第17話 先人に学ぶ

 メネウが目を覚ましたのは、日が傾きかけていた時間だった。


(神の事知りたいって、シスター言ってたっけ……)


 会わせることはできないだろうが、そのうち話して聞かせたいものだ。


 シスターは、メネウに、本、という記録を与えてくれた。道標。メネウが行き止まりを感じた崖に、橋をかけてくれたもの。


 メネウは、本を読むことに決めた。


 足りない知識、足りない経験に対する『飢え』が湧いてきている。


 バレットとハーネスにはその日の夕飯の時に話をして、屋敷の図書室を紹介された。ありがたいことだ。


 記憶喪失という触れ込みで、本当に親切にしてくれている。


 図書室に篭ってばかりだと「最低限文化的な生活」は送れないと判断したので、商業ギルドで金を預けたり、冒険者ギルドで暇をしている剣士や術師に剣術や体術、魔法を教わった。


 シスターにも偶に相談に行った。勉強で行き詰まった時など、それまでにした冒険の話を聞かせてくれたのだ。


「英雄にも会った事がありますよ」


「えっ、マ?」


 またクセが出てしまった。


「ま? はい。意外と居るものです。ちょっとズレた方が多いように思いましたけど」


 たぶん、前世の自分のようなものなのかもしれない。


 何かに夢中になるとは、何かを切り捨てるということだから。


 英雄も興味があったが、本の中に出てくる神獣や魔獣にも興味があった。


「へぇ……神獣とかも?」


「はい。迷宮には守護者や土地神がいるものですから、何度か」


「そっかぁ……」


 カチリ。


 メネウの中で、一つ、ピースがはまった。


「ありがとう、シスター。俺もうちょっと勉強するわ」


「はい。また詰まったらおいでください」


 メネウはハーネス邸に帰ると、また図書室に篭った。


 こうしてメネウは「適度な運動」「知識の習得」「模擬演習」を繰り返した。夜に寝て朝に起きる。他人とも言葉を交わす。三度の食事も忘れずに、最低限文化的以上の生活をしていた。


 そして、三ヶ月が経つ頃ある決意をする。


 --その間、ずっと悪感情を募らせていた男がいた。


「おのれ……っ!」


 男は手に持った木のジョッキを握力だけで砕いてしまう。中に入っていた林檎酒が手を汚すが、気にしていない。


 不愉快だった。たったひとつの出来事だが、不愉快だった。


 ギガントロールとは、トロールの上位種で知性がある。といっても、ほんの子供くらいの知性ではあるが。


 己の縄張りを出ず、縄張りの中にいるトロールにもその縄張りから出る事を許さない。トロール達の王であり、普通は英雄クラスが戦っても、討伐には多少時間が掛かるのだ。


 まして、縄張りを出たということは何らかの外的要因で狂化していたと考えられる。通常のギガントロールよりも強い個体。


 そして、男……ラルフ卿は、己が「英雄」であると確信していた。


 3桁のステータス。複数の上位スキル。


 まだレベルが上がりきっているわけでは無いが、王国内では敵無しだと思っていた。


 なのに、記憶喪失の冒険者だという男は、ギガントロールを一撃のもとで屠り、神獣を召喚してみせた。


 ギガントロールに蓄積ダメージがあった訳ではないかとは、調査済みだ。


 神獣の目撃証言も多い。


 偶に街で冒険者に教えを請うているようだが、納得できない。


 聞けば、商業ギルドの長ハーネスの屋敷で世話になっているらしい。ギルドの関係を考えれば迂闊に手出しもできない。


 燻ったラルフ卿の嫉妬は、もう抑え込めるものでは無くなっていた。


「失礼します。品が届きました」


 ラルフ卿のスキルは、肉体強化、精神異常耐性、身刃一体、剣鬼、というものである。


 その彼の元に、ある剣が届いた。ずっと頼んでいたものだ。


 持ち主の魔力を受けて変質する魔剣。腕のいい鍛冶が稀に打ってしまう、強力だが歪なるもの。


 呪われたアイテムだったが、ラルフ卿には精神異常耐性がある。


 使いこなしてみせるとも。


 そして、この国の英雄は俺だけでよいのだと、分からせてやるとも。


 騎士に私闘は厳禁である。


 だから、考えた。あの男と……メネウという惚けた男と、闘う場を。理由を。


 今は金を握らせた男たちが動いている。


 精神異常耐性。それは外から受ける精神異常に対する耐性である。


 内側から嫉妬に狂う男の精神は、もうだいぶ、蝕まれていた。

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