第527話 大公マナシロ・セーヤ、ケーキに苦戦する

「あ、じゃあ私はガトー・マッチャにするね」

 ケンセーが緑色のケーキを指さした。


「マッチャ……? ってああ、抹茶ケーキね……」

 うーん、抹茶はマッチャなのか……。


 そんなケーキ屋さんという女の子空間=完全アウェーで大苦戦する俺にとどめを刺したのは巫女エルフちゃんだった。


「クレアはフレーズ・ア・ラ・レーヌにしますー」


「はい? フ、フレーズ……!? 何語!?」


 再び端から探していくと――どう見ても苺のショートケーキです、ありがとうございました。


 もはや何を言っているか分からないから、世界の共通言語である苺のショートケーキって言おうぜ……。


 チート学園でもそうだったんだけど、同時通訳してくれる基礎系S級チート『サイマルティニアスインタープリター』は、高性能な反面めっちゃ意識高い系のチートなので、たまにこういった感じで2段階翻訳が俺には必要なんだよな……。


 馴染みがなくて分からない単語は、もう少しだけ平易な日本語に訳してほしいですね……。


 そしてみんなが続々とどのケーキにするかを決めていく中、


「……で、《神焉竜しんえんりゅう》、おまえずっと悩んでるけど決まったのか?」


 俺は一人ずっとうんうん言っていた《神焉竜しんえんりゅう》に問いかけた。


「うむ……よし、決めたのじゃ。やはりこれにするのじゃ」


 そう言って《神焉竜しんえんりゅう》が指さしたのは――ケーキの並んだショーケースではなく、壁に貼ってあった1枚の張り紙だった。


「なになに、制限時間40分で巨大ミルクレープに挑戦! 7500スプリト(帝国の通貨単位。1スプリト=1円ね)……約12000カロリーって書いてあるんだけど……」


「40分での完食チャレンジに成功すると料金が全額タダになるのじゃ。たくさんケーキを食べられて無料になるとは実に気前が良いのじゃ。あっぱれなのじゃ」


 つまりはケーキの大食いチャレンジである。


「言っとくけど、間違っても途中で飽きたとか言って食べ残すなよ? 金の問題じゃないからな。俺はそういう『もったいない』は好きじゃないんだ」


 気分屋で移りな《神焉竜しんえんりゅう》に、残すんじゃないぞと俺は念を押しておく。


「いやいや主様ぬしさまわらわを誰だと思うておる。最強の王竜にして神話の時代を終焉わらせた《神焉竜しんえんりゅう》アレキサンドライトなるぞ。たかがケーキ一つ、ぺろりと平らげてくれるのじゃ」


 皆さーん!

 ケーキの大食いチャレンジに自信満々で胸を張って挑戦しようとする、神話を終焉わらせた最強の王竜さんがここにいますよー!


「まぁいつもの食い意地の張りっぷりを見れば問題はないか……じゃあこの40分チャレンジをお願いします」


「かしこまりました」


 そうして全員が注文を終えて、ナイア達へのお土産も決めたところで、


「あ、あと一つ提案というか意見というか希望というか、あるんですけど……」


 俺は表記がおしゃれで素敵だけれど少し難解で素人には難しい……例えばお父さんが家族へのお土産に買いに来ても困るのでは?

 ――ってなことをなるべくパティシエさんを怒らせないように、あくまで無知で暗愚な素人の単なる思い付きというの強調しつつ説明していった。


 すると――、


「確かにそれは盲点でした! 大公様のおっしゃる通りです、ただちに二重表記に改めます」


 職人気質のパティシエさんはいたく感激したご様子で納得してくれた。


 良かった。

 気分を害さなかったことに、ほっと胸をなでおろした俺だった。


「うにゅ、ひろい、してん」

「さすがですセーヤさん!」

「せーやくん、やるー」


 おっとハヅキ、ウヅキ、ケンセーから次々と褒められてしまったよ。


「いやいや思ったことを言っただけだから」

 もちろん謙遜けんそんしつつもまんざらではない俺である。


「やれやれ、無知蒙昧もうまいあわれな民草たみくさのことまでおもんぱかるとは……主様ぬしさまはほんに優しいのじゃ」


「《神焉竜しんえんりゅう》、お前はもう少し言葉を選ぼうな!?」


「どうせ自分が分からなかっただけでしょ?」

 何でも思ったことを口に出す精霊さんと、


「シロガネもそう思うのだ!」

 いまいち俺に懐かないシロガネがなんか言っていたけれど、みんなに褒められて割と気分が良かった俺はサクッとスルーすることにした。


 その後、みんなで楽しくケーキを食べた。


 ちなみに《神焉竜しんえんりゅう》は40分チャレンジを2連チャンで完食し、さらに3回目に行こうとしたので俺は必死に言い聞かせて止めたのだった。

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