルフに渡して、はたしてメネウは怖くないのだろうかと思った。


「え? だって連れて行ったら目立つじゃないか。俺は普通に旅がしたい」


「俺もこの集団と一緒は御免被る」


 メネウに続いてラルフが心底苦々しい声で続けた。


「お主ら、我が出会い頭に人間だというだけで魔法を見舞ったのに、怖くないのか?」


 忘れてた、という顔でメネウとラルフは顔を見合わせた。


 そう、彼らエルフが人間という種族を敵と見て、このメジェドを差し向ければ街くらいは簡単に陥落できる。


「マムナクは、人間に復讐するのか?」


「いいや、せんよ」


 これが、マムナクでなければきっとメジェドを預けるという事をメネウは考えなかっただろう。その場限りの働きでメジェドを消すように作ったはずだ。


 マムナク以外のエルフたちは、生き残りを私刑にかけて、人間に復讐しただろうから。


 生まれて15年という若さと、奴隷の命を吸って生まれたという責任を背負っているマムナクだからこそ、恨みに囚われずに犯罪者を法の下で処罰するという決定が出来たのだろう。


「我は奴隷の女王。誇り高くあらねばならぬからな」


 メネウたちは気付いていない。マムナクもきっと気付いていないのだろう。


 牢屋の中で宣言した言葉に、元素が反応して光った。


 それは元素による契約。世界との約束だ。


 マムナクがあの言葉に背くことはあり得ない。間違えることはあっても、裏切る事はない。


 彼女は誰でもなく世界に『奴隷の女王』として認められたのだ。


「我は一先ず、近隣の村に頼って今後のことを考える。メネウたちよ、我らの地に寄ることがあれば、歓迎しよう。その位には頑張ってみせるとも」


「じゃあ、ゆっくり旅をしてから戻ってくるよ。歓迎してくれるのを楽しみにしてる」


「もちろんじゃ!」


 そうしてマムナクは晴れ晴れと笑った。


 エルフたちは改めて決意する。この女王を助けて生きることを。


 しっかりと握手を交わしたメネウとマムナクは、メジェドの引き渡しや砦のアイテムの分配を行い(メネウたちは捕らえられた時に回収された物以外は全てマムナクたちに渡した)それぞれの旅路に戻った。


 頭領たちは備品にあったロープと麻袋で簀巻きにされ、スタンによって元の街の騎士ギルドの前に放り出された。


 後は勝手に喋ってくれるはずである。






 『奴隷の女王』は、今後数年の間に各地で奴隷を解放し、人の手の及ばない深林部を魔法によって開拓して、独立を行う。


 女王には10人のエルフの側近と、数多の守り神がついているという。


 それはまだ先の話であり、メネウたちには知る由も無いことである。

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